第327話:急襲要塞【トロイメライ】
「ホープちゃん、教会に避難した王都住民の避難、完了したよ〜。重傷を負っていた魔王グラトニスとオリビア=パルフェグラッセさんは医務室に運んだよ」
「分かったぜ、おっさん! さぁ、次はあんた等の番だ、オレの“木馬”にさっさと乗り込みな! 急がねぇと追手が来るぜ?」
「ホープ……これは私の設計した艦よ……! 自分の物みたいに言うの止めてくれない?」
「お前がやったのはこの“木馬”の設計だけだ、所有権はオレにある! そうやって造ったから功績が有ると思い込んでいるから女神アーカーシャに裏切られんだよ!」
「…………ッ!」
――――ホープとの邂逅から十数分後、教会に隠れていた人たちを強襲要塞【トロイメライ】への避難は完了した。そして、人々の避難を護衛していた俺たちもホープに案内されて“木馬”と呼ばれた陸を走る戦艦へと乗り込む事になった。
ホープ曰く、王都住民は女神アーカーシャによる“粛清”を目の当たりにしてしまった。故に、口封じの為に消される可能性が高いらしい。実際に、オリビアを乗っ取った女神アーカーシャも、教会に迫ったウリエルも避難者を消そうとした。
もう避難者たちはグランティアーゼ王国領の何処にも逃げ場が無い。だからラストアーク騎士団で身柄を預かるらしい。騎士団の戦いに常に巻き込まれる危険性は伴うが、下手に王国の何処に解放して狙われるよりは多少マシだとの判断だ。
「ホープ、オリビアさんとグラトニスの様子は?」
「一応、医務室でできる限りの治療はさせている。ラムダ=エンシェントと魂の“契約”を結んでいるグラトニスはともかく、オリビア=パルフェグラッセは本人の『生きる気力』次第だな」
「そっか……」
「らしくもねぇ……テメェが一個人に執着を見せるなんてなぁ、ノア? 随分と人間の真似が上手くなったもんだな?」
「黙っていて……!」
王都での戦いで重傷を負ったグラトニスと、教会で女神アーカーシャの凶行を止める為に身体を張ったオリビアは“木馬”の医務室に運ばれたそうだ。そして、今は医療カプセルによる再生治療が行われているらしい。
元々、俺の“魂”に寄生したグラトニスは、俺から生命力を拝借して治癒を行っているらしい。だからわざわざ診なくとも時間さえ掛ければ自然に回復するらしい。俺からしたら迷惑な話だが。
反面、オリビアは現在も危険な状態らしい。
彼女は女神アーカーシャが放った殺傷能力の高い魔力球を顔に喰らってしまった。それで即死を免れたのは、その瞬間を目撃したアウラ曰く『女神アーカーシャが直撃する直前に威力の減衰を図った』かららしい。
女神アーカーシャが苦痛を味わうことを忌避しての行動だろうが、それでオリビアの首の皮が一枚繋がったのは事実だ。だが、それでも彼女は正死の淵を彷徨っている。それが俺には心配で堪らない。
「婚約者が心配かい、ラムダ=エンシェント? 悪いがもうちょいだけオレに付き合え、まだあんたにはやって欲しい事があるからな……」
「ホープ=エンゲージ……お前、慰霊碑に居たフードの奴だな? どうしてあの時、俺に接触してきた?」
「あぁ、あの時か? 言っただろ、ありゃただの王都観光だ。アーカーシャ教団にいる協力者から“粛清”の話を聞いていたからな……」
そんな俺に語り掛けるのはホープ=エンゲージだ。艦内に足を踏み込んで、艦橋へと続く通路を歩く俺に対して彼女は『やって欲しい』事があると言ってきた。
ホープ=エンゲージ――――旗艦アマテラスの残されていた資料に記載されていた、ノアと同じ“人形”の一体。まさか十万年前の人物が生きているとは予想していなかった。ノアと同じように何処かで冷凍睡眠していたのだろう。
そして、復活した彼女は『アーティファクト戦争』の裏側で暗躍し、トリニティ卿たちを密かに引き込んで勢力を拡大した。それがラストアーク騎士団の起こりのようだ。
「王都の消滅に介入しなかったのは悪かった。今のラストアーク騎士団の戦力じゃ、あの時の女神アーカーシャに挑んでも返り討ちに遭うだけだからな……」
「それで……戦力を分散させざるを得ない状況に持ち込んで、俺たちを迎えに来たって訳か……」
「あぁ、そうだ。言い訳はしねぇ、オレは王都の二十万人の人々を見殺しにした。文句があるなら言え、ただしオレ以外を責めるな。良いな?」
「いいや、文句なんてないよ。今の自分たちじゃ女神アーカーシャ達に敵わないと判断して、俺たちの脱出経路を確保しただろ? なら、それは正しい選択だ。それに……それでもサジタリウスさんを派遣してくれた……ありがとう、ホープ……」
「正しい選択なんかじゃ無い……全員を救うって最善の選択肢が選べなかったから、妥協しただけだ……」
俺たちが『アーティファクト戦争』を終えて、女神アーカーシャの“粛清”に巻き込まれる事をホープは知っていたらしい。そして、“粛清”の時に介入しなかった事を俺に詫びてきた。
理由はあの時の女神アーカーシャ率いる機械天使の軍勢に、ラストアーク騎士団がまだ敵わないと判断したからだ。
それは仕方のない事だろう。相手は【大天使】四機を含む機械天使一万機、そして禁忌級遺物【月の瞳】だ。あれを突破する事はほぼ不可能だろう。
それでも、ホープはできる限りの事はしてくれた。教会の『転移陣』の設置、ウィル=サジタリウスの援護、シリカへの協力要請と、お陰で俺たちは窮地を脱する事が出来た。
「さっき、ノアを『人間の真似が上手くなった』って言っていたな? 俺から見れば、君も立派な『人間』が出来ているよ、ホープ」
「そうか……そりゃ予想外の褒め言葉だ……」
「改めて……ありがとう……助けてくれて。君は俺の命の恩人だよ、ホープ……!」
だから、彼女が全てを救うことを気負う必要は無い。
裏方に徹してくれたホープにそう感謝の言葉を掛けると、彼女は照れくさそうな表情をしてそっぽを向いてしまった。どうやら、自分の感情を読み取られるのが苦手なようだ。
そして、通路の突き当りにあった上階へと向かうための昇降機に乗り込んで、俺たちは“木馬”の艦橋へと足を踏み込んだ。
「ラムダ……無事だったのね! 心配したわ……」
「ツェーン母さん……それにメイド長も!? 行方不明になったって……」
「ラムダ様が雇っていたメイドのアルテリオンさんに説得されて一足先に避難したのですよ。エシャロット伯爵や、オクタビアス男爵のご家族も避難されています……」
「シリカが……そっか……良かったぁ……」
其処に居たのはツェーン母さんとメイド長、審問官ヘキサグラムから行方不明になったと言われていた人たちの姿だ。
どうやら、シリカが“粛清”前に声を掛けて王都から逃がしていたらしい。恐らくは教会の『転移陣』を使ったのだろう。だから、審問官ヘキサグラムたちには追跡が出来なかった。
「母さん……ごめんなさい……俺……アインス兄さんと父さんを……」
「何も言わなくて良いわ、ラムダ。何も言わなくて良いから……まずは自分の精神を護りなさい……良いわね?」
「はい……分かっています……」
ツェーン母さんの無事を確認した瞬間、胸の内に安堵と罪悪感が込み上がって来た。一人でも多くの家族が護られた事への安堵、そしてツェーン母さんが愛したアインス兄さんと父さんを殺めてしまったと言う罪悪感にだ。
けれど、ツェーン母さんは怒る事も無く、ただ俺を抱き締めてあやしてくれた。二人の死をすでに聞かされているのだろう。そして、真実を知ってお尚、俺に罪を問うことをしなかった。
「ツェーン母さん……ツヴァイ姉さんが……」
「分かっています、今からあの娘の所に向かいます……! エンゲージさん、私の娘は何処に居ますか?」
「ツヴァイ=エンシェントなら仮眠室に運んでいる。随分と精神的に摩耗している……下手なカウンセリングは却って彼女を傷付ける事になると思うが?」
「なら上手にカウンセリングするまでです! 行くわよ、ソフィア! ラムダ、ツヴァイは私に任せなさい。母として、あの娘はきっと立ち直らせさます……!」
そして、ツェーン母さんたちは俺をひとしきり宥めると、アインス兄さんを失って消沈したツヴァイ姉さんの元へと向かうべく艦橋を後にして行った。
ツヴァイ姉さんの事も聞かされたのだろう。これ以上、大切な家族を失う訳にはいかない、そんな感情を発露させた表情をツェーン母さんは見せていた。
後の事はツェーン母さんとメイド長に任せるしか無い。
「ツヴァイ姉さん……大丈夫かな……」
「あそこまで啖呵を切ったんだ、後は母ちゃんに任せておきなよ? それよりも、あんたを艦橋に読んだのは親子の再会を果たさせる為じゃ無ーぜ?」
「どういう事だ、ホープ?」
「あんたに会いたいと言っている連中が居る。そいつ等に会ってもらうのがあんたにやって欲しい事だ……」
「そういう訳だ、すまないが話を聴いてもらえるだろうか、ラムダ卿?」
「――――ッ! セブンスコード卿……メインクーン卿……それにサンクチュアリ卿まで……!」
そして、ツェーン母さんとメイド長を見送った俺の前に次に姿を現したのは、王都消滅の際に行方不明となっていたセブンスコード卿、メインクーン卿、サンクチュアリ卿だった。




