第310話:折れた心、折れた翼
「さて、愉しいお喋りもおしまいにしましょうか……。守護天使、準備を始めなさい……!」
「――――承知。聴こえてる〜、量産型〜? 全機、一斉攻撃形態に移行。“罪の都”【シェルス・ポエナ】、一切を灰燼に帰すわ!」
「リヒター=ヘキサグラム、審問官と共にレティシア=エトワール=グランティアーゼを粛清しなさい。もはや、滅びゆく王国の氏族に用はありません……」
「御神託、有り難く……! 消息不明の第一王女レイチェル、不毛地帯での調査任務に赴いている第一王子ヴィクター共々、必ずや始末致しましょう……我が女神アーカーシャ様……!」
ノア=ラストアークの正体を暴き、彼女に自身の思惑を伝えて満足したのか、女神アーカーシャは三天使たちと審問官ヘキサグラムに無慈悲な殺戮命令を下した。
三天使は即座に武装を此方へと向けて、上空で待機していた量産型機械天使も翼を大きく広げつつ両手に装備した銃器を王都へと向け始める。そして、審問官ヘキサグラム率いる刺客たちは女神アーカーシャの命令に従い、残された王族であるレティシアを狙って距離を詰め始めていた。
「待ちなさい、アーカーシャ! 王都に住む人間を皆殺しにするつもりなの、お前は!?」
「えぇ、鏖殺します♡ 愚鈍な王族を支持し、戦争に興じた民達も等しく同罪、生かす価値はありません……! そして、今の私には『ノア=ラストアーク』の存在は不要……此処で死になさい、お母様……!」
女神アーカーシャにとってグランティアーゼ王国の人間は罪深き者に映るのだろう。彼女は上空に待機している機械天使たちの一斉攻撃で王都を破壊し、住民たちを皆殺しにする事で“粛清”を成そうとしていた。
大量虐殺を命じた女神の表情に良心の呵責は一切感じられない。ただにこやかに、ただ慈悲深く、裁きの“死”を以って罪を赦さんとする、そんな穏やかな表情で俺たちを見詰めているだけだった。
「最期に言い遺す事は有りますか、ラムダ=エンシェントさん? 忌々しかった【光の化身】を討伐した功績を称えて、貴方が知りたがっていた真実を教えてあげましょう……」
来たる“粛清”の時、女神アーカーシャは俺に語り掛けてきた。その表情はこれから起こる出来事に胸を膨らまして愉悦を感じているような笑みだ。碌なことじゃないのだろう。
だが、彼女は俺に『知りたがっていた真実』を教えると言っている。だとしたら、俺は口を開かなければならない。
俺が知りたい真実はただ一つ――――この悲劇の、この慟哭の、ここまでの軌跡の、ノアとの出逢いの、全ての“引き金”となった『神授の儀』での出来事だ。
「教えろ、アーカーシャ! 何故……俺は【ゴミ漁り】なんだ!?」
それは俺に与えられた理不尽な『運命』について。俺は騎士の名家に生まれて、ずっと騎士になるべく鍛錬を続けてきた。父さんにも、母さんにも、兄姉たちにも、オリビアにも、騎士になると約束を立てていた。
そんな俺が何故【ゴミ漁り】なのかが知りたい。
あの日、目の前で笑う女神アーカーシャのせいで俺の人生は何もかもめちゃくちゃに壊されてしまった。約束された人生の“路”は無惨に砕かれ、両親との絆も断ち切られ、右眼と左腕を失って、俺はノアと言う存在に縋り付かなければ自尊心が保てない程に矜持を傷付けられた。
そこまでの辱めを与えた女神アーカーシャの真意を、俺はどうしても知りたかった。
「俺は代々の騎士の家系に生まれた、騎士になる為の鍛錬もずっと続けて来た! その俺が……どうして……?」
「ふふふっ、簡単な事ですよ? それがラムダ=エンシェントと言う人間の能力が最も活かせる職業だからです」
「そんな……嘘だ……何かの間違いだ! 貴女が……お前が気紛れで俺を辱めただけだろ!! 俺は母さんの墓前に誓ったんだ、オリビアと約束したんだ、立派な騎士になるんだって!! その俺が……どうして【ゴミ漁り】なんだ、おかしいだろ!?」
ずっと、ただの理不尽で、俺に嫌がらせをしたい女神アーカーシャの悪戯だと妄信していた。俺は本当は騎士の“器”なのに、女神の手違いか何かで【ゴミ漁り】にされたんだと思い込んでいた。
そうじゃなきゃ、惨めな自分を支えれなかった。
そうしなきゃ、過去の自分が全て否定されてしまう。
だけど、女神アーカーシャは憐れむような愛想笑いを浮かべながら、それが俺の適性だとハッキリと断言してきたのだった。俺は初めから【騎士】ではなく【ゴミ漁り】だと結論を出したのだ。
「私が設計図を元に考案した『神授の儀』は……十五歳を迎えた者の“精神性”、“能力値”、そして“将来性”を鑑みて、対象に最も相応しい『職業』と『固有スキル』を与えて道を示す儀式です……」
「なら……なおさら……!」
「残念ですが……貴方は騎士の“器”ではありません、ラムダ=エンシェントさん。その事実は、女神アーカーシャの威信にかけて約束しましょう……!」
「そんな……」
「貴方に最も相応しい職業は【ゴミ漁り】で間違い無く、それが私の絶対なる裁定です。もっとも……まさかアーティファクトを取得して、ノア=ラストアークまで目覚めさせるとは想定していませんでしたが……」
ラムダ=エンシェントは【ゴミ漁り】である。女神アーカーシャはこの真実に絶対の自信を示していた。そして、俺に真実を告げる彼女の言葉も表情も、一切の邪念なき“誠実”そのものだった。
その誠実さが、かえって俺を傷付けるとも知らずに。
女神アーカーシャによる残酷な宣告を聞いた瞬間、俺の中で何かが折れたような音がした。ずっと俺は『本当は騎士の筈なんだ』、『これは何かの間違いだ、女神の陰謀だ』と自分に暗示を掛けて生きていた。だから、王立ダモクレス騎士団への入団が決まった時、俺は『自分は間違っていなかった』と感じる事が出来た。
だけど、それは結局、認めたくない事実から目を背けていただけに過ぎなかった。今の惨状を見れば明らかだ。俺が目指したダモクレス騎士団は完全に瓦解、俺は感情を捨てきれずに私欲に走ってグランティアーゼ王国も何もかも台無しにしてしまった。
これでは『騎士』とは到底言えない。
「あぁ……どうか泣かないでください、ラムダさん。貴方の苦しみは私が癒やしてあげましょう……その“死”を以って、俗世の苦しみから解き放たれるのです……」
「俺は……俺は……うぅ……うぅぅ…………」
「ラムダ様……しっかりして、ラムダ様! あなたが諦めてどうするのですか! まだです、まだあなたは生きています! わたしの婚約者が……わたしの夫が……そんなみっともない姿を晒さないで!!」
「オリビア=パルフェグラッセ……もう無駄ですよ、ラムダさんの心は完全に折れています。これ以上、貴女が焚き付けてもラムダさんに『騎士』としての自覚が戻る事はありません……所詮は自分を騎士の“器”だと思い込んでいた少年の観ていた憐れな妄想だったのですから……」
「だ……黙りなさい、女神アーカーシャ!! よくも……よくも……ラムダ様の純情を弄んだな!! 許さない……あなたは絶対に許さない……!!」
「許さないと言うなら、どうぞご自由に。はぁ……私の新しい“器”に相応しい人物だと思っていましたが……少し放任し過ぎましたね……。残念ですが貴女も此処で壊すとしましょうか……!!」
俺を庇おうとオリビアは必死に励ましの言葉を掛けて、今まで信奉してきた女神アーカーシャに鬼のような形相で噛みついているが、もうそんな事も気にならないぐらいに俺は絶望の淵に沈められていた。
自分の人生が、積み重ねた努力は全て否定された。今までの俺は『ノアの騎士』だ『王立騎士』だと自分に都合のよい妄想を観ていただけの存在だった。その事実を指摘され、もう俺は自分が信じれなくなってしまった。
ラムダ=エンシェントに『騎士』としての資格は無い。その女神アーカーシャの無慈悲な宣告を前に、俺は膝をついて崩れて、ただ涙を流すしか無かった
そんな俺を終わらすように女神アーカーシャの持つ杖は光り輝き始め、三天使たちや遥か上空の機械天使たちの翼や銃口が光を集束させ始めていく。
「ラムダ=エンシェントさん……“強欲の魔王”アワリティア、【死の商人】メメント=デスサイズ、【光の化身】アルテマ、“嫉妬の魔王”インヴィディア、“憤怒の魔王”イラ、“暴食の魔王”グラトニス率いる魔王軍の討伐、お見事でした。ですが、もう貴方に用はありません……ノア=ラストアークと言う『遺物』と共に消えなさい……!」
もう俺には出来る事は無い、抵抗する武器も気力も残っていない。残っているのは、愛する人を護りきれなかったと言う後悔と、俺を信じて付いて来てくれたみんなに対する深い謝罪の気持ちだけだった。
「ん〜〜……これは……女神アーカーシャ様、後ろです! 何者かの奇襲が来ますよ〜〜!」
しかし、どうやらまだ俺には諦めて“死”を受け入れる事すら許されないようだ。
何かに気が付いた審問官ヘキサグラムが女神アーカーシャに背後を警戒するように指示。女神がその言葉に従って振り返った瞬間、何処かから飛来した一発の銃弾が彼女の頭部を目掛けて襲い掛かって来ていた。
「背後からの奇襲……あの銃弾ね! 電磁障壁、展開!」
だが、銃弾が女神アーカーシャの頭部を撃ち抜くことは無かった。飛来した銃弾は着弾する直前に女神が展開した電磁障壁に阻まれ静止、電熱で一気に融解しようとしていた。
何者かの奇襲は失敗に終わってしまった。銃弾は完全に勢いを殺されて、あと数秒もすれば電熱に溶かされて消滅する。後は女神アーカーシャの反撃で狙撃手は倒されて終わりだろう。
そう、誰もが思った時だった――――
「何処から狙撃をしたのかは知りませんが、このような子ども騙しで女神である私が――――なっ、キャアアッ!?」
「これは……閃光弾ッ!? しまった、自機たちの眼が……!!」
――――銃弾は激しい閃光を放ちながら炸裂、女神アーカーシャや三天使の視覚を塗り潰してながら、周囲を一気に白い光で染め上げるのだった。




