第326話:そして、“希望”は姿を現して
「ラムダさん、ご無事ですか!? 敵は倒せましたか!?」
「あぁ、ウリエルを倒したよ、ノア。頼もしい仲間が助けてくれたんだ……ラストアーク騎士団って言う仲間がね……」
「ラストアーク騎士団……? なんで私の名前を……?」
――――【大天使】ウリエルの撃破から数分後、戦闘が終了した事を悟ったのだろうか、教会の扉をこじ開けてノアが姿を現した。
追手に向かって行った俺たちが心配で、自分のせいだと随分と責任を感じているらしい。ノアは涙目になりながら俺に抱き着いてきた。そんな彼女を優しく抱擁しながら、俺はラストアーク騎士団のみんなに助けられた事を報告して、ノアに周囲を見渡せさせる。
「アタシは13機倒した! ストルマリアは?」
「私は14機、私の勝ちねぇ、ル〜リちゃん♡」
「ハァ!? 嘘つくな、ストルマリア!」
「ストルマリアお姉様もルリさんも子どもね……まぁ、私は15機ですけど……」
「急いでグラトニス様の元に向かいますよ、ゼブル!」
「分かってるって、バアルお姉様!」
「エンゲージは機械天使の素体を所望している……できる限り回収するぞ、ライラプス、テウメッサ……」
「では、“木馬”が到着するまでの間に仕事をこなしますか。おい……手伝えよ、テウメッサ!」
「ハァ……肉体労働は専門じゃ無いのに……」
ウリエルが率いていた量産型の機械天使はラストアーク騎士団によって全員が大破させられていた。
ルリやトリニティ卿たちは倒した機械天使の数で優劣を付けて一喜一憂し、ベルゼビュート姉妹は教会内に居るグラトニスの元に直行、“狼王”たちは大破した機械天使の残骸をせっせと一箇所に集めている最中だ。大破して機能停止したウリエルの駆体もライラプスに担がれているのが見える。
様子を見る限り、脅威は一旦去ったと見て構わないだろう。ラストアーク騎士団の浮かれた様子を確認したミリアリアたちは気が抜けたように、その場にへたり込んでいる。相当疲れたのだろう。
「命拾いしたな、ラムダ=エンシェント。じきに“木馬”が迎えに来る、教会に隠れている連中にも出立の準備をさせておけ。うかうかしていると新手が来るからな……!」
「ルドルフ……ありがとう、助かった! みんなに勇気づけられたよ、俺たちだけじゃきっと乗り切れなかった……!」
「勘違いするな、オレは別にお前を助けた訳じゃない。お前を倒すのはオレだ! 他の奴に殺されちゃ困るんでな……」
「ラムダさん……これ、男のツンデレですよ……やだぁ……尊い……♡」
「なっ……余計な茶化しを入れるな、ノア=ラストアーク/// いいか、お前とはいずれ決着をつける、今のうちに首を洗っておくんだな!」
「アハハ……分かった、そのうち決着をつけよう。ただ……今はありがとう……」
ルドルフによるとまもなく“木馬”なる物が迎えに来るらしい。
ウリエルの言ったことが正しければ女神アーカーシャから場所を聞き付けた機械天使が此方に向かって来ている。ミカエル、ラファエル、アズラエル、加えて裏切ったフレイムヘイズ卿も俺たちを追っていると考えていいだろう。
あまりもたもたはしていられない。
「ノア、オリビアの様子は?」
「まだなんとも……今はラナちゃんが付きっきりで診てくれています……」
負傷したオリビアの事もある。早く彼女を安全な場所に移したい。
そんなはやる気持ちを抑えながら、ラストアーク騎士団の“木馬”が早く来ることを祈るしか俺にはできなかった。
「はぁーい♪ あなたがラムダ=エンシェント?」
「そうですけど……確かレディ・キルマリアさんでしたっけ? 初めまして、危ないところを助けていただきありがとうございます……!」
「そうそう、レディ・キルマリア、よろしくね♪」
そんなそわそわした俺に話し掛けてきたのは純白の吸血鬼。額から生えた白い“角”、金色の瞳、雪のように白い髪、銀の鎖に繋がれた首輪をした少女。
彼女の名はレディ・キルマリア――――アケディアス=ルージュとリリエット=ルージュの伯母だ。
人間界では永らく目撃証言が無かった伝説の怪物が気軽な様子で俺に自己紹介してきた。俺ですら知っているような『有名人』だが、助けてもらった以上、彼女の悪名について考えるのは失礼だろう。
「ちょっと、どうして伯母様がグランティアーゼ領に居るの? ずっとルージュ城に引き籠もってた筈じゃ……」
「あー……それがねぇ、聴いてよ、リリエット。お腹が空いて、城の近くにある宿場町に忍び込んで『レイチェル』って娘を拐ったんだけど……護衛の男にあっさり返り討ちにあって殺されちゃった♡」
「レイチェルって……まさか第一王女のレイチェル様!? それに殺されたって……!?」
「護衛の男……ウィルって言うんだけど、そいつにわたしの“魂”を壊されちゃったの……。で、今はそのウィルの“魂”に寄生して自己修復をしている途中なの……」
どうやら、俺の知らない所でレディ・キルマリアはグランティアーゼ王国の第一王女『レイチェル=エトワール=グランティアーゼ』を襲おうとして、ウィルと言う護衛に倒されたらしい。
そして、現在はそのウィルと言う人物に寄生して壊された“魂”の修復に勤しんでいるようだ。グラトニスが俺に寄生して復活を果たしたのと状況が似ている。と言うより、グラトニスの術式が確かレディ・キルマリア由来だった筈だ。
恐らくはグラトニスが俺に噛みついて術を仕込んだように、キルマリアも同じことをウィルと言う人物にしたのだろう。グランティアーゼ王国の王女は危害を加えようとしたのは見過ごせないと言いたいが、今はそんな事を言っている暇は無さそうだ。
「あっ、“木馬”が来たみたいね!」
「なっ……なんだあの巨大な乗り物は……!?」
キルマリアとの会話に集中していた俺がふと視線を北西の方に向けると、遠方から此方に向かって巨大な舟が近付いて来ているのが視えた。
全長は目算で300メートル、全高は最大で50メートル、純白の装甲に覆われた鋼鉄の艦。細長い艦橋が船首側に付いており、その姿はさながら“白馬”のようにも見える。
そんな目を見張る人工物が、地面を浮遊しながら近付いていた。
「あれは私が設計した水陸両用高速強襲要塞【トロイメライ】……! どうしてアレがこの時代に……!?」
「わたし達の後援者が用意した“脚”よ」
その戦艦の名は【トロイメライ】――――かつてノアが設計した“艦”の形をした要塞らしい。
恐らくはアーティファクト【ルミナス・ウィング】の『反重力』の原理を用いて浮遊しているのだろう。近くで見ると艦首には巨大な砲撃機構が、他にも対空・対地を想定した砲台が側面や上部にズラリと並べられている。完全に戦争を仕掛ける代物だ。
そんな“木馬”は教会の近くまで接近するとゆっくりと停止、そのまま出入口と思しき側面の装甲の一部が開き、其処から斜路が伸びてきた。
「ちょっと〜、遅いじゃないの! ウィル、レイチェル? わたしを待たせるなんていい度胸ね?」
「ごめんよ~、キルマリアちゃん。ちょっと拾いものがあってね……」
「あっ……レイチェル……お姉様……!!」
「レティシア、無事だったのね……良かったぁ……」
そして、斜路を伝って“木馬”から姿を見せたのは二人の男女。
一人は白い女性用のスーツに身を包んだ、緑柱石の瞳が印象的な金髪の少女。彼女の名はレイチェル=エトワール=グランティアーゼ――――グランティアーゼ王国の第一王女でレティシアの姉だ。
もう一人は黒い軍服に身を包み、巨大な狙撃銃を背中に担いだ中年男性。
「君がラムダ君だね? 初めまして、僕はウィル=サジタリウス。第一王女レイチェルの護衛だ」
「その声……王都で俺に語り掛けてくれた……! 貴方だったんですね、女神アーカーシャを狙撃して、俺に教会の『転移陣』を教えてくれたのは……」
「まぁ、そうなるかな? あの時は自己紹介もしなくても申し訳なかった。改めてよろしく……!」
彼の名はウィル=サジタリウス――――王都での戦いの時に女神アーカーシャに向けて閃光弾を狙撃して、市街地で俺を手助けしてくれた人物だ。
始めて会った筈なのに、幾度となく窮地を救ってくれた人物。ウィルと対面した時、俺は得も言われぬ感情に包まれた。
「貴方の協力があったから、こうして無事に逃げれました。ありがとうございます、サジタリウスさん……!」
「いいや、おじさんの力が及ばずに多くの人を死なせてしまった……ラムダ君のお兄さんも……」
「いいえ、あの事態を招いたのは俺の至らなさのせいです! サジタリウスさんが居なかったら……俺たちはきっと王都で全滅していました……」
「どっちも自分のできる事を精一杯やりました……! 私が保証します、あなた達は我が国の誉れです……」
「レイチェル様……」
どうやら、お互いに謙虚な性格のようだ。
見かねたレイチェル様が取り持ってくれなければ、俺もウィルも辛気臭い表情をしていたままだっただろう。
その事に気付いた俺たちは恥ずかしそうな表情を一瞬だけしてから、お互いの健闘を称え合うようにがっしりと手を握り合って固い握手を交わした。
「自己紹介は済んだか? なら、いよいよオレの出番と言うわけだ!」
「はいはい……紹介しよう、ラムダ君。彼女こそがラストアーク騎士団の立役者……おじさん達を集めた人物だ……!」
「そ、そんな……あの姿は……!?」
そして、“木馬”から伸びた斜路を伝って、最後の一人が遂に姿を現わす。
夜風に靡く淡い金髪、黒地のシャツとスカート、朱いネクタイとハイソックス、黒いブーツ、そして、ノアと同じ朱い瞳をした右眼の下に個体識別用の紋様が刻まれた少女。
「ホープ……エンゲージ……!」
「よぉ、十万年振りだな、ノア……!!」
彼女の名はホープ=エンゲージ――――ルリたちを密かに募って『ラストアーク騎士団』を結成した影の暗躍者。ノアと起源を同じくする古代文明の“人形”。
これが、俺たちを新たな世界へと導く案内人との出会いだった。




