第316話:Last Escape
「急げ、早く教会に駆け込め! 早くしないと教会も“落涙”に飲まれるぞ! アインス=エンシェントの犠牲を無駄にするな!!」
「アケディアスさん、ラムダさんは何処に!?」
「奴なら『黙示録の竜』に咥えられて王都から離脱した! あの赫竜と共に追撃を引き受けるつもりだ! 貴様は黙って走れ、ノア=ラストアーク!」
王都に落下した“落涙”はアインス=エンシェントによる捨て身の特攻によって集束させたエネルギーの殆どを上空に放出させられ、本来想定されていた破壊を達成できなくなった。
しかし、出力の大半を失いながらもアインス=エンシェントを巻き込みながら爆発した“落涙”の破壊規模は凄まじく、王都は緩やかに白い光へと飲み込まれつつあった。すでにエトワール城とラムダ邸のあった貴族街は完全に消滅。王城から湖を挟んだ反対側に位置する市街地にも破壊の波が押し寄せていた。
「ルチアさん、『転移陣』の解錠は!?」
「もう済んでる! シャルロット親衛隊と第二師団が連れて来た市民から避難させているわ! オリビア、あんた達は追撃が来ないように見張ってなさい!」
「分かっています! あぁ……アインスさん……わたしたちの為に……ごめんなさい……」
教会内ではルチア=ヘキサグラムによって『転移陣』の解錠が済まされ、避難してきた人々の退避が始まっていた。
審問官ヘキサグラムの仕掛けた封印術はルチアが『転移陣』に魔力を流し込んだ瞬間に解錠され、祭壇前で巨大な魔法陣が白く発光し、機械天使の無差別爆撃から運良く逃れた市民たちの避難は始まっていた。
「ジブリール、“落涙”による破壊に教会が飲まれるまでの時間を算出! 急いで!」
「あと60秒です、ノア様!」
「ルチアさん、シャルロット親衛隊と第二師団が誘導した避難民の残り人数を教えてください!」
「あと120人! ぎゅうぎゅうに押し込んで転移させれば間に合うわ! 転移先での誘導はバハムート卿に任せてる!」
「私たちの避難を考えればギリギリ……! 事態は一刻を争います! 怪我をさせてでも『転移陣』に押し込んでください!!」
教会に設置された『転移陣』での空間転移の発動は至極単純。魔法陣に両足を着けた瞬間から2秒後に対象者の転移が開始される。加えて、魔法陣は10名程が入る広さがある。
シャルロット親衛隊、及び、自主的に親衛隊に協力した第二師団の竜騎士たちの避難誘導によって教会に逃げ込んだ市民の数は300名超。そのうちの半数以上はすでに『転移陣』を通じて遠く安全な場所に避難していた。
残す人数はあと120名、教会の消滅まで残り60秒、『転移陣』の発動条件・転移時間を即座に把握したノアは、避難民と自分たちの退避にはギリギリ間に合うと見積もっていた。
「――――ッ!」
「どうしたの、アケディアス? 教会の扉を閉めて?」
「ルシファー、ルクスリアとツヴァイを連れて先に『転移陣』を潜れ……! レイ=フレイムヘイズが来る……!!」
但し、それはあくまでも『何の障害もなく王都から避難する場合』の話である。
タイムリミットはあと40秒――――避難民に混じって手負いのグラトニスと耗弱状態のツヴァイが転移させられた時、アケディアスや勇者ミリアリアたち戦闘職は固く閉ざされた教会の扉に最大限の警戒を向けていた。
“落涙”の落下の直前にミカエルたち【大天使】は退避して、すでに追撃の手は緩められている。そんな中で、ノアたち反逆者を追う者が一名、教会へと迫りつつあった。
「この私から……“火”から逃れられると思ったのか、鼠どもが……!!」
「レイ=フレイムヘイズ……!」
「貴様だけは逃さん、ノア=ラストアーク! 我ら“四大”の、アーカーシャお母様の創りし『理想郷』を穢す“癌”め!」
「この裏切り者! よくもお父様を殺したわね! あなたは許しませんわ、絶対にッ!!」
そして、灼熱に輝く焔の剣で教会の扉を灼き斬って現れたのは、“火”と呼ばれた騎士だった。
グラトニスとの戦いで右腕を失ったエルフの女騎士は屈辱に燃えながら、『転移陣』の前に佇んで居たノア=ラストアークを睨みつけた。彼女は理解していたのだ、ノアさえ始末すればラムダ=エンシェントは無力化し、反逆者たちの抵抗は終わりを迎えると。
「手負いの者は即座に避難しろ! まだ戦う意志のある者はおれの背後から援護攻撃を行え! この女を絶対に『転移陣』に近付けるな!!」
「雑兵どもが……邪魔をするなァァ!!」
「行け、ノア=ラストアーク! お前こそが“最後の希望”だ! 死んでいった人々の無念を、おれたちを生かして散ったアインス=エンシェントの意志を、お前が未来に運べ!! それがお前の受ける“罰”だ!!」
「アケディアスさん……『転移陣』の向こうで待っています! 待っていますから!」
無論、ノア=ラストアークが最重要な存在であることは【ベルヴェルク】やアケディアスも百も承知している。故に彼等はノアを諭して『転移陣』へと退避させて、迫り来る“火”に向けて最後の抵抗を開始するのだった。
「喰らえ――――“流星爆撃”!!」
「くどい! その程度の爆破で私に届くと思っているのか、小娘がァ!!」
「わ、私の爆撃が掻き消されて……きゃあァ!?」
「撤退してください、アンジュさん! 後は僕たちが!」
アケディアスを筆頭に残った力を振り絞って“火”へと攻撃を加えていく反逆者たち。
しかし、傷を負って尚、あり余る魔力を誇るエルフの女騎士を前に、抵抗を続ける者は一人、また一人と傷を負わされて、『転移陣』への撤退を余儀なくされていく。
右肩に火傷を負ったアンジュ=バーンライトが撤退し、弓を焼かれたエリス=コートネルが撤退し、火炎魔法対決に負けて吹き飛ばされたシエラ=プルガトリウムが撤退し、騎乗槍を溶かされたキャレット=テスラノーツが撤退し、魔力が枯渇したアウラ=アウリオンが撤退して、反逆者たちはその数を着実に減らしていった。
そして、タイムリミットはあと10秒――――白く輝く『転移陣』の目前まで近付いた“火”は、最後の抵抗者であるアケディアス=ルージュを始末しようとしていた。
すでに祭壇奥にあるステンドグラスの上部が“落涙”によって消失しつつある。このままアケディアスと“火”の膠着が長引けば、両者共に光に呑み込まれて命を落とすだろう。
「くっ……もう少しで『転移陣』に手が届くのに……! おのれ……おのれぇ……!!」
「おや……諦めるのか、フレイムヘイズよ? 懸命な判断だ……危ない橋は渡らない性格だな?」
共倒れの危険性を判断して、先に手を引いたのは“火”だった。アケディアスが繰り出した血の剣と斬り結んでいた彼女は迫りくる光に飲まれる前に後方に跳躍して撤退を選択。敵の殲滅では無く、自己の保全を優先したのだった。
「お前の負けだ、レイ=フレイムヘイズ! おれたちを逃した失態、いずれ清算させてやろう! では……またな……」
「アケディアスの反応……消滅。『転移陣』……消失。私の……負けか…………」
そして、“火”が距離を取ったことで自身の勝利を確信したアケディアスは不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりと後退して『転移陣』に両足を着け、苦虫を噛み潰したような表情をする“火”煽りながら、教会から何処かへと転移するのだった。
アケディアスの転移直後、“落涙”の余波に飲まれて『転移陣』は消失。自身の追撃が失敗に終わった事を悟った“火”は悔しそうに負けを認めながら、空間転移でその場から離脱。
ラムダ=エンシェントたちによる『女神アーカーシャ』への反乱は一旦の幕引きとなったのだった。




