第321話:贖罪の路
「さぁ、ノアさん、口を割ってもらよ! ノアさんが女神アーカーシャの設計者ってどういう事だ? 僕たちをずっと騙していたのか!?」
「おっ、落ち着くのだ、アリアお姉ちゃん!」
「落ち着ける訳ないじゃないか! なんで黙っていた、僕たち仲間だろ!? 僕たちを信用していなかったのか!?」
「ミリアリア様、お止めください〜!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい! 騙す気は無かったの……言うのが……怖かったの……」
――――聖堂の片隅、人目に付かない場所、其処で俺が目撃したのはミリアリア達に詰め寄られて憔悴しているノアの姿だった。
ミリアリアはノアの胸ぐらを掴んで声を荒げ、アウラとコレットは激昂するミリアリアを止めようとし、側の椅子に腰掛けたレティシアは沈痛な面持ちで成り行きを見つめ、リリィは壁にもたれかかって何を考え込んでいる。
そして、ノアは暗い表情でずっと『ごめんなさい』と言いながら許しを乞うている。正直、こんな状態になった以上、彼女の正体に感付きながらみんなに相談しなかった俺にも非がある。もっと言えば、ノアを長い眠りから目覚めさせたのは俺だ。
「ノアの正体が女神アーカーシャの設計者だったなんて……通りでグラトニス様が欲しがった訳だわ……」
「アリアお姉ちゃん、ノアお姉ちゃんが自分の正体を白状したところで何にも変わらないのだ! 貴女のやっている事はただの八つ当たり! 今すぐに手を離すのだ!!」
「うっ……くそッ! なんであんな残虐な女神を創ったんだ!? 王都を丸ごと消すなんておかしいだろ! それがお前の理想の女神だったのか!? なんとか言いなさい、ノア=ラストアーク!!」
ミリアリアの怒りは『残虐な女神アーカーシャ』と『その設計者であるノア』へと向けられていた。
教会で手当てを受けている避難者の数は多く見積もって三百人程、シャルロット親衛隊や第二師団が避難した、或いは自前のスキルで逃げて幸運にも教会へと逃げ込んで難を逃れた人達だろう。
そして、王都の人口は記録が正しいのなら二十万人。その殆どが死に絶えたと考えるべきだろう。だから、ミリアリア達は惨劇に胸を痛めていた。
彼女たちだけじゃない、第二師団の竜騎士たちやシャルロット親衛隊たちも、目の前で人が容赦なく殺されていく惨状を目の当たりにしたせいで強いストレスに苦しんでいる様子が見える。ダモクレス騎士団に属していた多くの者が“王都消滅”と言う残酷な現実に、多くの人命を救えなかったと言う後悔に押し潰されそうになっていた。
そんな悲劇の元凶になった女神アーカーシャ、その設計者であるノアに怒りの矛先が向くのは仕方のない事なのかも知れない。俺だって、もし『神授の儀』の直後にノアから正体を打ち明けられていたら、怒りに身を任せて彼女の顔を殴っていたかも知れない。
けど、黙っていた俺も同罪だ。
「ノアを責めないでくれ、アリア。ノアの正体に気付いていたのに黙っていた俺の責任なんだ! だから……責めるなら俺を責めてくれ……お願いだ……」
「ラムダさん……」
「なんだよ……ラムダさんだって騙されてたんじゃないの!? ラムダさんは利用されていたんだよ、ノアさんの独りよがりな旅に!」
ミリアリアとノアを引き離して、間に割って入った俺はミリアリア達に向けて頭を下げ続けた。
ノアは最初から女神アーカーシャへの復讐を考えて動いていた。そして、そのノアの思惑に俺は乗っかった。俺を騎士にしなかった女神への鬱憤を晴らしたかったから。
この世界に於いて女神アーカーシャは絶対の存在。その存在が在るからこそ、我々は幸せを享受できるのだと教えられていた。その創造神に真っ向から喧嘩を売るつもりだった癖に孤独心や情欲に目が眩んで仲間を次々と増やして、夢を諦めきれずにダモクレス騎士団の道を進んだのは俺だ。
本当は巻き込んではいけなかった。みんなと距離を置いて、ノアと二人で旅をして、全ての責任を二人で分かつべきだった。それを怠って、自分の欲望を優先させた俺が悪かったんだ。
「ノアは悪くない、全部俺が悪いんだ! だから、ノアを責めないでください! みんなを巻き込んだのは……俺なんだ……!! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
「御主人様……」
「俺がみんなをパーティに誘ったから、俺が自分の欲望を優先させてダモクレス騎士団に入ったから、みんなに迷惑を掛けたんだ! ごめんなさい……ごめんなさい……!!」
「お兄ちゃん……あたし達は……」
額を聖堂の床に擦り付けながら、必死にみんなに許しを乞い続ける。もう謝って済む問題じゃ無いのは分かっている。大勢の命が失われた、もう償うだけじゃきっと贖罪は成されない。
それでも、今の俺には謝り続けるしか出来なかった。
「ラムダさん……ふざけないでッッ!!」
「――――ッッ!」
だけど、謝る事すら俺にはもう許されない。
謝り続ける俺の姿に業を煮やしたミリアリアは周囲の制止を振り切って俺の胸ぐらを掴むと、俺の左頬に思いっきりの鉄拳を叩き込んできたのだった。
すぐに頬に走った激痛、バランスを崩して尻もちをつくように倒れ込んだ身体、涙を流しながら怒りの表情で俺を見下したミリアリア、心配そうな表情で俺を見つめるアウラ、冷ややかな視線を向けるリリィとレティシア。何が起きているのか理解するには時間が掛かった。
けど、少なくとも、俺の態度が悪いのは想像がついた。
「今さら『ごめんなさい』で済む問題じゃ無い! 今さら『ごめんなさい』って言われた所で僕たちは納得できない!!」
「そうね、アリアに賛成。御主人様、今さら謝罪の言葉を口にしても手遅れなことぐらい本当は理解しているんでしょ? もう謝ってもどうにもならないの……」
「けど……もうみんなに迷惑は……」
「ラムダさん、あんた逆光時間神殿でなんて言っていた!? 誰よりもみんなを幸せにするって息巻いていたよね!? 今さら僕たちを見捨てる気なの!? 自分じゃみんなを幸せに出来なかったって、無責任に僕たちを放り捨てるのか!?」
「それは……」
「みんな、ラムダさんを信頼しているから、ラムダさんとノアさんが好きだからここまで来たんだ! なら、最後まで責任を持て! 最後まで僕たちを連れて行け! それがラムダさんとノアさんの責任だ!!」
「アリア……」
耳が痛い、ミリアリアの言う通りだ。
もうこうなった以上、ミリアリアたちも“反逆者”の汚名を被せられている。今さら関係を断ち切った所でどうしようもない、今さら謝ったってみんなが元通りの生活に戻れる保証はない。
「私は元々、女神アーカーシャへの反逆を企てていたグラトニス様の配下。だから覚悟は出来ているわ。私たちを巻き込んだって責任を感じているのなら、最後まで頼れるリーダーを演じきりなさい! それが……貴方の責任よ、ラムダ=エンシェント……!」
「あたしは……もう行く場所も帰る場所も無い。お兄ちゃんが征く道に付いて行くしか無い。だから、苦しくても一緒に居たい。お願い……もうあたしを一人ぼっちにしないで……」
「僕はあなたに希望を与えられた! ラムダさんこそが僕を救ってくれた『勇者』だ! そんなあなたが絶望の淵に沈むなんて許さない! 最後まで僕の希望であり続けて貰うぞ!!」
「俺は……」
「ラムダ様……私は怒れる獣、最初から女神アーカーシャの敵です。今さら追われる立場なんて怖くはありません。それより、私は貴方様と離れ離れにされる方が怖いのです……」
「ラムダ卿、わたくし達は無様な敗北を喫しました。地位も名誉も、祖国も失いました。けど、まだ生きています、生きなければなりません。この路の先が復讐であっても、全滅であってもです……」
それでも、俺は【ベルヴェルク】のリーダーとしての責任を全うしなければならない。
ノアを目覚めさせ、コレットの怒りを受け止め、オリビアを娶り、ミリアリアに希望を観せて、リリィを救い、レティシアの理想となり、アウラを呪縛から解き放った。その責任を負わなくはならない。
俺はその責任から逃れようとして、ただ謝っていた。怒られるのも無理はない。
「ラムダさん……私……」
「ノア……ノア=ラストアーク……! 君は何も悪くない。全ては、君を目覚めさせた俺の責任だ! だから……だから……ちゃんと責任は取る、みんなを幸せにする! 女神アーカーシャが立ち塞がるのなら、俺は神を殺す! だから……最後まで一緒にいて欲しい……」
「私……私ぁ……ずっと、ずっと……嘘を吐いていました……! 女神アーカーシャを創って、古代文明を滅ぼして、みんなの人生をめちゃくちゃにしたことを……ずっと黙っていました……! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!」
この旅を、ノアの旅を、【ベルヴェルク】の旅を完遂させる。それが俺に残された贖罪の路。もう逃げ道は何処にも無い。女神アーカーシャを倒してみんなで“大団円”を掴み取るか、無様な“全滅”になるかの二つに一つだ。
それを悟ったのか、ノアは大粒の涙を流しながら自分の罪を懺悔し始めた。
ノア=ラストアーク――――古代文明が造った“人形”。あらゆる頭脳を結集して造られた人類の道具、アーティファクトを生み出して、女神アーカーシャを創り上げた者。
「私……ずっと苦しかった……! ラムダさんの人生がむちゃくちゃになるのを、みんなが傷付く姿を観るのが……ずっと苦しかった……! もう……こんな残酷な殺戮をするアーカーシャを……観たくない……!!」
「ノア……」
「お願い……助けて……! もう私だけじゃアーカーシャを止められない……! お願い……罪を償わせて……!! 一緒に女神アーカーシャの解体を手伝ってください……! もう私……世界を滅ぼしたくないよぉ……!! うぅぅ……うぁぁあああああん!!」
その日、ノア=ラストアークは感情を剥き出しにして、胸につかえた苦しみを漸く吐き出した。
良かれと思って創った女神の反逆で文明を一つ終わらせて、その後の世界は女神に支配された文明だった。それが苦しくて堪らなかったのだろう。ノアはまるで子どものように泣きじゃくって、縋るように俺たちに救いを求めてきた。
「まぁ、もう乗っちゃった舟だし、最後まで付き合うわよ。それに、女神アーカーシャを倒す事はグラトニス様の悲願であり、私の悲願でもあるから!」
「ハァ……仕方のない人たちだなぁ……! 僕は最初からラムダさんとノアさんには付き合うつもりだよ! 第一、僕を勝手に勇者にした女神アーカーシャには文句しか無いんだ! このまま良い気になんてさせてたまるか!」
「あたしも、あたしの人生を奪った女神アーカーシャなんて大っ嫌いなのだ! その女神アーカーシャがノアお姉ちゃんとラムダお兄ちゃんを苦しめるのなら、あたしだって戦うのだ!!」
「コレットは……ラムダ様の人生を狂わせた女神アーカーシャには怒りの感情しか持ち合わせておりません! ですので、ノア様の『女神アーカーシャの解体』……望むところです!!」
「女神アーカーシャの悪戯でわたくしの愛するグランティアーゼ王国は崩壊しました。王は死に、為政者たちは消え去り、もはやこの国は“国”としての機能を失った……。許せない……!! わたくしの愛する全てを殺した女神を、わたくしは許せない!!」
そんなノアの救いを求める声に、ミリアリアたちは誰一人として逃げる事なく。ただ、俺とノアに協力する事を約束してくれたのだった。
それまで、バラバラの思惑の元に構成されていた勇者パーティ【ベルヴェルク】は、『女神アーカーシャの解体』と言う共通の目的の元に遂に完全な団結を果たすのだった。
「ふぅん……それがあなた方の答えですね? まったく、つくづく人間とは度し難い生物ですね。やはり私が完全に管理しなければ……!」
「オリビア……? 違う、誰だ、貴様は!?」
そんな俺たちに苛立ちをみせるように響いた少女の声。俺たちの側にいつの間にか歩み寄っていたオリビアの声だった。
しかし、何か様子がおかしい。
オリビアの瞳は朱く輝き、纏う雰囲気もいつもの穏やかな印象から無機質なものへと変わっている。そして、その雰囲気の正体を俺はすでに知っている。教皇ヴェーダの身体を乗っ取って顕れた女神のものと同一だ。
「女神……アーカーシャ……! オリビアの身体を乗っ取ったのか……!!」
「数時間ぶりですね、ラムダさん? まさか、この私から逃げれると思ったのですか? うふふ……滑稽すぎて涙が出そうです……!」
オリビアの身体を乗っ取ったのは女神アーカーシャだ。俺たちを取り逃がした女神の追跡が遂に始まってしまったのだった。




