⑤
転移した先は、魔の森に点在しているどこかのキャンプ地。…多分。
サラサは本拠点になっているキャンプ地以外知らないので、正確に自分がどこに連れてこられてしまったのか分かってはいなかった。
一応本拠点には寄って、そこに置いておいたサラサとルイスの荷物を取ってきてはいるけれど。
「…で、説明してくれる?」
サラサは隣でニコニコしているルイスに問いかける。
「そうだね。…長い話になるから、取りあえずお茶でも飲みながら、ね。」
ルイスはキャンプ地に備えられていたテーブルにサラサを誘導し、どこからか出してきたティーセットで紅茶を淹れる。美味しそうなクッキーまで用意されていた。
サラサも言われるまま椅子に座り、紅茶を一口飲む。
…少し落ち着いてきた。
「…それで、サラサは何から聞きたい?」
静かにルイスが問いかける。
サラサはその目を見て、問いかける。
「…ルイスは、何?」
それさえ知れば、今回が何もかもおかしい事の説明になる気がしていた。
ルイスはため息をついている。
「…それを知るとサラサが耐えられない可能性もあるんだけど…。」
「どうして?」
サラサの当然な疑問に、ルイスは迷うような顔をする。
「…サラサはこの世界に生まれる前の記憶があるよね?」
はっきりとサラサが言った訳でもないのに言い切るルイスにサラサは頷く。
「それでもって、サラサはこの世界は2度目でしょ。その前の世界でのサラサの本名は二更 咲。ゲームとかSNSで使う名前がサラサ。…それで最後の記憶のある頃が、確か西暦2020年代で、年が18だっけ?」
「な、何で、知ってるの…?」
今のサラサですら言われて初めて思い出した事もあるが、ルイスの言ったことは自分の事だ…。
ただ、今のサラサは最初の記憶がかなり掠れてきている。
果たして本当にそうだった?と問われるとおぼろげな事も多く自信が持てそうになくなっている。
「前回も僕はそれなりにサラサに関わってるんだけど。…何なら今の名前も前回サラサが付けてくれた名前から付けてるし。」
「え??」
最初の記憶はおぼろげだか、前回の記憶は結構はっきりしている。
だけど、そこにルイスはいない。
それは何度も疑って一生懸命思い出そうとしたのだから、絶対にいなかった、筈だ。
「ルイ、って聞いてサラサは何か思い出さない?」
それは、前回後宮に入ってから寂しく過ごしていたサラサの元に、唯一度々訪れて来てくれた黒ネコに付けた名前…。
相手がネコだったからサラサは確かに何でも話していた。
最初の記憶の事、もしやり直せるならとか…、他にも、それこそ色々な話を…。
「…ルイ……ネコ……へ?…え?」
サラサは目の前のルイスを凝視しながら、自分がルイと名付けたネコに何を話したのかを少しずつ思い出して顔に熱が集まるのを自覚していく…。
「あわわわわわ…………」
言葉がうまく出なくて、変な音となっていた。
そんなサラサを見てルイスはくすりと笑う。
「前回、サラサに会う時はネコになってたけど、別にネコに姿を変えられるだけで、こっちが本当の姿だよ。あ、獣人はこの世界にはいないから、変身魔法ね。」
「………いや、…もう、えーと、何で??」
何から聞いていいのか分からなくなったサラサにルイスは続ける。
「前回サラサの存在に気付いたのはサラサが後宮に入っちゃってからだったから…。…仕方ないからああいう形でサラサと交流しとこうと思ってさ。どうせ、すぐにやり直すのは分かってたし、サラサの人と成り位は先に知っててもいいかな、ってね。」
「ちょ、ちょっと待って!ルイスは戻るって知ってたの?」
「うん。…この世界は、ずっと繰り返してるからね。」
ルイスは明日の天気の話ぐらいに軽い感じで言うけれど、それはとんでもないことだ。
「は?…ずっとって…」
「もう、数えてないから正確な回数は分からないけど、100は越えちゃったかな…。」
「ひ、ひゃく……」
サラサは気が遠くなり、天を仰いでしまう。
「そう。…僕かなり飽きちゃってて。ありとあらゆる事をやってみたんだよね。ずいぶん前の回になるけど、魔王をやってこの世界を破壊しつくした事もあったんだけど…。一定期間経つとリセットされて、入学式前に戻るんだよ…。最近はどうでもよくなっちゃったし、興味もなくて、ストーリーに関わってなかったんだ。」
「………」
ルイスは何て事ないみたいに言うけれど、それはどんなに孤独だったのだろう。
「だから、ね、前回のサラサが今までと違う事になっているのに驚いて、嬉しくて、何が起きてるのかな、ってサラサに興味を持った。…僕はサラサが今回も記憶を引き継いで始まるんだろうと思ってたし。…それでもあいつらの誰かを攻略する素振りがあったらこんな風に関わろうとは思わなかったけど、入学式前に完全にあいつらを避けたでしょ?なら、思いっきり引っ掻き回そうかな、って思ってた。」
「…ルイスは転生してないんだよね?」
「そうだね。サラサの言う転生はしてない。ただ、これを転生と捉える人達はいると思う。…サラサの場合は本当にレアケースで、僕はサラサみたいに過去の記憶を持ってたっていう話は初めて聞いたけど、記憶を復元しようとする研究はあるって言うし…不可能ではないのかもしれない、とは思ってる。」
「え?」
どういう事だろう。死んで記憶を持ってやり直す事を転生だと思っていたけれど、違うのだろうか…。
しかも、記憶を復元する研究って、一体…。
戸惑うサラサに対してルイスはとても困った顔をしている。
「…酷な事を言うって分かってはいるんだけど…。多分いつかは知ってしまうと思うから…。」
ルイスは真剣な眼差しをサラサに向ける。
「…サラサは、…クローンだよ。…リアルな世界の今の西暦は3018年。サラサの生きた時代より1000年近く経ってる。…ここ、本当にシミュレーションゲームの世界なんだよ。」
サラサはルイスの発した言葉が衝撃過ぎてしばらく口を意味もなくハクハクと動かしてしまう。
「……ごめん、さっぱり意味が分からない…。」
やっとの事でサラサが言葉を絞り出すと、ルイスは大きく一回頷いた。
「まぁ、そうだよね。色んな事一遍に言ってるからね。…それじゃ、少しだけ長い話を…」
ルイスは語り始めた。ここが、何なのかをー。
ー3018年、サラサには予想もできない位の未来は、人は寿命の概念から解き放たれてしまった。
人工知能と人は融合してしまい、人の記憶もネットワーク上に保存できるようになった事で肉体的な死があっても、精神や心は記憶と共に残せるようになって、望めば永遠にそれを引き継いでいけるようになった。
ルイスはそんな世界で生まれた。
両親は保存された遺伝子を提供しただけで、とっくに肉体は捨てて、シミュレーションの中の存在となっていた。
現実の事は全て人工知能に丸投げで。
両親はルイスが生まれるのは望んではいたらしいのだけれど、人工知能達に識別記号でルイスの事を登録しただけで、忘れでもしてしまったのか、シミュレーション内から出ては来なかった。
しかも、ルイスがシミュレーション内に入れるようになった頃には、両親はシミュレーション内で離婚して、他の人と結婚までしていた。
だから、どちらかの子どもとしてシミュレーション内に行けることも無くなってしまう。
ルイスを育てたのは、生活支援ロボやアンドロイド。
外は太陽光が強くて生身だとどこかしらに損傷が出てしまう可能性もあり、あまり外出するような事もなく、教育も必要な物資調達もパソコン1つで終わり、ほとんど生身の人間と接した事がなかった。
そんな状態のルイスが現実よりもシミュレーションの中に行くのを選んだのは、多分必然だった。
過去の人達がどんな娯楽をしていたのか体験する、というのは一種の流行りで、2000年代の復刻したゲームは幅広くある。
ルイスがこの世界を選んだのは、オフラインで慣れるまでは単独の方が気楽だと思ったから、詳しい内容までは確認しなかった。
始めてみて気付いたのが、このゲームが女性向け恋愛シミュレーションだったということ。
どのキャラを選ぶかという所で、ヒロインも攻略対象になるのも嫌だと思ったから適当にモブキャラを選んだそうだ。
最初は戸惑ってもいたけど、単純なストーリーで早々に飽きて、このシミュレーション内から出ようとしたらしい。
しかし、その時は既にこのシミュレーション世界から出ることができなくなっていた。
ゲームの不備なのか、バグなのか、はたまた設備の故障なのか、現実世界の肉体の損壊なのか、当初はさっぱり分からずにいた。
しかし、補助AIと現在は連絡が取れるようになり、ゲームを終了できない理由は教えてもらえた。
どんな運の悪さかは知らないけれど、ルイスの現実世界の体がある場所に巨大嵐が直撃し、度重なる落雷で設備への甚大なダメージ及び損壊によって不備が発生しているとの事で、体に戻れない状態に陥った上に、その肝心の体も一部損壊してしまい、集中的に治療中で機械化を強く薦められる状況なんだとか。
幸い脳へのダメージは無く、このシミュレーション世界にいる限りは、何の問題もないとのこと。
それって痛くは無いのかとサラサが訊ねれば、
現実の感覚を遮断してシミュレーション側を本当の体と認識させてある、らしく特に痛みも無いのだとか…。
そんなこんなでルイスは飽きてしまったこの世界で過ごすことを余儀なくされた。
ゲーム世界の1周は、現実ではおおよそ3日程度。1年近くこのゲームにいることになる。
バグや不備が出ているおかげで、ルイスはこのゲームのプログラムをいじり倒す事が可能になり、今の敵なし状態に設定を変えたりして遊んでいたそうだ。
「…で、サラサなんだけど、僕がプログラムをいじった訳でもないのに、ストーリー通りに前回動かなかったんだ。…普通、クローンだったとしてもオリジナルのストーリーに関わっているならその通りに動くんだよ。外部からの刺激がない限り、だけどね。…それでも必要なイベントは回収しているし、AIが新しい動き方を学習したのかと思ったけど、それにしてはおかしな感じだったから、最後に接触しに行ったんだよ。」
「…そう、なのね。…でも、それがどうして私が…クローンだなんて話になったの…?」
「…僕がもう1人じゃつまらないって補助AIに言ってたから、彼等もそれなら、ってクローンを取り寄せたんだって…。…それでこのゲームに繋げた。…補助AIに確認したらそう報告してきたんだ。だから間違いではないよ。サラサの設定はデフォルトっていうのかな、そのまま主人公の役割を振られたんだよ。」
「取り寄せるって…何、その気軽な感じ…。」
サラサは眉をしかめていた。どういう事情にせよ物のように扱われて嬉しいと思う人はいない。
「…ごめんね。…クローンってひとくくりにしてるけど、多種多様で臓器だけだったり、肉体だけだったり、医療用から相方役まで多岐に渡っていて…。意識が存在していない物は商品としてやり取りが可能なんだよ…。」
「私は、私としての意識も記憶もあるんだけどっ!」
サラサは憤慨する。当然だ。サラサの倫理観ではクローンと言えど生命である以上は商品としてやり取りとか受け付けない。しかも、自分には意識がきちんとあるのだから。
「…今はね。…サラサの場合、最初は意識も何もない状態だった。ゲームに繋いで3周目でサラサに変化が出たのを外のAI達が確認してる。…これはシミュレーションに繋ぐとよく起こる現象として知られているから、ゲーム世界内の相棒役とかを割り振る事はよくあるんだ。AI達より当然人間らしく振る舞えるし、ちゃんと本物の感情もあるから、喜ばれるんだよ。…ただ、オリジナルの記憶があるって主張した例は初めて聞いたんだけどね。」
「ま、待って!私は2周目だと思ってたんだけど…。」
「サラサに意識が芽生えたのを確認してから、今は2周目。つまり、実際は4周目の筈だよ。…僕もクローンを…つまりサラサを、繋いだ報告は受けたらしかったんだけど、その時は丁度他のゲームにこのまま移動できそうな手段を見つけたところで、すっかり忘れて後回しにしちゃって…。会いに行くのが前回の最後の最後になっちゃったんだ。」
「……そんな…やっと、ゲームじゃないって思って皆を人として見ようって決めたところだったのに……。」
ルイスの話をまるごと信じたわけではないけれど、彼等が機械だとは思えなかった。
「…まぁ、そうなんだろうけど。彼等の振る舞いも大分人よりに設定されてるからね。…1つ確認したいんだけど、特定の女の子に複数の男の子が言い寄るのって一般的だったの?」
「お話の中ならまだしも、現実じゃまずないと思う…。」
答えて、ルイスが言おうとしている事が前回の事だと気付いて目をそらす。
「だよね。…ほら、また1つリアルじゃない証拠ができたね。」
「……前回はそりゃ、調子に乗ってたけどさ…。」
それはそれでかなり反省しているので勘弁して欲しい。
「まぁ、サラサの行動で、彼等の設定も書き換えられるんだよ。前回はサラサ全員を攻略しちゃったでしょ?そうすると、彼等は純粋にサラサが好きって訳じゃなくなっちゃうんだよ。」
「…どういうこと?」
「好感度って言葉があるでしょ?それとは別に政略値ってのもあって、全員の好感度を同じくらい上げると、辻褄合わせみたいに政略的にサラサを得ようとするんだ。ほら、サラサの設定だと魔力値高いでしょ?それを自分の国の為に得たい、ってこと。…そうなっちゃうと行き着く先はどのルートでもあんな感じ。エンドの後はどれも幽閉コースだね。あー、エンド後の世界も少しは楽しめるように大体1年から3年でやり直しに入るよ。」
「…そんな設定なかった筈だけど。」
サラサは最初の記憶を思い起こしながらそう反論してみた。
「サラサが昔純粋にプレイした時はそうだったのかもしれないけど、このゲームを復刻した時に加えられたのかもね。…いい思いの裏にはいい事があるわけではないぞって事かな。」
何てことだ…。




