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第320話:傷だらけの逃亡者たち


「此処は……古びた教会なのか……?」



 ――――日が落ちて夜のとばりが降り始めた頃、ようやく平静さを取り戻した俺は部屋から出てノア達の元へと向かうことにした。


 此処はどうやら遺棄された教会らしい。俺が寝かされていた部屋は此処を切り盛りしていた人物の寝室だったのだろう。シリカが綺麗に畳んでくれていた衣服に身を包んだ俺は宛もなく彷徨う。


 教会はただ遺棄された訳じゃ無い。何か争いが起きた形跡が彼方此方あちこちに残っている。焼け焦げた床板、崩れた壁、それらを簡易的な素材で補修した跡。状況的に見れば『何か争いがあって教会が損傷し、誰かがそれを補修したが、結局遺棄する事になった』と言うところだろう。


 疑問なのは、そんな場所に誰が『転移陣ポータル』を設置したかだが、流石にそれを推察するには情報が足りなさすぎる。それに今の俺の精神状態ではそこまでの気は回らないかった。


 とにかくノア達が心配だった。たったそれだけの感情に、たったそれだけの衝動だけを心の支えにして俺は廃教会をあるき続けた。



「何だよこれ……みんなボロボロじゃないか……!?」



 そして、長い廊下を歩ききり、扉を開いて焼け落ちたボロボロの聖堂に足を踏み入れた俺が見たのは凄惨な状況だった。


 聖堂に居たのは数百人ほどの負傷者たち。第十一師団の面々や第二師団の姉さんの部下たち、王都の住人だと思われる人々の姿が其処にはあった。みな、大なり小なり怪我を負っているのか、オリビアを始めとした治癒術師ヒーラーによる回復魔法ヒールを受けていた。


 特に、アンジュたち【ベルヴェルク】の一部は酷い火傷を負って聖堂の長椅子に寝かされている状態だった。みな、迫りくる追手を振り払う為に尽力したのだろう。



「ラムダ卿、ご無事でしたか! 良かった……」


「ツェーネル卿……ツヴァイ姉さんは?」


「…………今は奥の部屋に引き籠もっています。その……アインス卿を亡くされた事で酷く取り乱してしまって……」


「そう……ですか……」



 みな深い傷を負っている。


 俺を見て駆け寄って来たツェーネル卿から伝えられたのは、ツヴァイ姉さんの状態についてだった。父さんを失い、アインス兄さんが“落涙”食い止める為に犠牲になった事で、ツヴァイ姉さんは精神を病んでしまったらしい。


 ずっと自分の無力さを嘆いて、うわ言のように二人の名前を呟いているようだ。無理もない、一度に家族を二人も失って、その時ツヴァイ姉さんは何も出来なかったのだ。きっと自分を責めて、自分の心を自責の念で傷付けてしまったのだろう。



「今はそっとしておいてやれ、ラムダ=エンシェント。下手に慰めようとしたらおれみたいに平手打ちを喰うぞ?」


「アケディアス……姉さんを守ってくれてありがとう……」


「礼には及ばん、空中要塞で手心を加えてくれたお返しだ。それより、お前も他人の心配なぞせずに自分の心配をしろ、酷く精神が疲弊している、明らかにお前の方がツヴァイよりも深刻な状態だ……!」


「それは……」


「いいか、お前は自分のやるべき事をやった、救える命を可能な限り救ったのだ。失われた命に心をやるな、死者の国に心を連れて行かれるぞ……」


「…………肝に銘じておくよ…………」


「分かっているのなら結構、それでこそおれを倒した男だ。じゃあ、おれは奥の部屋で安静にさせているルクスリアの様子でも見てくるよ……」



 聖堂の柱にもたれていたアケディアスには姉さんをしばらくそっとしておけと忠告されてしまった。それと、俺の精神状態も彼にはお見通しのようだった。


 当たり前の話だ、ツヴァイ姉さんが父と兄を失ったのなら、彼女の弟である俺も同じ境遇なのだから。加えるなら、俺はアインス兄さんに致命傷を負わせてに父さんをこの手に掛けている。その事をアケディアスは気にかけているのだろう。


 失われた命に心をやるな。死んだ者を憂いるよりも、生き残った者を大切にしろと言うことだろう。それを忠告のように伝えて彼は教会の奥に行ってしまった。



「――――チッ、なんでこの教会なんだよ、意味分かんねぇ! マジでむかつく!」


「ルチア、怪我は無い?」


「ラムダ卿……って、左腕が欠損しているあなたに心配される程、あたしは落ちぶれちゃいないわ! ちょっと怪我したぐらいよ!」



 しばらく逃げ延びた人々の様子を見ていた時、聖堂の隅で地団駄じだんだを踏んで激昂しているルチアの姿が目に入った。


 彼女は頭部や腕に包帯を巻いているが、比較的軽傷なようだ。だが、どうもこの教会が落ち着かないらしく、ずっと壁を見つめて怒りを口から吐き出していた。



「この教会がどうかしたの? さっきからずっと苛立っているように見えるけど……?」


「あぁ、簡単な話よ。此処……あたしやラナが育った教会だから……!」


「まさか……!? じゃあ、聖女ティオの……」


「そっ、あたしのお母さんが死んだ場所。誰だか知らねーけど、ヘッタクソな修繕の跡がある。なんで王都の『転移陣ポータル』がこんな場所に通じてんだか……」



 曰く。この教会はルチアやラナが幼少期を過ごした思い出の場所にして、ルチアの母である『ティオ=ヘキサグラム』が命を落とした場所らしい。


 ティオ=ヘキサグラム――――ルチアの母にして、アーカーシャ教団の聖女、そして“嫉妬の魔王”ディアナ=インヴィーズの娘。三百年前のエルフの里の壊滅から逃げ延びたティオ=ヘキサグラムは此処で静かな余生を送っていたが、復讐鬼と化したディアナの襲撃を受け、幼かったルチア達を守るために自爆も同然の攻撃を仕掛けて命を落とした。


 その際に子ども達は散り散りになり、ルチアだけは運悪く【死の商人】に囚われてしまった。それが聖女ティオを巡る事の顛末だ。



「此処はグランティアーゼ王国の僻地だ。けど、場所を見繕ったのはリヒター=ヘキサグラム……」


「審問官ヘキサグラムが此処を……!? じゃあ、教団には場所が……」


「割れているかもね。けど連中は『転移陣ポータル』の行き先なんて知らないでしょ? しばらくは此処に身を潜めて傷の回復に勤しむべきね」



 この教会は生前の聖女ティオが審問官ヘキサグラムから贈られた場所らしい。あの二人にどんな接点があって、どのような経緯でルチアが生まれたかは想像もできないが、ルチアの証言が正しいのなら教会があるのはグランティアーゼ王国の僻地らしい。


 恐らくは捜索の目は届き難いだろう。なら、追跡が来るまでの間に少しでも傷を癒やすべきだ。それにこれからの事も考えないといけない。


 グランティアーゼ王国から逃げて何処に行くか、逃げた先でどうするかを。恐らく、俺たち首にはアーカーシャ教団から懸賞金が掛けられるだろう。そして、世界中のあらゆる場所にアーカーシャ教団の息が掛かっている。


 懸賞金が掛けられれば冒険者ギルドにも手配される。そうなれば世界中の何処にも安息できる場所は無くなってしまう。そうなってしまったこと、そんな状態にルチア達を巻き込んだ事が申し訳ない。



「そうか……ごめん、ルチア。君の思い出の場所に土足で踏み込んで……」


「あぁ? 今さら他人の心配かよ、つくづく甘い奴ね、あんた。いつまで無理して他人を気遣ってんだ? あたしはあんたが心配、自分を殺しすぎ、もう保たないでしょ? あたし相手でも良いから、ちょっとは弱音を吐きなさい、良いわね!?」


「無理は……してないよ……。これは俺の責任だから……ごめん……ルチアを巻き込んでしまって……」


「だから……! 〜〜〜〜ッッ!! 分かった、あたしじゃ力不足ね? じゃあ知らない! ノアでもオリビアでも好きな方に慰めてもらいなさい!」



 けど、ルチアに謝罪の言葉を言った時、彼女は激昂してしまった。アケディアスもそうだが、彼女たちから見た俺は相当に危うい状態になっているらしい。


 誰かに弱音を吐いて慰めてもらえ――――そう言ってルチアは聖堂の床を乱暴に踏み付けながら、治癒に専念しているラナの所に行ってしまった。どうも俺の行動がしゃくに障ったようだ。


 多くの人命が失われ、生き残った者たちも心に大きな傷を負ってしまった。それでも、女神システムは俺たちに慈悲など与えないだろう。


 そんな言いようのない絶望的が教会には蔓延していた。

 

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