第335話:ハンギャク ノ ツバサ
「ホープ〜、まだ戦艦ラストアークの在る格納庫には着かないのか〜?」
「もうちょい落ち着けや、ラムダ。じきに到着するっての! 大人しく剣でも研いどくか、ノアと乳繰り合ってろ!」
「ノア〜、回収したラファエルはどうなった?」
「解凍は無事に完了、今は“人格”と“思考”の回路を初期化しています。ですが、此方側の戦力として運用するにはもっと大掛かりな再構築が必要になるでしょう……」
――――強襲要塞トロイメライ艦橋、時刻は明朝。現在地は【アルカ・ナディア氷界域】、天候は穏やかな雪。
一面真っ白で殺風景な氷の大地を巨大な戦艦は走り続け、待機中の俺は少々暇を持て余していた。強襲要塞の舵を取るホープとモニターとにらめっこしながら作業をするノアを眺めながら、俺は近くの空席に腰掛けて聖剣と魔剣を研磨していた。
先の夜明けと共に発生した機械天使による襲撃はラストアーク騎士団の勝利で幕を下ろした。
【大天使】ラファエルは俺との戦闘で敗北して鹵獲、量産型の機械天使も全体の三割が大破したタイミングで撤退していった。此方側の損害は数名の負傷者のみ、その負傷者も現在はオリビアとラナの回復魔法で傷を癒やしている最中だ。
そして、襲撃を乗り越えたラストアーク騎士団は渓谷を越え、目的である戦艦ラストアークが眠る“氷界域”へと到達した。
「此処ってこんなに殺風景な場所だったのか? 教科書には『険しい山脈と激しい吹雪が吹き荒れる極寒の地』だと載っていた気がするんだが……?」
其処は何も無い真っ白な大地が永遠と続く無の雪原。知識として識っている【アルカ・ナディア氷界域】とは様子が違う、違いすぎる。
アルカ・ナディア氷界域――――グランティアーゼ王国北西部に位置する未踏領域。険しい山岳地帯と、其処から吹き下ろす極寒の暴風によって閉ざされた永久凍土。此処に足を踏み入れる事が許されるのは一握りの強者だけだと聞いている。
そんな過酷な環境も相まって此処には太古より『伝説の秘宝』が眠ると根も葉もない噂が流れ、多くの冒険者が足を踏み入れては帰らぬ人となった。だが、今になって分かった、戦艦ラストアークが所謂『伝説の秘宝』なのだろう。
だが、そんな曰く付きの地である筈の現在の“氷界域”は真っ白な平地が続くだけの土地と化していた。何処までも続く地平線、山岳地帯も消え去った影響か天候も穏やかなものになっている。
「あぁ、トリニティの話じゃ、逆光時間神殿から現れた【光の化身】の攻撃で一帯が消し飛んだって話だぜ」
「あぁ、あの馬鹿でかい攻撃で“氷界域”が消し飛んでいたのか……。あの立ち昇る光の柱を見て姉さんもツェーネル卿も心が折れていたっけ……懐かしいなぁ……」
「私とアウラちゃんは【光の化身】に取り込まれて大変だったんですよ!」
“氷界域”の地形が一変した原因は俺たちにあった。
逆光時間神殿【ヴェニ・クラス】での戦い――――“時紡ぎの巫女”アウラ=アウリオンとの出会い、【大天使】ジブリールとの邂逅、魔王軍最高幹部【冒涜】のレイズ=ネクロヅマとの死闘、ノアの出生の秘密、そしてその果てに現れた“人類の脅威”【終末装置】との決戦。
その終盤に現れた【光の化身】、そいつが放った攻撃は遥か遠方の大地を光に包んで消滅させていた。其処こそが“氷界域”だったらしい。そして、此処に眠っていた戦艦ラストアークとホープ=エンゲージは悠久の眠りから目覚めた。
「まぁ、状況としてはそれが正しいだろうな。あんたらがその逆光時間神殿とやらで大暴れした影響で、この凍土に閉じ込められていたオレが目を覚ました……!」
「ならもっと私たちに感謝してくれない、ホープ? 今の今まで裏方でコソコソしちゃってさぁ……」
「ハッ、戦艦ラストアークが無くて困るのはてめぇだろ、ノア? こっちは『アーティファクト戦争』が終わるまで待ってたんだよ。女神アーカーシャやグラトニスに気取られたくなかったからな……!」
「うっ……まぁ、それはそうだけど……」
そして、目覚めたホープは来たるべき女神アーカーシャとの決戦に備え、グランティアーゼ王国と魔界マルム・カイルムの軍事衝突『アーティファクト戦争』を隠れ蓑に動いていた。それがラストアーク騎士団の起こりだ。
そんなホープに導かれるように一行は氷の大地をひた走る。幸い、ラファエルの襲撃を切り抜けるのが早かったからか、【大天使】ミカエルの姿はまだ見えない。だが、撤退したラファエルの配下が居る以上、報告を受けたミカエルはいずれやって来る。
激しい戦闘が予測される。女神アーカーシャ直轄の機械天使、その長であるミカエル、恐らくはウリエルやラファエルとは比較にならない程の勢力を率いてくるだろう。
それまでに戦艦ラストアークを手中に収めなければならない。
「ミカエルが来たら俺が食い止める。ノアは戦艦ラストアークを頼む」
「分かっています、ラムダさん。戦艦ラストアークさえあれば私たちは世界の果てまで飛んでいけます!」
(…………やっぱ戦艦ラストアークって飛べるんだ……)
「さぁ、もうすぐ格納庫に到着だ! 全員にトロイメライから降りるように伝えな!」
「このトロイメライはどうするんだ、ホープ? こんな巨大な艦、流石に戦艦ラストアークには艦載出来ないだろ? まさか置いていくのか?」
「ハァ? 貴重な移動手段であるトロイメライを放棄する訳ないだろ! 勿論、このトロイメライは戦艦ラストアークに載せるさ! なにせ、300メートル級の艦程度なら簡単に載るからな、戦艦ラストアークは……!」
「――――なっ、嘘だろ、でか過ぎるだろ!?」
そして、戦艦ラストアークの規格外の巨大さに腰を抜かしている俺を尻目に、強襲要塞トロイメライは目的地に到着してゆっくりと動きを止めた。
窓から視えるのは殺風景の氷の大地にポツンと建つ白い建造物。金属質な建築様式からして古代文明の物だろう。加えて言うなら、【光の化身】の攻撃でもものともせずに建っているあたり、相当に頑丈な造りだと考えられる。
だが、強襲要塞トロイメライを軽々と艦載出来るとホープが豪語する戦艦ラストアークが格納された建物としてはあまりにも小さすぎる。せいぜい、王都にあった第十一師団の寄宿舎ぐらいの大きさだろう。
これはどういう事だろうか?
疑問を感じながらもノアに手を引かれて、ホープに先導されて俺たちは戦艦ラストアークの眠る場所へと向かう事になるのであった。
〜〜〜
「オリビア、此処に小さな段差がある。躓かないように気を付けて」
「はい、ありがとうございます、ラムダ様。お手を煩わせてしまい申し訳ありません……」
「気にしないで……言っただろ、君の“眼”になるって。もうすぐ戦艦ラストアークに着く、そしたらゆっくり出来る場所に案内するから……」
目の視えないオリビアを護衛しながら、俺は件の建物へと足を踏み入れた。其処は古代文明の軍隊が所有する軍事施設だったのだろうか、多少荒らされた形跡こそあれど、物々しい雰囲気を漂わせていた。
壁には敬礼する軍人の写真が掲載されたポスターが貼られ、床には使い潰されてボロボロになって『ゴミ』になった銃器が散乱し、頭上には『地球連邦政府大統領』などと銘打たれた金髪の女性の写真が飾られている。
「此処は古代文明の政府が秘密裏に建造した施設なんだ。建物の構造には朽ちない素材である『星屑の因子』が使われていて、内部は無菌状態に密閉されているから当時の状態をそのまま残しているぜ!」
「ホープ、そう言えば気になっていたんだ。古代文明の遺物はどれもこれも十万年前の代物なのに、どうしてたいして朽ちずに原型を保っているのかな〜って?」
「そりゃ、『星屑の因子』の影響だな。あの原子をちょっとでも配合した物体は耐久性が格段に上がる。菌や錆なんかの腐食を抑え込むのが理由だ。まっ、詳しくは因子発見者のアイザック=アインシュタイナーに訊いてくれ、もう死んでるけどな♪」
どうやら此処は古代文明の『連邦政府』が造った秘密の施設らしい。素材には耐久性に優れた『星屑の因子』を配合している。故に永い時を凍土で過ごしても朽ちなかったらしい。
そして、光量子を弾く性質のある『星屑の因子』が使われていたのなら、光量子そのものである【光の化身】の攻撃でも消し飛ばなかったのも納得だ。
そんな事を考えながら、俺たちはホープに導かれて施設の奥へ奥へと進んでいく。
「さて、じゃあ、地下に降りていくぜ。ジブリール、ルシファー、何回かに分けて人を運搬すっから残って作業を任せる! オレは先にラムダたちを戦艦ラストアークに案内するよ!」
「うわっ、なんだ、床が斜め下に向かって動き始めた……!?」
「ハハハッ、此処は地下格納庫に向かうための昇降機だよ。そんなにびっくりするなよ、ラムダ」
「そういう事は先に言え、ホープ! 大丈夫か、オリビア? 大丈夫、床そのものが動いているだけだよ」
そして、通路の突き当りにある行き止まりに着いた時、床が動き出して斜め下に向かって動き始めた。どうやら珍しい斜めに動く斜行式の昇降機らしい。
その昇降機に乗って、俺たちはアルカ・ナディア氷界域のさらに地下へと潜っていく。
「戦艦ラストアークってのはそんな地下に在るのか? 強襲要塞トロイメライを艦載できるぐらい巨大なら、もっと地上に造れば良かったんじゃ……?」
「そういう訳にもいかねぇ、戦艦ラストアークは『対女神アーカーシャ』用の決戦兵器だからな。あいつに観測されない場所に隠しておく必要があったのさ……」
「対女神アーカーシャ用って……なんだよそれ! それじゃあ最初っから女神アーカーシャが反乱を起こすと知っていたみたいじゃないか! ホープ、お前ノアを疑っていたのか!?」
「…………」
「いいや、オレはノアを疑って無かった。ノアなら完全な『機械仕掛けの神』を創り上げると確信していた。だから、そんな暗い表情をすんな、ノア……!」
「なら、どうして戦艦ラストアークを造った? トネリコが言っていたよな、戦艦ラストアークは次期主力艦の競争に負けて、それでも国家予算を横領して秘密裏に造ったって。誰の差し金なんだ?」
「…………それは言えない、オレには守秘義務がある。悪いが詮索はするな……良いな?」
どうやら戦艦ラストアークは最初から女神アーカーシャの反乱を見越して建造された物だったらしい。
それはつまり、女神アーカーシャを製作したノアが失敗すると見越していた人物が居ると言うことに他ならない。だが、その人物についてホープが口を割ることは無かった。
そして、そのまま話題は流されて行って、昇降機はある巨大な空間へと辿り着いた。
「なっ……!? なんだ……アレは……!?」
「此処は元々、山岳地帯の地下に有った巨大空洞を改造して造られた格納庫だ! そして、いまお前等の目の前に在るのが世界最大の戦艦!」
「大きすぎて全体像が把握できないのだ……!」
「全長2000メートル、全幅700メートル、全高400メートル、表面に『星屑の因子』を惜しみなく塗装した決戦兵器! 正しく“最後の希望”と呼ぶに相応しい方舟だ!」
其処に在ったのは巨大な方舟――――白銀の装甲、幾つも搭載された砲撃機構、艦首に取り付けられた“剣”を模した主砲のような物体、見るものを驚愕させる巨大さ。
どこを切り抜いても『規格外』の言葉が相応しい戦艦だ。これがあれば、世界征服も夢じゃなくなるだろう。
「さぁ、刮目しろ、こいつが戦艦ラストアーク! 女神アーカーシャへと反逆するオレたちの新しい翼だ……!!」
「これが……戦艦ラストアーク……!」
「てめぇの探しものだぜ、ノア? これがお前の舟だ……!」
その戦艦の名はラストアーク――――ノアが設計した空中戦艦、禁忌級遺物の一つに数えられた兵器。
俺たちの旅を彩る、新たなる拠点になる舟だ。




