第342話:歴史の表舞台へと登る
「量産型はアケディアス=ルージュ、ツヴァイ=エンシェントを地上に押し返せ。【天使の輪】の限定的使用を許可します。その後、地上に居る敵勢力を攻撃しつつ、格納庫への道を切り拓け」
「命令――――受諾。次元転送光輪【天使の輪】――――光輪稼働数“2”で使用権限受諾。機械天使【天使】――――タイプ“θ”アズラエルの指揮に従い、任務を遂行します」
「配下とは主を悦に浸らせる為の“太鼓持ち”に非ず。配下とは主を勝利へと導く為の“手脚”と心得よ。さぁ、忘機の手脚があなたたちを殺すわ! 殺戮――――開始せよ」
――――【大天使】ミカエルから武装と量産型の指揮権を奪ったアズラエル。彼女は無機質な声で量産型に命令を下し、次の侵攻を開始した。
量産型の基本的な行動はミカエルの時と大きくは変わらない。ただひたすらに地上に居るラストアーク騎士団に攻撃を加え、地下格納庫ヘの侵入を試みる。
ただ、唯一違うのは、量産型の動きが格段に向上したこと。ミカエルの時は彼女の大雑把な命令に従ったが故に緩慢な動きしか見せていなかった量産型が、アズラエルが指揮官になった瞬間に機敏な動きを見せ始めたのだ。
アズラエルは量産型の個々のAIに全てを丸投げせず、それぞれに適時指示を送っている。それも、俺と対峙しながらだ。さらに、アケディアスとツヴァイ姉さんを狙い始めた量産型にはある戦術が組み込まれている
「なんだコイツ等? おれとツヴァイの周りを囲んでくるくると回っている……!?」
「嘘……これ、エンシェントの騎士が使う集団戦法『殲滅包囲刃』……!? なんで機械天使が私たちの戦術を模倣しているの……!?」
「うっふふ、前に忘機にインストールされていた『シータ=カミング』の記憶から戦術を読み込みました。機動兵器としては些か地味な戦術ですが、あなた達のような戦闘に心得のある戦士を相手取るには有効でしょう?」
「なっ……私たちの戦術を模倣するのに、シータさんの記憶を悪用したの!? アズラエル……死者を弄ぶなんて、なんて卑劣なの……!!」
「なんとでも言いなさい、ツヴァイ=エンシェント。忘機はラムダを殺すための手段は選ばない、どんな手を使ってでも強くなる。それに……あなた達は『シータ=カミング』に特別な感情を抱いていそうだから、利用価値は“大”のようだしねぇ?」
「おれもドン引きの痴れ者だな……! ノア=ラストアークめ、よくもまぁこんな無駄に高性能な兵器を造ったものだ……!」
量産型が模倣したのは『殲滅包囲刃』――――エンシェント家の血筋とその配下にしか伝授されていない集団戦法だ。アズラエルはその秘剣を内蔵されていた『彼女』の記憶から掠め取ったらしい。
十機の量産型たちはツヴァイ姉さんとアケディアスを360度包囲してジリジリと攻め立てている。二人の死角を取った者が手にした銃器で攻撃を仕掛け、他の者は二人が反撃できないように常に牽制攻撃を行っている。
「何をしている、アケディアス! 全方位攻撃で量産型を吹きとばせ! 姉さんを抱えたまま心中するなんて許さないからな!!」
「分かっている、いちいち命令するな! 退け、雑魚ども――――“血ノ刺激”!!」
このままでは二人ともいずれは被弾してしまう。そう判断して俺はアケディアスに広範囲攻撃を促し、それに応えたアケディアスは周囲を包囲する機械天使たちに向けて血の茨を伸ばし始める。
幾重にも枝分かれし、鋭利な先端を伸ばしていくアケディアスの攻撃。回避するのは困難だろう。
「量産型、“光量子障壁”展開。アケディアス=ルージュの攻撃を防いだ後、【天使の輪】にて反撃を行え」
「命令受諾――――“光量子障壁”展開します」
「――――ッ、おれの攻撃が防がれたのか!?」
だが、アケディアスの攻撃を遠巻きに観測したアズラエルの指示で量産型はすかさずに目の前に障壁を展開。迫りくる血の茨をすんでの所で受け止めた。
そして、攻撃を防いだ量産型は反撃に移る。
アケディアスとツヴァイ姉さんの頭上に陣取って高速回転を始める“光輪”、アズラエルが量産型に渡した物だ。その“光輪”の回転する孔からは光が溢れ出してきている。軌道衛星兵器【断罪剣】からの攻撃を転送する気だ。
それに気が付いたアケディアスは咄嗟に頭上の輪っかに向かって朱い血のような魔弾を撃ち出して迎撃を試みた。
「識別番号99873、光量子障壁展開。アケディアスの攻撃から【天使の輪】を守れ」
「命令受諾――――光量子障壁展開。アケディアス=ルージュの攻撃を防ぎます」
「なっ……おのれ、またしても……!」
「【断罪剣】――――発射。識別番号99873もろともで構わない、ツヴァイ=エンシェントとアケディアス=ルージュを排除せよ! 識別番号99873、そのまま攻撃を実行して二人の足止めを」
「駄目……間に合わない……逃げ切れない……! 私は……こんな所では終われない……! ラムダを、残された家族を護らなきゃ駄目なのに……!!」
だが、アズラエルの命令を受けた一機の量産型がアケディアスの攻撃を防いだ。その後に、攻撃に巻き込まれて見捨てられるとアズラエルに宣告されているにも関わらず。
そして、攻撃を防がれ、量産型に包囲されたまま、ツヴァイ姉さんとアケディアスは“光輪”に生成された転移陣を通じて降り注いだ衛星軌道兵器の光に飲まれてしまった。
「姉さん、アケディアス!? このぉ、退け、アズラエルゥゥーーーーッッ!!」
「あはっ♡ 良い表情、良い殺気、最高だわ! 忘機、いま貴方に『殺したい』って想われてる……!! これだわ……これだわ、これだわ、これだわ!! あぁ、やっぱり、貴方と殺し合うのは最高だわ、ラムダ=エンシェント!!」
「黙れぇぇ……!! 何度、立ち塞がったって結果は同じだ!! 何度でも地獄に送り返してやる、アズラエル!! 一度ならず、二度もシータさんを穢したお前は絶対に許さないッッ!!」
急いで助けに行きたい、二人の安否が心配だ。
だが、そんな俺の焦燥感を煽るように、アズラエルは二つの“光輪”を回転刃のようにして斬り掛かり、俺の動きを封じ込めていた。
聖剣と魔剣の刀身に接触して、“ガリガリ”と嫌な音を立てながら火花を散らす“光輪”。その火花に照らされたのはアズラエルの歓喜に満ちた笑顔。俺との死闘に打ち震える狂った機械天使の姿だ。
「さぁ、殺し合いましょう、奪い合いましょう! 貴方を殺す事だけが忘機の存在意義! 貴方を殺して、忘機は忘機を肯定する!!」
「いい加減にしろ、アズラエル! お前なんかとやり合ってる暇は無いんだ! ツヴァイ姉さんの所に行かせろ……!!」
「そんなにお姉さんが心配なの、ラムダ? それは忘機との殺し合いよりも優先するべき事なの? そんなの許せない……!!」
“光輪”から撃ち出された光に飲まれたツヴァイ姉さんとアケディアスが心配だ。そんな俺の『優先順位』に不満げに、ドロドロとした恨めしい声を漏らすアズラエル。
どうやら、彼女は俺が『アズラエル以外に意識を向けること』が許せないようだ。あまりにも身勝手な行動原理だ、理解に苦しむ。だが、それがアズラエルという機械天使が何よりも優先させることなのだろう。
そして、俺がツヴァイ姉さんとアケディアスを案じている事に苛立ちを見せていたアズラエルは一転、妙に軽やかな声色で俺へと語り掛けてくる。
「でも安心、二人なら死んでいるわ。だって【断罪剣】を最大出力で撃ち込んだもの。きっと二人は肉片一つ残さずに昇天したわ……!!」
「――――ッ! デタラメを……!! あの二人が簡単にやられるものか! 俺の動揺を誘おうたってそうはいかないぞ、アズラエル!!」
「くすくす……もうとっくに動揺してるでしょ? 隠さなくたって良いよ? 言ったでしょ、忘機は『シータ=カミング』の記憶を継承している。貴方の事は何でもお見通し♡ ねぇ、可愛い可愛い、『私の息子』……!!」
「ア、アズラエルゥゥウウウウウウ!!」
「あぁ、あぁああ、最高! その表情、その怒号、その激情、それが全部忘機に向けられている!! あはは、キャッハハハハハ!! あぁ……快・感!!」
ツヴァイ姉さんとアケディアスはすでに死んだと、アズラエルは『彼女』の口調で俺を煽る。そこまでされて、思わず声を荒げた瞬間、アズラエルは再び恍惚な表情を見せてきた。
俺に『意識されている』事が堪らなく嬉しいのだろう。
そして、アズラエルの高揚に比例するように彼女の操る“光輪”は回転をさらに上げて、俺の聖剣と魔剣を砕こうとしてくる。その回転刃は散らす火花が、鳴り響く異音が、俺の精神をアズラエルの狂気に塗り潰していく。
「このままアズラエルのペースに飲まれる訳には……!」
「何を呆けておる、ラムダ=エンシェントよ? 儂を下した勇士が狂った人形相手に冷静さを欠くではない。激情とは、単に狼狽える事では無いぞ?」
「その声……まさか……!?」
そんな中だった、彼女の声が聴こえたのは。
その声に、俺もアズラエルもふと地上に視線を向ける。その場所はツヴァイ姉さんたちを襲った光が着弾した地点だ。今も其処から着弾と同時に巻き上がった白煙が上がっている。
そして、その白煙を吹き飛ばしながら現れたのは、ツヴァイ姉さんとアケディアスを庇うように、黒い怪物の口のような左腕を掲げた黒髪の少女。
「グラトニス……! 意識が戻ったのか……!?」
「待たせたのぅ、ラムダ=エンシェント。“暴食の魔王”ルクスリア=グラトニス、ここに復活じゃ!!」
「対象――――“暴食の魔王”ルクスリア=グラトニス、認識。もう復活したの? 流石は低俗な魔人の雑種ね……!」
「た、助かった……!? あ、ありがとう……グラトニス……」
「これでそなたを救うのは二度目じゃな、ツヴァイよ? この仮は後でたっぷりと返して貰うからな……!」
ルクスリア=グラトニス――――王都でフレイムヘイズ卿に重傷を負わされた彼女が、五体満足な状態で立っていた。
大火傷を負った身体は完全に完治し、色を失った筈の両眼は金色に力強く輝き、失われた筈の右腕は俺の左腕に似た義手に換装されいる。恐らくはノアとホープが治療を手伝ったのだろう。
「良かった……今度はちゃんと服を着ている……!」
「此処は寒いからのぅ……ちゃんと服は着ます……」
漆黒の王衣を纏い、黒い外套を羽織ったグラトニスの姿は威風堂々――――俺たちを『アーティファクト戦争』で散々に苦しめた魔王が、遂に完全復活を果たした瞬間だった。
そして、グラトニスの登場とともに辺り一帯に地響きが鳴り響き始め、地下から何かが近付いてくる気配が感じられてきた。
「地下空間から超高質量飛行物体の浮上を感知。これは……まさか……!?」
「ラムダ=エンシェントとの戯れに夢中になり過ぎたようじゃのう、アズラエルよ? お陰で……“鳥籠”から我らは遂に解き放たれたぞ!」
「氷の大地を砕いて……戦艦ラストアークが……! ノア、遂にやったんだな……!!」
《友軍に告げる、戦艦ラストアークが浮上します。総員、強襲要塞トロイメライへと避難を! ここからは――――この戦艦ラストアークが戦闘を請け負います……!!》
氷に閉ざされたアルカ・ナディア氷界域の大地を砕いて現れたのは超巨大な空飛ぶ方舟。
戦艦ラストアーク――――長き眠りに就いていたノアの“切り札”が遂に目覚め、地上へと、歴史の表舞台に姿を見せ始めたのだった。




