⑥
何てことだ…。
もう、このひと言に尽きる。
前回の自分の行動も今回も、タネ明かしされてしまうとただ虚しい。AI相手に何をいい気になっていたんだろう…。
黒歴史。まさにその一言だ。
呆けてしまった頭にルイスの声が響く。
「ね、サラサ、もっと違う世界観のゲームに行きたくない?…それよりもこの世界の隅から隅まで見て回る?」
「…楽しそうね。」
サラサは半ば回らない頭でそう答えていた。
「サラサは僕と来てくれたし、これからは恋人って事でいいよね?」
「…へ?」
唐突にルイスの放った言葉にサラサの頭は追い付かずきょとんとした顔をルイスに向けてしまう。
ルイスはそんなサラサを見てとても嬉しそうな顔になる。
「サラサ、可愛い。」
「いや、何、そうじゃなくて、話が飛躍してない?」
「他の人がいるゲームに行くのはサラサが僕を完全に好きになってくれてからの方がいいかな。」
ルイスはサラサの言葉が聞こえているだろうに、全く違う事を口にする。
「ちょ、1人で勝手に話を進めないでよ!」
サラサが抗議の声を上げるとルイスは少し寂しそうな表情でサラサを見る。
「だってこの世界、まぁ、現実でもだけど、人としての感情が豊かにある人と僕、関わった事って本当にないんだよね。」
「…急に重すぎる…。」
ルイスは何でもないようにそう言うけれど、かなりヘビーな事を言われている。
こんな風に言われてしまうとサラサとしても反応に困ってしまうし、強気に出るのも悪い気がしてしまう。
「だから、僕はもうサラサを手放す気なんて少しもないからね?…現実のサラサも僕の隣に配置されてるって言うし、サラサはどのみち僕といる以外の選択肢はないんだけどね。」
サラリと恐ろしい事をルイスが言う。
この台詞、一歩間違えればヤンデレというヤツなのではないだろうか…。
いや、ルイスの生い立ちを考えれば、既に手遅れの可能性も…。
サラサの背を冷たい汗が流れた気がした。
「いや、それちょっと怖いんだけどっ!」
「ふふ、冗談だよ?」
「………」
ルイスはニコニコとしているけれど、少しも冗談に聞こえなかった。
じとりとルイスの顔を見てしまうのは許してほしいと思う。
「本当の事言うと、僕すごく浮かれてるんだ。何を言ってもサラサはちゃんと反応してくれるし、そこにちゃんと人らしさっていう温かいモノがあるんだ。」
ルイスの手が恐れるようにそっとサラサの手に触れる。その顔はさっきまでと違って不安に揺れている。
「…サラサに今すぐ僕を好きになって、って言うのは無理だと思ってるよ。…あまりにも沢山の事を言ったし。まだ混乱してると思うから。…ただ、拒絶は嫌、かな。…少しずつでいいから、僕を見て欲しい。」
ルイスは真剣な目をサラサに向けていた。
「…私はルイスは嫌いじゃないよ。今すぐどうのが考えられないだけで。」
「うん。今はそれで充分だよ。」
ルイスは満足そうに頷き、サラサの手をきゅっと掴む。
そんなルイスに内心はドキリとしながらもサラサは話を変える為に口を開く。
「…ルイスはこれ以上この世界にいるのは嫌なの?」
「サラサに会う前はそうだったけど、サラサが居てくれるなら、新鮮な気持ちでこの世界も見れそうだし、もう少し居てもいいかな。…あ、でもストーリーはおしまいね。あいつらを攻略する気なら強制的に他の世界に連れてくから。」
そう言えばルイスは前回の行動を知っている…。
不機嫌に見えるのはヤキモチをしてくれたと捉えていいのだろうか…?
少しくすぐったい気持ちになる。
「…最近あの人たち能面みたいな顔になるから怖いんだよね。どっちにしても今回は攻略とかストーリーとか考えたくなかったし…。でも、そうなるとこの後ってどうなるの?…それ以前に私が来る前ってヒロインどうしてたの?」
この世界が本当にゲームなのだとしたら、ヒロインのサラサが居なくなった今、ストーリーが成り立たなくなりそうだ。
「ヒロイン不在でもちゃんとストーリーは進むんだよ。エリザベスがヒロイン役になるだけだし。ちなみにエリザベスもいなくなると、迷走するんだろうね、卒業イベントが来る前に、最初に戻るから。あと、サラサの役はAIが勝手に動かしてたよ。それに、攻略対象1人残しておけば、ストーリーに問題は起きないね。全員いなくなればまたスタートに戻るけど。」
まるで見てきたみたいに具体的な答えが帰ってきた。
サラサはその事に気付いて眉間に皺がよってしまう。
「…それって、実体験?」
ルイスが気まずそうに目線を逸らした。
「あ。うん。そうだね。」
「…何したの?」
ついつい口調が厳しくなるのは許してほしい。
「ちょっと魔が差しただけだよ?」
じっーとルイスを見てると観念したのかルイスはため息をついて白状した。
「………閉じ込めてみた…。」
サラサはそれを聞いてため息をついていた。
魔王をやった事があると言っていたくらいなのだから、言わないだけでそれ以上の事もやったんだろうな、と思えてしまった。
でも、サラサだって何度も何度もこの世界を繰り返していたなら、そういう行動に出ていたって不思議じゃないと思えた。
「…そう。…ねぇ、現実の世界も見てみたいんだけど、私は体には戻れるの?」
話題を変える為に疑問をぶつけてみる。正直1000年後の世界とかワクワクしてしまう。
ルイスは今まで以上に困った顔をした。
「あー、…非常に言いにくいんだけど、…サラサは…脳だけしかないんだよ。」
ルイスの言葉に頭が真っ白になった。
「…は?…ノー…のう…、…脳……。」
意味を理解するのを拒みたい。なのにルイスはどんどん続ける。
「だから、実質サラサの現実はこっち、シミュレーションの世界の方だよ。ここから出ちゃうと何も認識できなくなっちゃうから。」
目の前がぐらりと歪んだ気がした。
乙女ゲーム世界って思ったけど、ここは現実だと思おうとしていた。
それなのに、ここは1000年先の未来で、自分はクローンで何故か生前の記憶が復活した稀な例で、ここは真実ゲームの世界。
なのに、自分は脳だけしかないから、ここは現実、だとか理解したくない。
椅子に座ったまま意識を飛ばしかけていたら、ルイスがサラサの背をさすってくれた。
「…ごめん。ちょっと急な情報すぎたね。…ただ、シミュレーションの中だけで生きてる人って今すごくたくさんいるんだ。…それこそ肉体も脳もないのに、データとして存在してる人達だっているし…。…だから、肉体ってそんなに重要視されなくなってきてて…。…最初に言ったと思うけど、僕の両親もそういう状態だったし、僕自身も今は体を機械化することを勧められてる状態で、そんなにショックな事じゃないから。…だから、そこまで動揺しちゃうと思わなくて…。」
サラサはルイスを見上げる。
滑らかに動く動作、温かみ、複雑な表情、とまどい…。それを感じているサラサ自身。
景色や触れた時の質感、紅茶を飲んでほっと一息つけた事…。
それら全てがシミュレーション。作り物。同時にそれが現実。
「…理解するのは時間がかかると思う。」
サラサはそれだけ言ってルイスから目を逸らして周囲を見回す。
この目に写っている全てがデータの塊。
本物にしか思えないのに…。
「…そうだね。…僕はね本物の自然の溢れた世界を知らないんだ。…人の温かさも。…生まれたその時からずっと機械に囲まれてた。…ねぇ、サラサ教えてほしい。ここは本物に見えるの?」
すがるような目を向けてくるルイスを少しかわいいな、と思いながらサラサは口を開く。
「…そうね。ここは本物にしか感じられないものばかり…。」
「なら、サラサ、ここはやっぱり現実なんだ。ここでの関係や記憶だって外に出たからって消えないんだ。…なら、やっぱりそれは本物なんだよ。どうせ、シミュレーションを終わらせたってずっと機械に繋がれて生活しなきゃいけないんだ。それなら、シミュレーション内で生きていた方がずっと自由だよ。このシミュレーション内じゃ無理だけど、多くの人が所属しているシミュレーションだってある。そこは現実よりもちゃんと社会が形成されてるんだから。」
それは事実なのだろう。何の因果でこんな目に合わなければならないんだとも思うけれど。
でも、これが未来の常識なのだと言われてしまえば、サラサはそうなのか、と思ってしまうだけだ。
「…なら、たくさん、今のこと知りたいな。旅とかして、色んな人の話を聞いてみたいかも。…どこかに閉じ込められるのはこりごりだもの。」
前回の事を思い出してサラサは顔をしかめていた。シミュレーションにしては酷い仕打ちを受けたと思う。
「そうだね。サラサとならどこでも楽しそうだ。あ、この世界にする?他に行ってみる?」
乗り気になったサラサにルイスは嬉しそうだ。
「そうねぇ、ここって綺麗な景色とかあるのかしら?」
「あー、あんまりない、かな。…ここ、狭いんだよね。ゲームに必要なとこだけしか力入れなかったみたいで。端に行けば行くほど、時間が止まっちゃってたりするから…。それに、僕にとってもサラサに会えた以外にいい思い出もないし。」
「それなら私もここはもういいかな。他の所に行ってみたい。」
サラサがそう言うと、ルイスが頷く。
「今度はストーリーの無い自由な所がいいよね。サラサは古代風、中世風、近世…あー、と2000年代くらい、現代、宇宙、ファンタジー、スリリングとか何か希望はあったりする?」
なるほど。世界観も選びたい放題みたいだ。
「それなら、折角だしファンタジーがいいかな。あ、魔法ってこのまま使えるの?」
魔法はここでは当たり前のように使っていたし、できることも増えていたから何も使えなくなると不便を感じそうだ。
「勿論。アイテムも持っていけるよ。ただ、そんな設定してる人は沢山いるだろうから、世界一っていうのは難しいと思うけど…。」
「別に目立ちたい訳じゃないから構わないよ。…それで、行けるとしたらいつからになるの?」
「お望みなら今すぐにでも大丈夫だよ。準備は終わってるからね。」
ルイスはニコニコしている。
サラサとしても黒歴史を残してしまったこの世界より他の所での方が心機一転できそうだ。
「ここに未練も無いし、行きましょ。」
「分かった。それじゃ、サラサ手を。」
ルイスはサラサへ手を差し出した。
サラサはその手に自分の手を重ねる。
「これからもよろしくね、ルイス。」
ルイスはきっとずっと一緒にいてくれる。
そう言ってくれたルイスをいつか本当に好きになれるとサラサは確信できた。
「うん。こちらこそ、よろしく。…今から行くところは世界中の4割位の人が所属している『Neverland』だよ。…色んな人がいるけど、サラサ、僕から離れないでね。」
「うん。ルイスから離れないよ。…だからルイスも私を見捨てないでね。」
「もちろん!…それじゃ、行くよ。」
ルイスとサラサの足元に幾何学模様の魔方陣が浮かび上がり、そこから溢れる光の渦に飲み込まれ、そしてこの世界より笑顔で旅立っていった。
…2人が去った世界の時はそのまま巻き戻り、静かに停止したーー
一応本編完結です。
次に蛇足的な話を入れるか迷ってます。




