第314話:【月の瞳】
「月の……瞳……? 何を言っているんだ、アズラエル!? アレはただの月だろ!? まさか……!」
「ウフフ……元々、この惑星には月は一つしかないわ! それがいつの間にか二つに増えた……後は分かるわよねぇ?」
「月そのものが……アーティファクト……!?」
「その通り! あの朱く輝く月こそノア=ラストアークが造った中でも最も邪悪な兵器! 人類史上、最後の宗教戦争である『神託戦争』を終焉に導いた人間の悪意の具現! 衛星軌道上に浮かぶ破壊兵器――――【月の瞳】よ!!」
アズラエルによって明かされた小さな月の正体。それは想像を絶する兵器の名前だった。
禁忌級遺物【月の瞳】――――衛星軌道上に浮かぶ月を模す、広域を一瞬で破壊する事ができる火力を搭載した兵器。七つある最悪のアーティファクトの一つだ。それを女神アーカーシャは保管していたらしい。
「【月の瞳】に集束された膨大なエネルギーはやがて一滴の雫にまで圧縮されて、そして地上へと降り注ぐ……それが――――」
「落涙……!」
「その通り。もう終わりよ、この国は。【月の瞳】から落ちる涙によって何もかもが消滅して滅びるわ! キャッハハハハ、いい気味ね、亡機を改造して道具のように扱った罰よ!」
アーティファクト【月の瞳】による攻撃、膨大なエネルギーを圧縮して地上へと落として広域を破壊する。まるで瞳から垂れ落ちた涙のように。
その事を聞いて、俺は迷宮都市【エルロル】で感じた違和感に漸く気が付いた。
あの都市は元々あった大孔に先史文明が都市を築いた名残だった。そして、最下層には勇者クラヴィスと“落涙”に敗北した“強欲の魔王”アワリティアが封印されていた。あの魔王が言っていた“落涙”とは【月の瞳】から放たれた攻撃で間違い無い。
だとしたら、あの都市に空いていた孔は【月の瞳】からの攻撃で空けられたものになる。なら、王都も迷宮都市に空いた孔と同じ末路を辿る事になる事になる。
「もうすぐ【月の瞳】のエネルギー集束が臨界を迎えるわ。機械天使の役割は“落涙”までにできる限り抵抗の芽を摘むこと。けど、そろそろ撤退の頃合いね……」
「逃げる気か、アズラエル!」
「貴方こそ逃げなくていいの、ラムダ=エンシェント? 早く王都から撤退しないと“落涙”に巻き込まれて死ぬわよ、キャッハハハハ! その【ルミナス・ウィング】の機動力ならギリギリ、逃げ切れるかもねぇ?」
朱く輝く【月の瞳】は遠く離れた地上からでも目視できるぐらいに、膨大なエネルギーを集束し始めている。もし、そこまで圧縮されたエネルギーが落とされたなら、消え去るのは王都だけでは無いだろう。周辺一帯も纏めて消え去ってしまう筈だ。
その破壊規模を悟っているのか、アズラエルは俺との戦闘を切り上げようとしていた。元々、アズラエルたち機械天使の役割は【月の瞳】による“落涙”発射までの時間稼ぎだったようだ。
王都消滅まで居残れば機械天使も消滅は免れない、故に撤退するのだろう。
「これでさよならね、ラムダ=エンシェント。それとも……亡機と死ぬまで踊ってみる?」
「俺の役割はお前を倒すことじゃ無い、ノアたちと生き延びることだ! 手前の命が惜しいならさっさと消えろ、アズラエル! また胸に短剣でも刺してやろうか?」
「ウッフフフ……威勢だけは一人前ね♡ それでこそ、殺しがいがあるわ♡ それじゃあ、生きていたらまた逢いましょう。今度は……身も心もぐっちゃぐちゃにすり潰して、自分から『殺してください』って懇願したくなるようにしてあげるわ! キャッハハハハ!!」
アズラエルはあれほど熱狂していた俺との戦闘をあっさり打ち止めて、そのまま上空に飛翔して撤退していった。ギリギリまで俺としのぎを削る気は初めから無かったらしい。
だけど、脅威が去った訳では無い。寧ろ、ここからが正念場だ。
上空に居る機械天使たちの攻撃は未だに続いており、多くの人命が奪われている。それに加えて“落涙”まで落とされれば、もう誰も助からない。教会の『転移陣』だけでは全員の命を救うことはできない。完全に俺の負けだ。
「くそ……ッ、何だこの様は! 兄さんも父さんも手に掛けて、結局こんな結末なのか!? 俺は……なんのために……クソっ、クソっ、クッソォーーーーッッ!!」
死を運ぶ天使が去って一人残された俺はフラフラと地面に降り立って、悔しさのあまり地面に拳をぶつけながら込み上げた悔しさを吐露してしまった。
完全に『負け犬の遠吠え』だ。
こんな事をしている暇があるのなら一人でも多く、教会に避難させなければならない。けれど、悔しくて、どうにもできない自分がもどかしくて、張り裂けそうな胸の苦しみを吐き出さないともうどうにも出来なかった。
「何をしている、ラムダ=エンシェント! まだ諦めるには早いぞ、さっさと立て!」
「アケディアス……」
「おれもジブリールも“憤怒”も機械天使の相手で忙しいんだ!」
そんな折に、市街地の景観を破壊しながら現れたのはアケディアスたち、三天使と戦いになった三人だった。
俺と同じように王城前から戦闘を繰り返し、市街地まで押し込まれてきたのだろう。アケディアスもコレットもジブリールも、全身ボロボロになりながらも必死に抵抗を続けていた。
「ラファエル、ウリエル、そろそろ撤退の時間よ! もうこの雑魚どもには女神アーカーシャを邪魔する事なんて出来ないわ、自機たちの勝ちよ! 言っておくけど、自機、こんな連中と心中する気なんて無いから!」
「クハハ……そう言うな、機械天使よ。せっかく吸血鬼の王であるおれと踊れているんだぞ? もっと光栄に咽びながら喜ぶがいい!」
「うっさいわねぇ、あんたはさっさと堕ちていなさい、このザ〜コ♪ 次元連結――――“断罪執行”!!」
「くっ……!? これ以上は時間稼ぎも難しいか……」
三天使も撤退に向けて動き出していた。ミカエルは周囲に展開していた光輪から光を照射してアケディアスを攻撃。吸血鬼の王はミカエルの攻撃を両手を盾にして防いだものの、流石に体力を摩耗しすぎたのか地面に膝をついた。
そして、コレットはウリエルの乱暴な剣捌きに吹き飛ばされて地面に叩き付けられ、ジブリールはラファエルの不可視の斬撃に翼を切断されて地面へと落下してしまった。
「自機らは女神アーカーシャの手で何重にも改良を加えられているの! まさか、地上で“強者”を名乗れたら自機たちに対抗できるとか思ってたわけ? 本気で受ける〜♪」
「くっ……弊機とは比べ物にならない……! これが同じ【大天使】の性能差なの……!?」
「うふふ……随分と無様ねぇ、ガブリエルちゃん? それが貴女の性能限界よ、理解できたかしら? どう、本機たちの所に戻る気にはなったかしら?」
「勧誘への回答――――否定。弊機の使命はノア=ラストアークの護衛、それがマスターとの契約です。それを覆すことなどありえません……!」
「あっそう、ならとっとと死ね! せっかく主機らが機会を与えてやったってのに……つくづく残念な奴だな、ガブリエル……!」
三天使たちは女神アーカーシャに幾度となく改良を施され、元々同性能だったジブリールを大きく凌駕する性能を手に入れていたらしい。故に、“怠惰の魔王”と呼ばれたアケディアスも、“憤怒の魔王”と呼ばれたコレットも屈してしまった。
俺がアズラエル相手に追い詰められたのもそれが原因だ。彼女も女神アーカーシャによって改良が施されたのだろう。
「じゃあね、ザコども♡ あなた達の反逆はこれでおしまい♡ 素敵な『夢』は観れたでしょ? 後は無慈悲な“落涙”と共に永遠の眠りに落ちなさい……」
既に俺たちに抵抗の余力は残っていない。それを三天使たちは確認すると、アズラエルに続くように上空へと撤退していくのだった。




