第334話:VS.【癒やしの天使】ラファエル② / 〜凍てつく夜を越えて〜
「この吹雪……本機にダメージを与えている……!? 降り注ぐ雪の“結晶”に魔力を纏わせているの……!」
「その通りだ! この渓谷に吹く吹雪、その全てが俺の“刃”だと知れ!」
「拾得物から技量や技能を修得するスキル……! 使い勝手の悪い『外れスキル』だと侮っていましたわ……!」
発動したのはアハト=エンシェントの固有スキル【白雪ノ氷結晶】――――父さんが死んで動揺した俺が、遺された両手剣に触れた際に修得した技能だ。雪の結晶を魔力を注いで生成し、それを本物の雪のように操る。雪が吹き荒ぶ冬の渓谷にはもってこいなスキルだ。
吹雪に晒されたラファエルには微弱ではあるがダメージが蓄積している。降り注ぐ雪にスキルで生成した“刃”を混ぜ込んだからだ。簡潔に言えば、降り注ぐ雪の中に鋭利な刃物が混ざっている状態だ。迂闊に身体を晒せば斬り刻まれる事になる。
「くっ……刃が多すぎて【行動予測】が機能しても意味が無い……!? 避けれない……このまま屋外に居れば本機の駆体が刻まれる……!」
「ご自慢の【自動修復】も発動しっぱなしだな? さて、お前はどこまで耐えれる?」
吹雪を使った攻撃は広範囲に及ぶ。仮に【行動予測】で攻撃を可視化したとしても、完全に回避する事は困難を極めるだろう。
そして、回避不能の吹雪に晒され傷付いたラファエルの駆体にも影響が出始めていた。ラファエルの駆体には徐々に傷が増え始めている。これは自慢の【自動修復】による回復速度が、雪による損傷速度を下回っているのが理由だ。
仮に、俺が一秒間で与えることの出来る傷の数が『5』で、ラファエルが一秒間に修復できる傷の数が『4』なら、彼女は一秒間に傷を『1』負うことになる。次の一秒も同じだ。
つまり、このまま戦闘が長引けば、ラファエルは回復で間に合わない分の傷をどんどん負っていくことになる。
「お前の目的は時間稼ぎだったな? だが、このまま時間が無為に過ぎれば、お前の駆体は完全に損壊し、そのまま機能を停止する。それでいいのか?」
「そんな……!? けど、魔力は有限の筈、貴方が倒れるまで本機が耐えれば良いだけの話よ! 障壁を張って籠城に徹すれば負けるのは貴方よ!」
とは言え、この戦術も完璧な訳では無い。俺にも体力の限界がある。ラファエルが倒れるまで悠長にしていれば、俺も生命活動に危険を及ぼすだろう。
周囲は極寒、気温は氷点下、ただの人間では長くは耐えれない。それを理解しているのか、ラファエルは耐久を選択するようだ。駆体にダメージが入って倒されるよりも先に俺が倒れると判断したらしい。
その彼女の判断は正しい。このまま『我慢比べ』をすれば負けるのは俺の方だ。
「確かに、このまま耐久戦に持ち込めば俺が不利だ。だから“搦手”を使うのさ! さぁ、自分の駆体をよく見てみな?」
「駆体を……なっ!? 本機の駆体が凍り付いているの……!? まさか……吹雪に“凍結”の効果が……!?」
「その通り、この雪には相手を氷漬けにする“凍結”の効果がある! もたもたしていると全身が凍っちまうぜ!」
故に、ラファエルには耐久する時間すら与えさせない。その為の作が彼女の駆体には起こっていた。回復が追いつかずに徐々に増えていく傷、そこからラファエルの駆体は凍り始めていた。
これはアハト=エンシェントが強敵相手に用いていた戦術だ。吹雪で視界を奪い、身体を凍らせて相手を倒す。ただそれだけの単純な戦術だが、徐々に凍らされていく相手は『迫るくる“死”』に正常な判断力を奪われてしまう。
「内部機関まで凍結すれば本機でも倒される可能性がある……! なら、短期決戦!! 貴方を迅速に始末します、ラムダ=エンシェント!!」
「――――ッ!」
今のラファエルのように。
彼女たち機械天使は自身で行動を決定する時、最も恩恵の得られる効率的な自己運用を行なう。それはジブリールを観察して理解していた。そして、今回は機械天使の性質を利用した。
俺はラファエルに『耐久戦』か『速攻戦』かを天秤に掛けさせた。先ず、彼女がトネリコから与えられた指令は『強襲要塞トロイメライを破壊する』事だ。そして、その指令を遂行する為に、俺との戦闘に陥ったラファエルは『時間を稼いでラムダ=エンシェントの自滅を待つ』事を選択した。
その“耐久”の選択をされ続ければ俺は不利だ。そこで俺は、ラファエルには『耐久をすれば自身が不利になる。短期決戦でラムダ=エンシェントを討つべきだ』と思考するように状況を書き換えた。それが父さんのスキルを使った凍結戦法だ。
時間を掛ければ掛けるほど自身の駆体は凍っていく。解除するには俺を始末するしか無い。そうなればラファエルの知能は『速攻』を選択するだろう。それが一番、最も効率的な選択になるからだ。
「鳴り響け、安静の音色―――“麻酔”!!」
「――――ッ!? これは……身体が……痺れ……!?」
「うふふ♡ 音波攻撃による不可視の全身麻酔よ。どう、動けないでしょ?」
「…………くっ! 参ったなこりゃ……」
そして、ラファエルが仕掛けたのは左右の“竪琴”を鳴らし、俺の身体の動きを封じる麻痺攻撃を仕掛ける事だった。
“竪琴”から放たれる耳に微かに聴こえる『キィィィィン』と鳴り響く音波によって、俺の手脚は痺れ、身体は忽ちに言うことを聞かなくなっていく。音波によって平衡感覚や神経伝達を阻害しているのだろう。ラファエルの姿を視界に捉えるのも困難になるほどだ。
そんな俺の苦悶に満ちた表情を見てラファエルは優越感に浸ったのか、仮面から僅かに覗く口元を吊り上げて笑っていた。
「クソ、e.l.f.、駆動斬撃刃をラファエルに向けて飛ばせ! 奴の竪琴を破壊するんだ!」
「うっ……耳が……! し、承知しました、ご主人様……! 駆動斬撃刃――――突撃ッ!」
「【行動予測】―――――当たらないわ、そんな稚拙な攻撃なんて♡ 座標認識、空間転移――――開始」
身体が動かせない以上、俺の反撃の手段は限られてくる。いま取れる選択肢は『自律して動く駆動斬撃刃を飛ばしての攻撃』だった。
だが、ラファエルは迫りくる駆動斬撃刃を迎撃する気配も見せずに、ただ迫りくる刃を空間転移で躱してみせた。
「これで終わりね、ラムダ=エンシェント? 無駄な足掻き、ご苦労様♡」
「ご主人様、後ろを取られました!」
「このまま“竪琴”で挟み込んで、細切れにしてあげる……! さようなら――――“病理解剖”……!!」
そして、俺の背後に出現したラファエルはトドメの一撃を放とうとした。恐らくは、俺を挟み込むように“竪琴”を展開し、音波による斬撃を放って俺を斬り刻むつもりなのだろう。
ラファエルの透きとおるような声で動き出した“竪琴”は弦を震わせ始め、『ヴゥゥゥン』と言う不気味な音を響かせていく。
身体は動かない、反撃は出来ない、e.l.f.では攻撃を止めれない、急いで引き戻した駆動斬撃刃は間に合わない。
万事休すだ、俺に打つ手は無い――――
「【自動操縦】――――発動! 掛かったな、ラファエル!」
「なっ、まだ動けて――――あっ……!?」
――――と、ラファエルは考えていた事だろう。
そんな彼女の不意を突くようにくるりと身を翻し、俺は左手に握った氷で作った短剣をラファエルの胸元に突き立てた。
【自動操縦】――――身体に装備したアーティファクトに内蔵した演算装置によって自分の身体を意思とは関係なく動かすことが出来る技能。このスキルがあれば麻痺音波を浴びせられていたとしても動ける。
そういった技能の確認を怠り、俺を仕留める事を最優先で動いてしまったラファエルの明確な失態だ。
「しまった……駆体が……凍る……!?」
「内部からの凍結だ……もう助からないぞ、ラファエル……! そのまま凍っちまえ……!!」
「そんな……この本機が……! 【大天使】である本機がぁぁ……!!」
「凍結されるのを忌み嫌い、自己保全を優先して、俺を早急に仕留めようとしたお前の判断ミスだ」
「アッ……アァ……ア――――」
「次からは『自損を考慮しない場合』の行動思考をノアにインプットしてもらっておけ、ラファエル……」
「――――――――」
そして、氷刃を突き立てられたラファエルは内部から駆体を凍結され、弱々しい断末魔と共に氷の彫像になって機能停止した。




