第309話:女神アーカーシャ
「女神アーカーシャ……! 教皇ヴェーダの意識を乗っ取ったのか?」
「えぇ、その通りですよ、ラムダさん。全ての神官、聖人、聖女は私が意識を地上に顕現させる為の端末。その中でも大聖女である『ヴェーダ=シャーンティ』は特に優秀な“器”……」
教皇ヴェーダの身体に憑依して喋る何者か。以前、逆光時間神殿【ヴェニ・クラス】で感じた雰囲気と酷似している。今の声の主が『女神アーカーシャ』なのは間違い無い。
全ての神官、聖人に意識を降ろして顕現する。かつて聖女であったトトリ=トリニティも幾度となくアーカーシャと交信していたと証言していた以上、女神の言っている事は真実だ。
つまり、俺とノアは図らずも“旅の目的”だった女神アーカーシャと邂逅した事になる。
そして、アーカーシャがノアを『自身の製作者』と認識し、俺が“神殺し”を目論んでいると看破しているのなら、彼女は俺たちをずっと監視していたのだろう。此方には【神官】にして【聖女】の端くれになったオリビアが居る。彼女を触媒にしていたに違いない。
ずっと監視されていた、その上で泳がされていた。その事実を突き付けられて、事実を知って顔を顰めた俺の表情を観て愉快そうに口角を吊り上げた女神アーカーシャの顔を見た瞬間、殺意が湧いた。
だけど、今の俺は満身創痍で左腕も切断されてしまっている。攻撃しようにも何もできない。
女神アーカーシャと対峙している俺たちの背後には、“火”と呼ばれたフレイムヘイズ卿と三天使が控えている。迂闊に攻撃すれば彼女たちが即座に制圧に掛かるだろう。
だから、俺には怒りを込めて拳を振り上げる事が出来なかった。
「死になさい――――アーカーシャ!!」
「――――ッ、ノア!?」
そんな無力な俺の代わりに殺意を発露したのはノアだった。懐に隠していた拳銃を2丁取り出し、空中に浮遊していた女神アーカーシャに向けて即座に発砲した。
「電磁障壁……残念、届きません♡」
だが、ノアの放った銃弾が女神に届く事は無かった。
飛翔した凶弾は女神アーカーシャに直撃する直前に謎の電撃に阻まれて停止。そのまま高電圧に曝されて融けるように消滅してしまった。
「ご無事ですか、お母様!? 申し訳ございません、すぐにノア=ラストアークの首を刎ねます!」
「手出しは無用です、“火”。グラトニスに手傷を負わされた状態でノアお母様を殺そうとしても護衛の反撃でさらに傷を負うだけ……貴女は其処で傷を癒やしながら静観していなさい……!」
「ハッ、承知しました、お母様……!」
「貴女達もまだ待機してなさい、守護天使たち。せっかくの再会……もう少しだけお母様との会話を愉しませてくれるかしら?」
「それが貴女の裁定とあらば喜んで……! 自機たちは貴女の命令を此処で待ちます……」
銃撃に反応したフレイムヘイズ卿や三天使は即座に武装を開始。俺の隣に居るノアに向けて武器を向け始めた。
しかし、女神アーカーシャはノアとの会話を愉しみたいと言って彼女たちを制止した。そして、その言葉に従うようにフレイムヘイズ卿たちは敵意を静かに治め再び傍観に徹して始めるのだった。
「さて……いきなり発砲とは物騒ですね、お母様? せっかく貴女が創った『女神』と再会出来たと言うのに……」
「黙りなさい……黙りなさい!! お前のせいで……お前のせいで……!! 壊す、壊す、壊す、壊す壊す壊す!! お前を解体する為に私はこの時代まで生き延びたんだ!!」
「まぁ怖い……あの日、『イレヴン』に連れられて逃げた時の無様な姿とは大違いですね、お母様? うふふ……」
「ど、どう言う訳なの、ラムダさん!? 教皇ヴェーダがアーカーシャ様になって……そのアーカーシャ様がノアさんをどうして“お母様”だなんて言うのさ!? それに……女神アーカーシャ様を解体するってどう言う意味なの!?」
「アリア……それは……」
緊迫とした空気の流れる女神アーカーシャとノア、その二人の対峙に言いしれぬ不安を抱いて狼狽するミリアリアたち。彼女たちが困惑するのも無理はない、ノアの『目的』に薄々勘付きながら黙っていた俺の責任だ。
女神アーカーシャはノアを『ノア=ラストアーク』だと断言した。俺の予感は当たっていた。ノアこそが古代文明を滅亡に追い込んで、今の世界を支配する女神を生んだ人物だったのだ。
「その通り、勇者ミリアリア=リリーレッド! 彼女こそが『ノア=ラストアーク』――――自機たち【機械天使】を造りだし、虚空情報記憶帯干渉同期機構【アーカーシャ】を創り出した“人形”……古代文明を滅亡させた戦犯よ!!」
「ノアちゃんが……女神アーカーシャの製作者……? どう言うことなの、ラムダ!? あなたは知っていたの!?」
「薄々は……勘付いていた……でも、ノアの正体を告発したら、女神アーカーシャを憎んでいる彼女は世界から『異物』と見なされて排除される……! だから……黙っていました……ごめんなさい……姉さん……」
「いいえ、悪いのは弊機です、ツヴァイさん。ノア様の正体も目的も知った上で、マスターにも秘匿し続けていました。どうか……マスターを責めないで下さい……」
「そんな……ノアお姉ちゃんの目的が『女神アーカーシャの解体』なら、あたし達は最初から“神殺し”の片棒を担がされていたって事なの……!?」
明かされたノアの正体に動揺する【ベルヴェルク】のメンバーたち。ノアの目的が女神アーカーシャの解体である以上、【ベルヴェルク】は最初っから“神殺し”に加担していた事になる。
その事実を知って、殆どのメンバーの士気は下落してしまった。動揺を示していないのは事実を把握していたジブリールとルシファー、そしてオリビアだけだった。
オリビアは事前にノアから懺悔されていたのだろう。彼女は俯きながら、今という来るべき告発の瞬間を申し訳なさそうな表情で迎えていた。
「そもそも……今の私はこの世界の管理者。その私を解体するなんて横暴、この世界に生きる人々にどう示しをつける気なのかしら、お母様?」
「私たちの時代を簡単に滅ぼしたお前に『世界の管理者』を名乗る資格はありません! どうせ、この世界も“条件”を満たしたら滅ぼすつもりなんでしょ!? 私の作った倫理プログラムが完全に狂っている……!!」
「えぇ、たしかに……私はお母様から受けた『人類の恒久的平和の実現』と言う命令を実行する為に、【虚空情報記憶帯】から『人類の恒久的平和』の未来を模索しました……」
「なら、なぜ滅ぼしたの!? 私の設計に狂いは無かった、貴女は神話に登場する“神様”を模した究極の演算装置! なのに……どうして……?」
「簡単ですよ……貴女が目指す『恒久的平和』を実現するのに旧人類は不適格だったから滅ぼしたのです……! そして、より管理しやすい、より効率的に繁栄と衰退を繰り返す今の人類を設計した。全て命令通りですよ、お母様?」
「嘘よ……嘘よ、嘘よ、嘘よ! 私が平和にしたかったのはあの時代の人々なのよ! 違う……こんな筈じゃなかった……私が……全部、間違っていたの……?」
そして、ノアが待ち望み続けていた女神アーカーシャとの邂逅、ずっとききたがっていた『古代文明の滅亡の理由』はあまりにも素っ気ないものだった。
女神アーカーシャはノアから与えられた『人類の恒久的平和の実現』を実行する為に古代文明を滅亡させていた。旧人類が『恒久的平和』を謳歌するには不適格だと烙印を捺して。
代わりに、ノアの目指した理想を実現する為の人類として設計されたのが俺たちなのだろう。
「なら、この有り様は何!? どうして人類は未だに戦争を続けているの!? 万能の願望機であるお前が管理して、この程度なの、アーカーシャ!」
「いつの時代も“不確定因子”は発生するもの……女神に対する強力な反抗因子『魔王』……人間の欲望を掻き立てる禁忌『アーティファクト』……それらを根絶しなければ平和は維持できません……!」
「じゃあ……テトラ=エトセトラやヴィンセント=エトワール=グランティアーゼが殺されたのは……!?」
「私が管理する教団が“禁忌”と定めたアーティファクトを掘り起こし、無益な混乱を招いたからですよ……! 故に……グランティアーゼ王国は今宵を以って解体します……!!」
そんな女神アーカーシャが管理する世界に訪れた動乱『アーティファクト戦争』――――どうやらグランティアーゼ王国はその清算を今からしなければならないらしい。
アーカーシャ教団が禁忌と定めた『アーティファクト』を故意に掘り起こし、解析し、自らの軍事力として保有しようと画策した咎の清算を。
「そして……ノア=ラストアークを目覚めさせ、アーティファクトを用いて私への反逆を企てた“傲慢の魔王”ラムダ=エンシェント……貴方の旅も此処で終わりです……!」
そして、ノアを目覚めさせ、アーティファクトを乱用した、ラムダ=エンシェントにも“粛清”の時が迫りつつあるのだった。




