第317話:秋の終わり、冬の始まり
「王都が……僕たちの守るべき場所が……」
「内部分裂を招き、ヴィンセント陛下をみすみす殺され、挙げ句、王都すら守れないとは……ダモクレス騎士団の名折れじゃ……」
「そんな……私たちはいったい何の為に……」
――――女神アーカーシャによる“粛清”、禁忌級遺物【月の瞳】による“落涙”から数時間後、王都【シェルス・ポエナ】上空にて。夜明けの太陽に曝された王都の惨状を眺め、レーゼ=サンクチュアリ、ウィンター=セブンスコード、ノナ=メインクーンの三名は空に浮かぶ魔法陣を上で愕然と肩を落としていた。
王都【シェルス・ポエナ】は“落涙”によって壊滅。エトワール城、貴族街、市街地は光に飲み込まれて消滅し、都市が築かれていた場所には巨大なクレーターが出来上がっていた。唯一、王都の名残を残せたのは街の玄関口になっていた正門のみ。そして、残った正門の近くにも生存者の姿は無く、ただ殺戮された死体が無惨に転がっているだけ。
事件前の王都の人口は約二十万、その殆どが機械天使の攻撃で、“落涙”の無慈悲な光の前に死に絶えた。グランティアーゼ王国の安寧に尽くすダモクレス騎士団の団長三名が言いようのない無常感に包まれるのも当然だろう。
「いや~、驚きました! まさか王都が消し飛ぶなんて! これが【月の瞳】による“落涙”……なんとも恐ろしいものですねぇ!」
「リヒター=ヘキサグラム、何を嬉しそうに笑っている、貴様! いったい何人の人命が失われたと思っているんだ!?」
「そう怒らないでくださいよ、ウィンター=セブンスコードさん? あなた方は女神アーカーシャ様の慈悲で命を救われたのですよぉ? 我々、アーカーシャ教団に異を唱えるような発言は控えたほうがよろしいかと思いますが?」
「くっ……僕たちを馬鹿にして……!」
そんな項垂れる団長たちを煽るように響いた燥ぐような男性の声。審問官ヘキサグラムの声だ。
失われた王都の住人の命を嘆き、自分たちの不甲斐なさに落胆するセブンスコード達をさらに追い込むように威圧しながら、彼は破壊されて消滅した王都の惨状を食い入るように眺めていた。
「それで……一つ質問なのですが、女神アーカーシャ様? この王都の有り様、貴女の想定通りなのでしょうか?」
そして、審問官ヘキサグラムはひとしきり王都を眺め、すぐ隣で顔を顰めながら王都を見下ろしていた女性に声を掛けた。
教皇ヴェーダの身体を借りて顕現していた女神アーカーシャに。
「いいえ、これは全くの想定外。本来、想定されていた“粛清”の一割も結果を出せていません……」
「ほう、やはりそうですか……」
「やってくれましたね、アインス=エンシェント……! まさか、聖剣を“落涙”に突き立てて凝縮されたエネルギーを上空に逃がすなんて……!」
「彼のせいで待機させていた量産型の【天使】の三割が衝撃波に巻き込まれて消滅! 完全にしてやられましたね、女神アーカーシャ様?」
苦虫を噛み潰したような表情でアインス=エンシェントへの憤りを露わにする女神アーカーシャ。それもその筈、アインス=エンシェントが死に際に放った一撃は女神の“粛清”を完全に妨げたものだったのだから。
膨大な出力を集束させた“落涙”だったが、アインス=エンシェントの聖剣によって球体状に圧縮されていたエネルギー体の上部に孔が空けられた。そして、溜め込まれたエネルギーは其処から一気に流出、上空で待機していた量産型の機械天使を大勢巻き込みながら“落涙”はその威力の大半を失ってしまった。
その結界、地上へと、王都へと齎された破壊の規模は微々たるものになってしまい、結果としてアーカーシャ教団はラムダ=エンシェントやノア=ラストアークにまんまと逃げられる結果となってしまうのだった。
「女神アーカーシャ様に不敬だぞ、リヒター=ヘキサグラム! それに、元はと言えば、貴様の封印が甘いせいで教会の『転移陣』を奴等に悪用されたのが原因だろうが!」
「これはこれは……“火”さんは随分と手厳しい……。私だって想定外だったんですよ、まさか厳重な私の封印術があっさりと破られるなんて! いや~、そこまでの手練れがいたとは……流石は貴女が厳選した王立騎士ですねぇ、レイ=フレイムヘイズさん?」
「なんだと貴様……! 私が選んだ騎士が優秀だったから、教会の『転移陣』の封印が突破されたとでも言うのか? ルチア=ヘキサグラムにまんまと逃げられた分際でよくも!」
「えぇ、その通りです! 少々、騎士団ごっこに熱を出し過ぎたようですね、“火”さん? 今回の“粛清”の失敗は貴女が有能な人材を揃えすぎた事です……! いや~、ルチアさんも中々に賢い、私と遊ぶのは時間の無駄と判断して即座に“逃走”の一手を選択したのですからねぇ、フッフフフ!」
審問官ヘキサグラムの追求の眼は、彼を背後から糾弾したレイ=フレイムヘイズこと“火”へと向けられる。今回の事件で反旗を翻した者の大半が王立ダモクレス騎士団に属する騎士だった。
その人材を管轄していた“火”に審問官ヘキサグラムは問うたのだ。有能な騎士を集めすぎた結果として、アーカーシャ教団はラムダ=エンシェント達を取り逃がしたと。
「くっ……それは……」
騎士団に有能な騎士を招き入れたのは他ならぬ“火”だ。そして、その行動の結果を審問官ヘキサグラムに指摘された彼女は言葉を詰まらせてしまっていた。
ツヴァイ=エンシェント、ルチア=ヘキサグラム、テレシア=デスサイズの離反、アインス=エンシェントによる捨て身の特攻。これらのせいで女神アーカーシャは本来の目的を達成し損ねた。
「お、お母様、申し訳ございません……! 私が選出した騎士のせいで……」
「少し火遊びが過ぎたようですね、“火”? リヒター=ヘキサグラムの言う通りです」
「うっ……申し訳……ありません……」
その事を女神アーカーシャからも追求された“火”は申し訳なさそうな表情で俯いてしまった。彼女は想定していなかったのだ、ダモクレス騎士団の騎士たちが女神アーカーシャに楯突くことを。
「まぁ、過ぎた事を議論しても仕方がありません、それに、オリビア=パルフェグラッセの“眼”を通じれば追跡など容易。すぐに追撃を開始します……!」
「承知致しました、女神アーカーシャ様……」
「追跡はミカエルたち【大天使】に! 機械天使たちの指揮は彼女に頼みましょうか……ヴェーダ=シャーンティの“器”も休ませる必要があります……」
しかし、女神アーカーシャが“火”をこれ以上、追求することは無かった。すでに彼女の関心は逃げたラムダ=エンシェントたちの追跡へと向いている。
「リヒター=ヘキサグラム、大聖堂に連絡を。冷凍睡眠させている『トネリコ=アルカンシェル』を目覚めさせなさい!」
「承知致しました……ではそのように……!」
「貴女はすぐに『四大』を招集しなさい、“火”。今後の対策を立てます……!」
「す、すぐに手配します、お母様!」
「あなた達はミカエルたちの旗下に入ってもらいますよ、レーゼ=サンクチュアリさん、ウィンター=セブンスコードさん、ノナ=メインクーンさん」
「僕たちに身内の恥を雪げと言うのか……!」
「ラムダ=エンシェント、ノア=ラストアークお母様、逃がしはしません……! 必ずや尻尾を掴んでみせましょう……この世界を守護する『機械仕掛けの神』の名に於いて……!!」
目覚めようとしている第三の“人形”、動き出す『四大』、女神アーカーシャの降臨と共に動き出した世界、ラムダ=エンシェント達が臨むは過酷極まるさらなる時代。
旅立ちと躍動を彩った秋は終わりを迎え、やがて世界を巻き込んだ冬が始まろうとしている。少しずつ降り始めた雪を見上げながら、女神アーカーシャは来たるべき新たな戦いに備えはじめるのだった。




