第312話:死を運ぶ天使、再臨
「くぅぅ……視覚が戻らない……! なんて脆弱なの、人間の“器”は……!!」
「女神アーカーシャ、覚悟しろ!」
「この声……ラムダさんですか……! まったく……せっかく貴方たちを先に粛清して、グランティアーゼ王国の解体の負い目を背負わせないように配慮したと言うのに……」
閃光弾の影響で女神アーカーシャはまだ視力が回復していない。倒すには今が絶好の機会だ。
ルシファーから借り受けた翼で湖の上に向けて俺は飛翔していく。右手には“神殺しの魔剣”【ラグナロク】、この剣ならきっと女神アーカーシャにも届くはずだ。
距離は遠くない、あと数秒もすれば切っ先が届く。俺は魔剣を握る手を真っ直ぐに伸ばして、魔剣を女神アーカーシャの胸元に向けて突撃していった。
だが――――
「みぃつけぇた……ラムダ=エンシェントォォ……!!」
「――――ッ、誰だッ!?」
――――魔剣が女神アーカーシャを貫こうとした刹那、何者かが俺と女神アーカーシャの間に割り込んで来るのだった。
割り込んだ謎の人物は手にした翡翠に輝く大剣で俺の魔剣を受け止めて攻撃を防いだ。魔剣と翡翠の剣がぶつかり合って、バチバチと音と火花を散らしていく。
「なっ……お前……アズラエル……!?」
「ウフフ……アハハ……キャッハハハハ! 久し振りぃ、ラムダ=エンシェントォ♡ 亡機の事を覚えてるかしら?」
そして、俺の目の前に立ちはだかったのは、朱い“一つ目”が禍々しく輝くバイザーを装着した、四枚の黒い翼が印象的な黒髪の機械天使。忘れもしない、俺と母さんの因縁に関わった強敵。
タイプ“θ”アズラエル――――“享楽の都”【アモーレム】で【死の商人】がけしかけて来た機械天使の一機。俺の母親である『シータ=カミング』の“魂”を閉じ込めた宝玉を動力にする“死を運ぶ天使”と呼ばれた機体だ。
「そんな馬鹿な……お前は胸の動力を砕かれて自爆した筈だ! なぜ生きている!?」
アズラエルは以前の戦いで自爆している。なのに、黒い髪の天使は狂気的な笑みを浮かべながら再び俺の前に姿を現していた。
「確かに……亡機は以前、あなたに動力炉を壊され、シータ=カミングとか言う女の人格に操られて自爆、完膚なきまでの敗北を喫したわ……! けど、人格や記憶を記憶した“核”が辛うじて残ったお陰でこうして生まれ変わる事が出来たわぁ♡」
曰く、アズラエルはやはり一度、自爆によって大破していた。だが、運良く『アズラエル』の基礎情報を収めていた記憶媒体は損傷を免れていたらしい。そして、その記憶媒体を新しい駆体に移した事でアズラエルは復活を遂げたようだった。
胸元から動力炉は消え去り、装備品や武装も以前であった時から大きく改良が施されている。
脚部には推進力を格段に向上させる推進器付きの装甲が、腕にも光を反射する黒い籠手が追加されている。アズラエルが女神アーカーシャの指揮の元に改造されたのは火を見るより明らかだ。
「今に亡機は【アズラエル弐式】――――さぁ、あなたを護る素敵な騎士様はもう居ない! 今度こそ、亡機があなたを殺すわ! キャッハハハハ!!」
「貴女を修復して正解でしたね、アズラエル。ラムダ=エンシェントを始末しなさい。私は……これより最終兵器の起動シーケンスへと入ります……!」
「ふざけやがって……! 今度こそ完膚なきまでに破壊してやる、アズラエル!!」
一度【死の商人】によって改造されアズラエルは、女神アーカーシャによる調整を受けて復活し、再び俺に殺意を向けていた。
それ程までに自身の無敗神話を打ち砕いた俺が気に食わないのだろう。
女神アーカーシャから俺を始末する許可を得たアズラエルは狂気的な笑いを上げながら手にした剣を振り上げて、俺はそんな死を運ぶ天使を退けて女神を倒すために激突する。
再度激突する刃と刃、湖の水面を大きく波打たせるように発生する衝撃波、女性の悲鳴のような不協和音、それらが重なり合って俺とアズラエルの戦いを彩っていく。
「もうじき天より“落涙”が落ちてくる……! それまでお行儀よく待っていなさい、ラムダ=エンシェント! 集束連射砲【ブラック・ルミナスキャノン】――――発射ァァ!!」
最初に仕掛けてきたのはアズラエル。背部から生えた特徴的な四枚の黒い翼に光を集束させた彼女は間髪入れずに攻撃を発射、俺は至近距離で黒い光に曝された。
「――――ッ、喰い斬れ、“神殺しの魔剣”!! “暴食魔帝”!!」
「なっ……反応が速い!? 亡機の攻撃を予測していたの!?」
「生憎と……お前とは一度、戦っている! やってきそうな攻撃は全部、頭に叩き込んでいるさ!!」
しかし、一度アズラエルと戦ってある程度のスペックを把握していたのが役に立った。
アズラエルの攻撃の瞬間、咄嗟に後方へと飛び退いて魔剣を黒い光に翳して吸収を行うことで、俺は攻撃を防ぐことに成功していた。
「くそ……防ぎきれない……!?」
「フフッ……アハハ、キャッハハハハ!! どうしたの? 亡機の事を理解しているんじゃ無かったの? 格好つけて虚勢を張ったの? 可愛いね♡ さっさと死になさい!!」
「くっ―――うわぁぁああああ!?」
だが、アズラエルの攻撃の出力は想定以上に高く、魔剣による“魔力喰い”では完全には無力化出来なかった。
前回の駆体から新しい駆体に換装した際に、『シータ=カミング』の魂よりも出力の出せる動力炉を積んだのだろう。それを想定していなかった俺の落ち度だ。
攻撃を防ぎ切れずに俺は押し出されるように湖を突っ切って、あっという間に王都の市街地まで俺は吹き飛ばされてしまっていた。そして、そのまま大きな建物も壁面に衝突して、俺は転げ落ちるように地面に落下してしまった。
「がっ……くそ……ッ! もう少しで女神アーカーシャに届く所だったのに……!!」
周囲には降り注ぐ光から逃げ惑う人々が見える。すぐにでも助けたいが、アズラエルは俺を追ってやって来るだろう。
あの機械天使は俺への執着で動いている。放置して女神アーカーシャを討つことも、ノアたちを王都から安全に逃がすことも難しいだろう。そして、他の三天使と交戦しているアケディアスたちの加勢も望み薄だ。
上空から無慈悲な天使の裁きが光の雨となって降り注ぎ続けている。その粛清を実行している機械天使の軍勢は一万を超える。仮に、城壁を越えて王都から脱出したとしても、【大天使】率いる機械天使の軍勢の追撃を振り切って逃げないといけない。
無理だ、できっこない。
すぐに捕まって“細切れ”にされるだけだ。この状況をひっくり返すには、あまりにも俺たちに用意された“手札”が少なすぎる。
「どうすれば……盤面が絶望的すぎる……!」
『――――えるかい? 聴こえるかい、ラムダ=エンシェント君? おじさんの声が聴こえるかい?』
「――――ッ! 通信……誰だ!?」
そんな折に耳に聴こえてきたのは何処からともなく響いた男性の声だった。少し気の抜けた低めの声色、声の主は自身の事を『おじさん』と称している。ある程度、年季を喰った老成した人物だろう。
その声の主がどうやって俺に声を届けているかは分からない。だが、身を案じるように語りかける謎の人物に他意は感じられない。
『おじさんはさっき教皇ヴェーダを狙撃した者だ。訳あって名前は明かせない。だけど君たちの味方だ、信じて話を聴いてくれないか?』
「さっきの閃光弾を……!」
声の主は女神アーカーシャに狙撃を行い、閃光弾で彼女や三天使たちの視界を封じて脱出の隙を生み出した人物だった。
その人物は俺たちの『味方』だと宣言した。なら、疑う余地は無い、この声の主は味方だ。
そして、その声の主が俺に話を従っている以上、それはこの盤面を打破するものだ。今はそれに縋るしかない。そうしないと、俺たちはきっと王都から逃れる事ができないし、俺はきっと何も護れないだろう。
『よく聴くんだ、このまま正門を抜けて脱出しても上空に待機している機械天使に追撃されるだけだ! それは理解できるね?』
「分かっています! ですが……俺には他に方法が浮かばない……どうすればいいですか?」
『王都から遥か遠くに離れた地に繋がっている【転移陣】が教会に設置してある。それを使うんだ、ラムダ君!』
「転移陣……! 確か……ベルゼビュート姉妹と“狼王”が使っていたって言う……!?」
『そう、それだ! その転移陣を使うんだ! それは君たちの王都脱出に役立てる為にエンゲージが用意した最終手段なんだ!』
声の主が示した脱出の手段、それは教会に設置されたと言う『転移陣』だった。
エトセトラ卿の工房を襲撃したベルゼビュート姉妹や“狼王”が王都への侵入と脱出に用いたと思われる秘密の抜け道。声の主はその『転移陣』を知っていて、そしてベルゼビュート姉妹達に協力していた『エンゲージ』の名前を口にした。
つまり、この人物も『エンゲージ』なる人物に関与している事になる。それは、一つの懸念材料にはなる。だが今の俺には四の五の言ってる暇はない。今は彼の話を信じるしか無かった。
「だけど……教会の『転移陣』はアーカーシャ教団の審問官に封印されています! その封印を解く時間は……」
だがしかし、教会を『転移陣』を使うには問題が一つある。
審問官ヘキサグラムによる封印だ。彼の術式によって『転移陣』は封じられ、使用は不可能になっている。さらに、封印を解除するのは審問官ヘキサグラムにしかできない。
彼が俺たちと敵対したアーカーシャ教団の刺客である以上、協力は望めないだろう。
『把握しているさ。大丈夫、その封印を解くには“鍵”さえ有れば良い。そして……その“鍵”を君は既に掴んでいる……』
「鍵を……持っている……?」
『そう、リヒター=ヘキサグラムさんの封印には一つ、大きな欠点がある。そこを突くんだ、ラムダ君!』
だが、声の主は『転移陣』の封印には欠点があり、その封印を解除する“鍵”を俺が持っていると言ってきたのだった。
大きな欠点、既に手元にある“鍵”――――その存在を知れば、俺たちはきっと脱出できる。声の主が落とした僅かな“希望”の糸を手繰り寄せるように、俺は審問官ヘキサグラムの会話を思い返していった。
『まぁまぁ、落ち着いて、リラックスして、リラ~ックス! 教会の転移陣は私が封印していますし、解除も私の遺伝子情報が無ければ不可能! まぁ、誰にも悪用はできないでしょう!』
審問官ヘキサグラムは教会の転移陣の封印を解除するには『リヒター=ヘキサグラムの遺伝子情報』が必要と言った。
それを踏まえた上で思い返すのは、審問官ヘキサグラムと対峙した際に“彼女”が発した言葉。
『てっめぇ……!! 今すぐにぶっ殺してしてやるッ!! このあたしがてめぇみたいなクソ野郎の遺伝子からできたなんて屈辱だわ!!』
審問官ヘキサグラムの娘であるルチア=ヘキサグラムが発した暴力的な発言。その中でルチアは、自分が『リヒター=ヘキサグラムの遺伝子情報』から創られた事を屈辱的に感じている事を匂わせるような発言をしていた。
「ルチアなら……教会の『転移陣』の封印を開ける……? リヒター=ヘキサグラムの遺伝子を持っているから……!!」
『ご明察、それが君に残された“希望”だ』
「――――ッ!!」
そう、審問官ヘキサグラムが侵した過ち、自分自身の遺伝子情報を持った血族が存在したこと、ルチア=ヘキサグラムの存在。
それこそが、俺たちに残された脱出の希望だった。




