序幕②:動き出した世界
「トネリコ=アルカンシェル……確かノア=ラストアークと同時期に造られたと言う『アーカーシャ計画』の要石の一体……」
『その通り、僕の事をよく知っているようで感心したよ。これなら過分な自己紹介しなくていいかな?』
『…………驚いたわぁ、母様があんたはんの身柄を確保しとったんは知っとったけど、まさかお出ましになるなんてなぁ……』
――――教会の祭壇に現れた“人形”、トネリコ=アルカンシェル。思いがけない人物の登場に『四大』たちは眉を顰めていた。
トネリコ=アルカンシェル――――彼女は古代文明の人物で、ノア=ラストアークと縁深い存在だからだ。
そんなトネリコが自分たちの“指揮官”を名乗って現れた。唯一神である女神アーカーシャ旗下、実質的な世界支配のナンバー2である『四大』にとってその事実は些か不愉快に映っていた。
『あー、はい、不服そうですね。ですが残念、僕を諸君らの“管制者”に任命したのは他ならぬ女神アーカーシャ。僕への異見はそっくりそのまま女神への意見だと思ってください』
『なひゃ〜、こりゃオイラ達、分が悪そうだなにゃ〜! 従わないと母様に解体されてしまうのね〜(泣)』
だが、トネリコは彼女たちの意見なんてどこ吹く風と言いたげな表情をしながら、自分たちの方が指揮権が“上”だと断言して彼女たちを牽制するのだった。
女神アーカーシャ直々の指揮官への任命を以って、トネリコ=アルカンシェルは『女神アーカーシャの代行者』としての権限を手に入れた事になる。そうなれば、四大たちにとって『トネリコの糾弾』はそのまま『女神アーカーシャへの批判』になることを意味する。
その為、トネリコを邪険にして女神から罰を与えられる事を恐れた四大たちは黙りこくるしか出来なかった。
『うんうん、僕を認めてくれてありがとう。では現状の把握から始めようかな?』
『くすくす、まぁ怖い怖い。うち等の新しい上官様、涼しげな表情してえらい恐ろしいことしますなぁ……』
『まぁ、有能な指揮官なら此方に文句は無い。無論、無能であるのならば母上には然るべき処置を取ってもらうがな……』
『僕が知りたいのはノア=ラストアークの行き先だ。心当たりはあるかな、“火”くん?』
そして、トネリコの主導の元、議題は遂に進み始める。
彼女たちの目下の目的は『ノア=ラストアークの行方』についてだ。先の『グランティアーゼの落涙』でノア達は王都の教会に設置されていた転移陣によって逃亡を果たしていた。
その様子を間近で観ていたのは“火”だ。彼女は教会に逃げ込んだノア達をあと一歩まで追い詰めたが、“落涙”によって転移陣で消失してしまった為に追跡を諦めざるを得なかった。トネリコが知りたいのはその先についてだ。
「さぁな、皆目見当もつかないよ。今はミカエル達とダモクレス騎士団の残党共に周辺一帯を捜索させているが、今のところ目ぼしい発見は無い。赫竜とラムダ=エンシェントも見失ったらしいしな……」
『すでにグランティアーゼ王国から脱出した可能性はあり得るかい?』
「それは転移陣の行き先次第だろう。さて、裏で糸を引いていた『エンゲージ』とやらは連中を何処に転移させたのやら……」
『エンゲージ? “火”くん、そのエンゲージとは何者なのかな?』
“火”によって王都周辺には機械天使による追跡が放たれていたが、未だに発見には至っていない。加えて、『黙示録の竜』と共に王都から脱出したラムダ=エンシェントもミカエル達の追撃を振り切って逃走していた。
その為、トネリコ達はグランティアーゼ王国の広大な土地から逃げた数十人の反逆者たちを見つけ出す必要に迫られていた。しかし、歯痒い報告をせざるを得ない“火”が吐き捨てるように呟いた『エンゲージ』と言う単語に、トネリコが食い付きを見せるのだった。
「エンゲージは王都に賊を招き込んだ暗躍者の名だ。私はそいつが『ホープ=エンゲージ』だと睨んでいる」
『ふむふむ……』
「率直に訊くぞ、トネリコ=アルカンシェル。ホープ=エンゲージと言う名の“人形”、今回の一件に絡んでいると思うか?」
エンゲージ――――『グランティアーゼの落涙』の数日前から暗躍していた人物の名前だ。王都の教会に『転移陣』を設置し、ベルゼビュート姉妹や“狼王”を手引きした。ノア=ラストアークを取り逃がしたのも『エンゲージ』なる人物のせいだと“火”は考えていた。
そして、ノア=ラストアークの関係者の中に『ホープ=エンゲージ』が居ることを女神アーカーシャから聞かされていた“火”は王都で暗躍した『エンゲージ』の手掛かりを掴もうと躍起になっていたのだ。
『確率で言えばかなり高いと僕は予測するよ。彼女はイレヴンの手引きで、女神アーカーシャによる地球滅亡の直前に姿を暗ましていたからね。もし、僕が彼女ならノア=ラストアークが生きていたと知れば、彼女に何らかの形で接触を取ろうとするね』
『ははぁん、確かにあり得る話やなぁ。そのホープとか言うお人形さん、何処ぞで冷凍睡眠でもしとったんとちゃう?』
『その通り、“水”くん。かく言う僕も“ユグドラシル・シャフト”で冷凍睡眠についていたからね』
『なら、その王都で暗躍した奴はホープ=エンゲージだと仮定した上で動くべきだな。グランティアーゼ王国在住の一般的なエンゲージさんよりも、古代文明の“人形”の方が厄介だ』
トネリコの予測は『ホープ=エンゲージが王都での事件に一枚噛んでいた』だった。それは同型の“人形”であり、ホープ=エンゲージの素性をよく知る彼女だから出せた予測である。
曰く、ホープ=エンゲージは女神アーカーシャによる古代文明の“粛清”の前には姿を暗ましていた。故に、ノアや自分のように何処かに隠れて冷凍睡眠をしていたとトネリコは予想したのだろう。
『そして、ホープ=エンゲージが関与しているのなら、ノア=ラストアーク達は恐らくは王国からはまだ脱出していないだろうね……』
「何故、そう言い切れる?」
『なに、簡単さ。グランティアーゼ王国から脱出したら仕返しが出来ないでしょ? ホープ=エンゲージなら必ず、脱出前に受けた屈辱を晴らしに来るはずさ』
「なるほど……そういう訳か……!」
そして、トネリコはノア達が未だ王国領からは脱出していないと予測を立てた。
その理由を彼女はこう推察した――――ホープ=エンゲージは『グランティアーゼの落涙』の報復を必ずするだろうと。ホープと言う人物の手癖を知っているが故の予測であるのは言うまでもない。
『“火”くん、機械天使の捜索範囲をもっと広げるよ。多分、ノア達はまだ遠くには逃げてない筈だ』
「承知した、ミカエル達は好きに使え」
『言われなくてもそのつもりさ。さて、じゃあ“お人形遊び”の時間だね……!』
トネリコ=アルカンシェルによってノア達はまだグランティアーゼ王国内に届かっていると算出され、その予測を聞いた瞬間に“火”は機械天使に捜索範囲を拡大するように指示を出す。
反逆者達は報復に打って出ると予想しながら。
『現状は理解できたかな? 後はそれぞれの領域の把握もしたい。報告よろしく』
『うちの居る“幻想郷”は平和やわぁ。あっ……でも、噂じゃ帝様が失踪したとかなんとか? なんでも帝の側近のくノ一と女武者が連れ出したらしいわぁ……』
『オイラの居る魔界は“暴食の魔王”の後釜を狙った氏族たちの覇権争いの真っ只中だな! 誰が勝つか楽しみだわ〜♪』
『此方が管理する天空大陸は些か荒れてきている。だが十分に対処は可能だ、貴様達はノア=ラストアークの始末に追われるが良い……』
「協力する気はさらさら無さそうだな。まぁ。その方が私も気が楽でいいが……」
『諸君等は女神アーカーシャの権能を切り与えられた存在だ。一網打尽にされてノアに女神の権能を一気に奪われるよりはバラけた方がマシだろうね……』
逃げたノア達への対処は決まった。後は追撃に移るだけ、“火”はそう考えていた。だが、同時に彼女は妙な胸騒ぎを覚えていた。
他の三名の報告には微かな世界の変調の兆しが見え隠れしていたからだ。
“水”の居る幻想郷と呼ばれた地では『帝』なる人物が失踪し、“地”の管理する魔界では“暴食の魔王”の後継者争いが勃発し、“風”の支配する天空大陸では些末ではあるが良からぬことが起こりつつある。
『あー、そういえば報告するのを忘れていたぞ! とっても大変な事が起こったんだ!』
「何だ、貴様ともあろうものが随分な慌てっぷりだな、“地”?」
『そりゃもう大変さ! 聴いて驚け――――世界最大の軍事大国、アロガンティア帝国が落とされた。スペルビアを名乗る仮面の男にたった一晩で滅ぼされてね……!』
そして極めつけは世界最大の軍事大国、アロガンティア帝国の陥落だった。
スペルビアを名乗った仮面の男による襲撃でアロガンティア帝国は一晩で壊滅した。その事実を“地”から聞かされた“火”たちの表情が驚愕のものに変わったのはその数秒後の出来事だった。
グランティアーゼ王国の滅亡と共に動き出した世界。厳しい冬の時代と共に迫りくるは世界を巻き込んだ大戦争――――名を『方舟大戦』。
ラムダ=エンシェントが挑むは永き時を経て浮かび上がった“世界の歪み”との死闘。征くは自らの罪の清算、過去との決別、そして再起へ道。
儚き少年と少女の物語、その第三幕――――開演。




