第311話:罪と罰 〜Scelus et Poena〜
「ぐぅぅ……あぁぁ……!? 眼が……眼がァァ……!?」
「クソっ……自機の感知器には何の反応も無かった……! 狙撃手は感知範囲外……王都の遥か遠方から狙撃している……!!」
「ご無事ですか、アーカーシャお母様!? うっ……なんだこの閃光弾は……強力すぎる……!?」
――――音もなく女神アーカーシャの背後を取り、障壁に絡め取られた瞬間に強烈な閃光を炸裂させた狙撃手の一撃。その銃弾からの光は三天使やフレイムヘイズ卿の視界を一瞬で塗り潰していた。
特に至近距離で閃光を浴びた女神アーカーシャの受けた負債は甚大、至高の女神を自負していた彼女は突然の発光に両眼を手で覆って悶え苦しみながら空中でのたうち回っていた。
「ザ、量産型、女神アーカーシャを襲撃した狙撃手の潜伏位置を今すぐに割り出しなさい! 特定次第、百機で向かって賊を叩き潰せッ! ラファエル、ウリエル、戦闘準備! 視界は直に治るわ……反逆者たちを嬲り殺しにするわよ!!」
「くっ……本機とした事が不覚を取りましたわ……! この借りは必ずやお返し致します……!!」
「小賢しい真似しやがって、鼠どもがァ! 主機は“魔王”どもをぶっ潰す! 雑魚専のミカエルとラファエルはノアお母様でも殺っときな!」
「ふざけんな、このチンピラ天使! 魔王を痛めつけるのは自機の役目よ! ブッサイクな大型兵器を振り回すだけの脳筋は下品な大声だしながら雑魚を狩ってれば良いのよ!!」
三天使たちも視界は奪われているようだが、全員が即座に戦闘態勢に入っていた。
部隊を統率していると思しきミカエルは上空に待機している量産型に狙撃手の位置特定を指示、ラファエルとウリエルは共に此方へと向かって来ようとしていた。
「そう事を急ぐな、機械天使どもよ? おれを差し置いての宴は御法度だぞ?」
「なっ――――光量子障壁展開ッ! その魔力反応……“怠惰の魔王”アケディアス=ルージュか……!!」
「如何にも、貴様が【大天使】の指揮官、ミカエルだな? ルシファーから噂は聞いているぞ……【黙示録の天使】の完全下位互換だとなぁ?」
「ねぇ……クソ雑魚吸血鬼。今からその心臓に杭を撃ち込むわ! 二度と自機に舐めた口を利けなくしてあげるわ!!」
そんな三天使に割って現れたのはアケディアス=ルージュ。右脇に手負いのグラトニスを抱えたまま三天使の進撃を鮮血の天幕で遮って、彼は混迷を極める戦場へと推参したのだった。
「ルシファー、この子供のお守りを頼む! おれは今から天使たちと優雅な舞踏会と洒落込むからな!」
「――――っと、大丈夫、ルクスリア!? 酷い怪我……」
「す……すまんなぁ……ルシファー……アケディアス……儂が不甲斐ないばかりに……」
「フハハハ! いつになくしおらしいな、ルクスリア? 今さら点数稼ぎか? だが残念、おれに童女趣味は無いんだ!」
抱えていたグラトニスを俺の側にいたルシファーにやや乱暴気味に放り投げるアケディアス。どうやら彼は三天使たちを食い止める気でいるらしい。
相手は恐らくはジブリール、ルシファーと同性能。“怠惰の魔王”であるアケディアスなら一機相手なら引けは取らない筈だ。
「ジブリール、“憤怒”、お前たちも手伝え! ご自慢の主が侮辱されて怒り心頭だろ? このおれと肩を並べる栄誉を赦してやろう!」
「アケディアス……! その提案、乗ったです! ラムダ様の尊厳を踏み躙った連中を私は絶対に許しません! 此処で灰にして焼き払ってやる……グルルルル……!!」
「ルシファー、ノア様をよろしくお願いします! 弊機は……かつての四大天使の一角として、ノア様に仇なしたミカエル達に制裁を下します!」
「ジブリール……分かった、任されます。但し、当機の主はあくまでもルクスリアよ! ノア=ラストアークはお前の管理だ、絶対に戻って来なさい!」
そして、アケディアスの天使達との舞踏会に誘われて参戦する者が二名、コレットとジブリールだ。
片や三天使とチームを組んでいた【大天使】の一機、片やアケディアスと同等の権能を有する“憤怒の魔王”、吸血鬼と肩を並べるには十分な逸材だろう。
そして、俺とノアを侮辱された事で二人とも怒りに火が点いているらしい。コレットの“角”と尻尾は煌々と金色に燃えさかり、ジブリールも翼から大量の光量子を撒き散らし、二人はアケディアスの両隣へと舞い上がっていくのだった。
「あらあら……ガブリエルちゃん、まさか本機と一戦交える気なの? うふふ……愉しみ♡」
「換装――――“受胎告知”! ノア様の崇高な意志を踏み躙り、女神アーカーシャに組みした裏切り者! この弊機が相応しい罰を与えてやるわ!」
「あぁん、主機の相手はテメェか、“憤怒”? ハッ、良いぜぇ、狐の丸焼きにしてやんよォ!! アッハハハハハ!!」
「ラムダ様はたとえ騎士の職業で非ずとも、騎士としての志を以って戦い抜いたお方! それを侮辱した罪、我が憤怒の焔で灼かれながら悔いるが良い!!」
「クソ雑魚吸血鬼、ラムダ=エンシェントに負けた分際で自機に敵うとか思ってんの、本気で不遜♡ 二度とお天道様、拝めないようにしてあげる♡」
「それはおれの台詞だ、下位互換。この吸血鬼の王が下賤なる貴様に躾をくれてやろう。あぁ、おれの『お天道様』になれると思うなよ? おれの太陽は……ツヴァイと言う名の女だからな……!」
それぞれに相手を罵り合い、激しい魔力とエネルギーを放出しながらぶつかり合うアケディアスたちと三天使たち。彼等は時間を稼ぐつもりなのだろう。その意図を察して【ベルヴェルク】も王都からの撤退に向けて動き始めていた。
閃光弾で怯んだダモクレス騎士団を押し退けてミリアリアやアンジュ達は先行を開始。貴族街に向けて再び歩を進め始めていた。
「くっ、誰ひとり逃さないっての! 量産型、攻撃開始ィ! 王都をむっちゃくちゃにしてあげなさい!!」
「――――ッ、上空に待機中の機械天使から攻撃が発射されましたわ! 私が千里眼で着弾点を観測します、被弾は許しませんわよ!!」
そんな【ベルヴェルク】の進撃を阻むように、ミカエルの号令で放たれ始める機械天使たちの無慈悲な天罰の雨。
背部から生えた翼からは無数の輝く光弾が降り注ぎ、彼女たちが両手に持ったライフルからは朱く輝く弾丸が発射されて降り注いでいく。
「住民たちを一人でも多く救出しなければ……! 親衛隊、弾丸を躱しつつ王都住民に避難誘導を! いいですか、事態は一刻を争います、救える命を最優先に動きなさい! そして、自分たちの命を粗末には扱わないように……行きなさい!!」
「「「承知しました、シャルロットお嬢様!!」」」
「そんな……王都が壊されていく……わたくしの故郷が……大切な人々が……殺されていく……」
「レティシアさん、気を確かに! わたくし達も脱出しますわよ! 此処で貴女が死ねば、それこそグランティアーゼ王国は滅亡します! 生き延びなさい、貴女には王女としての責務があります!!」
降り注ぐ天使たちの裁きによって崩壊していく王都。
建物は一瞬で瓦礫の山に代わり、光に撃ち抜かれた人間はその場で即死して、街中から人々の阿鼻叫喚の悲鳴が響き上がる。
まるでこの世の地獄のような光景だ。
これが“神”のする所業なのか?
あまりの惨たらしさに思わず目を背けてしまった。この惨劇は俺のせいで引き起こされたものだ。その重い十字架がボロボロになった精神をさらに蝕んでくる。
「ラムダ様、一緒に逃げましょう! 早く王都から逃げないと……此処に居たら殺されます!」
そんな立ち止まってしまった俺を急かすようにオリビアが必死の表情で肩を揺さぶっている。彼女も切羽詰まっているのだろう、目の前で広がる惨劇に心を炒めているのだろう。
けど、もう俺の身体は動かなかった。
尊厳も、矜持も、覚悟も、何もかも踏み躙じられて、完全に心を折られてしまって、俺は何もかもが嫌になっていた。いっそ……此処で死ねたらどれだけ楽だろうと思うぐらいには。
そうやって惨劇から、自分の責任から逃げるように俯いてしまっていた。
「ラムダ様、ラムダ様ったら!」
「…………」
「ラムダ様……! いい加減に……しなさいッ!!」
「――――ッ!?」
そんな俯いた俺の左頬に突然、鋭い痛みが走った。
オリビアだ――――彼女は涙を流しながら、怒りに身を任せて俺の頬を思いっ切り引っ叩いていた。出会ってから始めて彼女に叩かれた、今の今まで俺を甘やかすように接してきたオリビアが『いい加減にしなさい』と叱りつけるように叫びながら。
その痛みを自覚した時、俺は自分が如何に腑抜けていたかを思い知った。オリビアの逆鱗に触れる程度には、俺は情け無く見えていたんだろう。
「わたしの好きになった人は、こんな所で何もかも投げ出すような無責任な男ではありません! もし、ここで逃げるのなら、わたしはあなたを軽蔑します! 大っ嫌いなります!!」
「オリビア……」
「まだ諦めないで、まだ生きていて、まだ一緒にいて! この惨劇があなたの罪だと言うのなら、わたしが一緒に罰を受けます! だから……一緒に生き延びましょう……!!」
「……俺は……俺は……ッ!!」
そう言って、オリビアは俺に縋り付くように口付けをしてきた。まだ生きていて欲しいと想いを込めて。そして、オリビアを抱きしめた時、自分の中にある感情が芽生えた。
――――悔しい。
自分の矜持も、歩んできた人生も、母さんとの約束も、エンシェント家としての誇りも、何もかも壊された。それが、堪らなく悔しい。
オリビアを泣かせて、アインス兄さんの騎士生命を終わらせて、父さんを死に追いやって、【ベルヴェルク】のみんなを反逆者にしてしまった。それが、堪らなく悔しい。
悔しい、悔しい、悔しい。
目の前で仲間達が傷付いていくのが、王都が滅ぼされていくのが、ノアが窮地に追い込まれていくのが、女神アーカーシャの思惑通りに事が運んでいくのが、悔しくて許せない。
「ルシファー、背中の【ルミナス・ウィング】を貸して欲しい……頼む!」
「ラムダ様……!」
「ごめん……俺が悪かった! オリビア……もう少しだけ頑張るよ……気を遣わせてごめん……さぁ、ノアと一緒に君も逃げるんだ! 俺の義手……預かっていて……」
「ラムダ様……一緒に生き延びましょう! あなた一人で罪を背負わないで……わたしたち、夫婦でしょ?」
「あぁ、そうだね、ありがとう、俺の罪を背負ってくれて。代わりに、オリビアの罪も俺が背負い切るよ……!」
だから、この悔しさを晴らすためにも俺は諦めきれない。
非戦闘用の駆体のせいで碌に戦えないであろうルシファーから【ルミナス・ウィング】の装置を借りて、斬り落とされた左腕をオリビアに預けて、右手に魔剣を握って、俺はもう一度だけ闘志を心に灯していく。
「ラムダさん……」
「ごめん、ノア……俺は君の騎士にはなれなかった、俺はただの“紛いもの”だ。だけど……約束は最後まで守るよ。俺は……君が好きだから、最後まで護りたいんだ……!!」
「ラムダさん……私のせいで、私の創った女神のせいで……本当にごめんなさい……」
このままやられっぱなしじゃ割に合わない。せめて教皇ヴェーダの“器”を砕いて、女神アーカーシャに一矢報いる。その決意を込めて、ノアとオリビアを見送りながら、俺は女神アーカーシャに向けて飛び立つのだった。




