第319話:絶望の底で君は目覚める
『クフフフ……みんな死んでしまいましたねぇ? ラムダ=エンシェントさん……』
『やめろ……やめろ、やめろ、やめろ! 出てくるな、喋りかけるな、見せるな! もう止めてくれ……』
――――また悪夢を観せられている。俺の嫌いな死神が観せる絶望的な光景だ。
燃える王都、逃げ惑う人々、空を埋め尽くした天使たち、朱く輝く瞳のような満月、神々しくも恐ろしい女神の嘲笑う姿。俺はそんな悪夢のような光景の中で、崩れていく第十一師団の寄宿舎の側で呆然と立ち尽くしていた。
そして、俺の首を背後から握り締めながら、耳元で煽るように囁くのは“死”を商品にして商いに勤しんでいたある女の声。
『第十一師団の団長、“アーティファクトの英雄”が引き起こした惨劇! どうですか、この王都の惨状はみんな、みんな、貴方が引き起こした光景ですよ!!』
『ち、違う……! 俺はただ……みんなを護りたくて……』
『護れましたか? 誰を護ったのですか? 何を護り抜いたのですか!? さぁ、言ってみなさい! 今の貴方は、何を護ったと胸を張って言えるのですか!?』
光の雨が降り注いで崩壊していく王都。その光景を無理やり観させて、死神は俺に『何を護れたのか?』と問い掛ける。
何も言い返せない、何も言えない。
俺は何も護れなかった、ただ失っただけだった。
シャルロットから贈られた邸宅は消え去った、思い出と一緒に。仲間たちとの団結を誓った寄宿舎は消え失せた、志と一緒に。護ると誓った筈の王都の人々が死に絶えた、俺の『夢』と共に。
そんな無様な俺を責め立てるように、みんなが俺を責め立てる。声を荒げて俺を批難する。
『あんたさえ首を縦に振れば、うちは死なずに済んだ! ネオンを残さずに済んだのに……!!』
下半身を失ったエトセトラ卿が俺の足下に縋り付いて、血の涙を流しながら叫んでいる。俺がノアを手放せば、自分は死なずに、ネオンを置いて逝くことは無かったと。
『余の王国を崩壊に導いた逆賊め! 貴様のせいでグランティアーゼ王国はおしまいだ!』
崩れていく王城の前で、焔に包まれたヴィンセント陛下が鬼気迫る表情で俺を糾弾している。俺が反旗を翻したせいでグランティアーゼ王国は“粛清”の憂き目にあったのだと。
『やはり貴様を生かしたのは間違いだった! お前なんぞゴミだ、今すぐに素っ首を斬り落として死んでいった人々に詫びろ!』
すぐ隣で、胸元に蒼い短剣を突き刺された父さんが俺を罵倒している。ラムダ=エンシェントの生には意味は無かった、今すぐに自害して詫びろと言っている。
『君は祖国よりも一人の女を取るのかい? それは騎士にあるまじき行為だ、軽蔑するよ。私の弟が、まさか情欲に溺れた出来損ないだったなんて……』
俺の目の前では、魔剣を腹部に突き刺されたアインス兄さんが居る。口から血を流しながら、俺を心底軽蔑するような冷ややかな視線を向けている。
『俺様を殺して手に入れた地位でやりたかった事がこれか、ラムダちゃん? ふざけてんのか、あァ!?』
それだけじゃない、今まで死んでいった人たちがみんな俺を責め立てている。怖い、怖い、怖い、動悸が酷い、吐き気がする、生きた心地がしない。
駆動斬撃刃に胸を貫かれ、壁に磔にされたゼクス兄さんが俺を睨みつけている。
『王都の人々を見捨てて、自分だけ生き残ったのかい? 随分と性根の悪い奴なんだね、君は? アンジュさんも見捨てたんだ、僕のように……!!』
崩れる瓦礫の隙間からリティア=ヒュプノスが俺を嘲笑っている。
『貴殿を信じていたのに……期待を裏切ったな! お前のせいで私の家族は巻き添えになってしまったぞ!!』
オクタビアス卿が俺を罵っている。かつて、騎士団への入団を賭けて戦ったあの時のように。
『ねぇ、ラムダ、教えて? 私が悪いの? あなたを生んだせいでこうなったの?』
『母さん……違うんだ……! 俺は……俺は……!』
『こんな悲劇を起こさせる為にあなたを護ったんじゃ無い! こんな裏切りをさせる為にあなたを産んだんじゃ無い! 産まなければ良かった、こんな息子!!』
そして、胸元に短剣が刺さった状態の母さんが、血の涙を流しながら俺を否定した。
やめて、やめて、やめて、俺を否定しないで。
許して、許して、許して、俺を拒絶しないで。
常に最善の選択なんてできない、俺は全知全能じゃ無い。間違うこともある、過ちを犯すことだってある。あぁ、俺は最低の過ちを犯した、グランティアーゼ王国を崩壊に導いてしまった。
反省しています、後悔しています、今にも死にたい気持ちでいっぱいです。だから……もう責めないで。
『クッフフフフ、駄目ですねぇ! これが貴方の犯した“罪”です! さぁ、刮目しなさい、貴方の選択が導いた結果を!! 受け入れなさい、貴方が招いた厄災を!!』
『やめて……やめて……』
『人々は死に絶えた! 騎士たちは無駄死にだ! 為政者たちを失って国は瓦解した! この責任、どう取るつもりですか……英雄さん?』
『あぁ……あぁぁ……あぁぁあああああああああ!!』
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ごめんなさい。
身勝手な選択をした俺が悪かったんです。
分不相応に『騎士』を夢みた自分が馬鹿だったんです。
だから……許してください。
〜〜〜
「―――、――て……起きて……旦那様……起きて……」
「うわぁぁああああ!! あっ……ハァ……ハァ……!」
「旦那様……魘されていた……大丈夫……?」
「シリカ……」
――――シリカの呼び声で目覚めた俺は、見知らぬ部屋のボロボロのベットの上に寝かされていた。酷い悪夢を観た、寝汗で身体がベタついている、不愉快な気分過ぎて吐きそうだ。
咽るように息を吐き出して、喉まで出かかった不快感を抑え込む。先ずは現状を確認しないと。
其処は埃まみれの小汚い木造の小部屋。何年も放置されたのだろうか、所々の壁や床にも穴が空いている。少なくとも、俺にはまったく見覚えのない場所だった。
だけど、正直場所はどうでも良かった。周囲を見渡して気になったのは、俺を呼び起こしてくれたシリカの状態だったからだ。
「シリカ……傷だらけじゃないか!? 一体なにが……」
「平気……わたし……特別だから……すぐに治る……」
汚れで曇った窓から射し込んだ夕日に照らされたシリカの身体はボロボロの状態だった。服を着ずに露わにした素肌には無数の傷と痣ができており、彼女の自慢であろう翼の翼膜には切り傷が入っていた。
出血も酷い、普通なら出血で動けなくなるような、下手をすれば死に至る量の血液をシリカは流している。それでも彼女は顔色一つ変えずに『すぐに治る』と言っているが、とてもそうは見えない。
「その翼の傷……アインス兄さんが『黙示録の竜』に付けた傷とそっくりだ……」
「…………」
特に気になったのは翼膜を切り裂いた傷だ。
王都でのアインス兄さんとの決闘の最中、俺を救ってくれた赫き竜『黙示録の竜』――――その翼をアインス兄さんは斬撃で斬り裂いていた。シリカの翼にできた傷は、その傷にそっくりだった。
その共通点が示す可能性は一つ。
「俺たちを王都で救ってくれた『黙示録の竜』は……君なのか、シリカ?」
「…………」
王都に出現した赫き竜、その正体がいま俺の目の前にいるシリカ=アルテリオンではないかと言う可能性だ。
無論、“竜人”と言う種族が正真正銘の『竜』に変身できるなんて逸話を俺は聞いたことは無い。そも、“竜人”とは『竜と人間の因子を併せ持つ種族』であり、人間でなければ竜でもない、あくまでも双方の性質を有した雑種なだけだ。完全な竜にも、完全な人間にも変化したりはしない。
だが、王都で見た『黙示録の竜』は完全な竜だった。“竜人”であるシリカが変身できる訳は無い、そう理屈では思っている。けど、夕焼けに照らされた彼女の傷を見た俺は、シリカこそが『黙示録の竜』だったと信じたかった。
「シリカ……」
「ごめんなさい……今は……わたしの秘密……言えない。今の旦那様に……わたしの抱えた秘密は……重すぎる……」
「…………」
けど、結局シリカが隠しごとを打ち明ける事は無かった。傷だらけの身体を隠すように、部屋の片隅に置かれていたボロボロの布切れを纏った彼女は後ろめたそうに部屋の扉に手を掛けた。
「此処……エンゲージが用意した……避難場所。ノア様もオリビア様も……みんな無事……此処に居る……」
「ノア達……無事なんだな! あぁ……良かった……」
「顔を見せてあげて……オリビア様……ずっと泣いてる……。わたしは……少し風に当たってくる……その方が……傷に治りが早くなるから……」
どうやらノアたちも教会の『転移陣』で無事に脱出して、此処に避難しているらしい。と言うことは此処は『エンゲージ』なる人物が用意した場所なのだろう。
そして、そんな場所に避難して、『エンゲージ』の名を口にした以上、シリカも『エンゲージ』に一枚噛んでいた事になる。その事を後ろめたく思っているのだろうか、シリカは申し訳なさそうな表情をしながら部屋から逃げるように出て行ってしまった。
「うっ……ゔぅ……ゔぅぅ……!!」
部屋に残されたのは俺だけ。夕焼けの射し込む部屋で一人になった瞬間、涙が溢れてきた。
悪夢が脳裏に何度も浮かび上がる。兄を刺して、父を殺した感触が右手から這い上がってくる。そして、その手には菱型の碧い宝石、アインス兄さんの遺品が握られている。
その宝石を見た瞬間、申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
口から出たには謝罪の言葉だけ、けど許される筈もない。それが、ラムダ=エンシェントに架せられた“罰”なのだろう。
古びた部屋には、俺の啜り泣く声だけが虚しく響き渡っていた。




