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呪われ侍女と恋する勇魔  作者: 双羽みつ
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【運命の恋人】~溜息~

 別塔の片付けをしながら、ティファニーは、溜息を繰り返していた。

 理由は、今朝から時折感じる視線……。

 背後に感じる強い気配に振り返ると、ライムと言う名の黒騎士がこちらを見つめており、眼と眼が合うと、彼がプイッと顔を逸らす。ーーそして。ティファニーは、堪らず溜息を吐き出す。そんな一連の流れを、この二人きりの別塔で何度も繰り返しているのである。

 

 ーーきっと、どうやって私を人間界へ追い返そうか考えてるのよ……。


 ロージックが床に臥せてから今日で三日目。昨日の朝も今朝も、ライムと言う騎士は、ティファニーに対して嫌がらせを続けていた。

 相変わらず口調や態度も度を越して厳しい上、一日目同様、早朝まだ寝ているティファニー対し、バケツの水を浴びせ掛けるのだ。しかも、水の中に生きた蛇や蛙を混ぜている始末。勿論。起こして欲しいなどと頼んだ覚えも無いし、寝る前に部屋の鍵もしっかり内側から締めているのに、魔術を使って勝手に入って来てしまうのだ。とは言え、彼が他の侍女に同じ様な嫌がらせや態度をとっている気配は微塵も感じられない。寧ろ不気味な外見からは想像も付かないくらい、騎士らしい紳士的な振る舞いをしている。それを踏まえて考えると、彼の人間性はどうであれ、嫌がらせをして、【呪われた侍女】を魔界から追い出そうとしているに違いなかった。

 ーーだが。この程度の嫌がらせは、今迄数え切れない程受けて来たので、ティファニーの方も多少の免疫は付いていた。


 ーー駄目よ、ティファニー。こんな事くらいで、負けたりしちゃ……。

 ーー黙って耐えていれば、その内諦めるわよ。

 ーー我慢よ。我慢。


 自分自身を励ましながら、静かに後ろを振り返るとーー、


「……っ?!」


 またもやライムと眼が合ってしまい、慌てて顔を背ける。


 ーーもう……。何なのよ本当に……。


 ティファニーは、また一つ大きな溜息を吐きながら、つくづく思った。

 どんな嫌がらせよりも、二人きりのこの気まずい時間が、自分にとっては一番過酷だと……。





 ☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡



 

 ーーーー闇が深まった真夜中。

 ずっと寝付けないでいたアリシア ティモールは、眠る事を半分諦め、ベッドの上で静かに起き上がった。

 日中、城の従者であるシギーに言われた言葉が、彼女の胸を突いて離れなかった。


『人類を救える君が光だとしたら、その従者に過ぎない俺は、唯の影だ。光と影は絶対に合い入れない。もしも間違って俺達が混じり合ったら、どちらかが必ず滅びる。分かったら、もう二度と俺に近づかないでくれ』


 ーーこんなにもハッキリ拒絶されると、返って気持ち良い……。


 アリシアは、大きな溜息を溢し、そっと窓の外の景色に目をやった。

 遠方の街並みは、闇夜に呑み込まれ黒海と化しているが、真下に広がる城下町は、ほんのりと月明りに照らされ、所々に灯されている松明の光と相まって、美しい夜景のコントラストを描き出していた。


 ーー私は、この美しい世界とそこに生きる人達を守ってみせる……。


 アリシア ティモールは、自分の夢と野心を、その華奢な胸の奥深くに刻み込んだ。

 彼女が生きる世界。

 そこは、領土を争った人間と魔族の世界戦争が百年以上も続き、無駄な殺戮が繰り返される日々。

 当初は、魔術を司る魔族が圧倒的優勢と思われていた戦であったが、人間社会の卓越した研究心と武装武器の製造技術は、魔族に引けを取る所か、互角の戦いを繰り広げるまでに進歩していた。

 そして。人間界の核となっている巨大国家エルゼアルがアリシアの生まれ故郷であり、母国エルゼアルが誇る精鋭の騎士部隊の副団長こそ、彼女の現在の身分であった。

 通常であれば、若干二十二歳の女性騎士にはあり得ないと言って良い職務だが、アリシア ティモールの天才的な戦闘才覚と、血の滲み出る様な努力の末に身に付けた刀剣技術は、周囲の男性騎士を圧倒するものだった。国内外の民は、突如誕生した、若く美しい副団長に大きな期待を寄せており、彼女こそ、この戦争を終結に導く救世主だと言う者も、けして少なくなかった。

 幼気な少女を、その地位まで伸し上がらせたもの。それはーー兄への嫉妬と父への強い反発心だった。

 騎士団長であるアリシアの父は、アリシアが幼かった頃から彼女には眼もくれず、兄である息子だけに全てを注いだのだ。学業、武術、剣術、躾、愛情に至るまでの全てを……。

 その環境は、幼いアリシアを、自分以外の他者を蹴落としてでも父に認められようとする強い野心家に育て上げた。アリシア自身も、自分が人として大切なものを欠落させてしまった事に薄々気付いてはいたが、今は王族と民の命を守り抜く事が、彼女の大きな夢となり、支えとなっていた。

 ーーしかし。そんな夢と同等に、長年アリシアの心の隙間を満たして止まない人物がいた。

 エルゼアル城の従者の一人であり、最も身分の低い地位に属している馬蹄のシギーだ。

 元騎士団員だった彼は、十数年前、アリシアの父が、戦争で国外に出兵した時に連れて帰って来た、戦争孤児だった。通常、エルゼアル城が戦争孤児を引き取る事など無いが、王族専属の錬金術師が出兵前のアリシアの父に予言を告げていたのだ。出兵先の戦場跡地で、右腕に特徴的な痣を持った金髪の青い瞳の少年に出逢う事をーー。その少年が、将来、世界戦争の終結に一役買うかも知れないであろう事を……。




 アリシアは、城下の夜景に目を奪われながら、シギー ハントに想いを募らせていた。

 初めて出逢った時から今迄、ずっと彼に心を奪われてきた自分が居た。戦場や権力争いの中で生きてきた自分にとっては、彼は心を癒す唯一無二の存在。幾ら身分に差があったとしても、止められない。この気持ちは本物だ。だって、自分には分かる。彼の孤独も。優しさも。痛い程伝わって来るのだ。


 ーー誤って私に怪我を負わせてしまった時、深く傷付いたのは、私じゃ無く、彼の方だった。

 ーー全部私のせいだわ。あの時、私が、彼の攻撃を交わし切れなかったから……。

 ーー……ああ。でも、どうしよう。本当にシギーがもう私の事なんて嫌いだったら……。

 


 自己嫌悪に陥りながら、再び布団の中に身を滑り込ませるが、幾ら瞳を閉じても、シギーの顔が、瞼の裏側に焼き付いてしまっていた。

 彼の全てが愛おしかった。何時も寝ぐせを付けたままの金髪も、独特の太い眉も、従者にしては珍しい端正な顔立ちも、穏やかで闘争心の少ない優しい人柄も……。

 居ても立っても居られず、アリシアは、寝台から降りると、静かに自室を抜け出した。

 腹をくくり、今夜、最後の望みを掛ける事にしたのだ。

 例え想いが通じる事が無かったとしても、やはり伝えずには居られない。貴方はこの自分にとって、特別な存在なんだとーー。

 ーーと言っても、まだ真夜中。足音を消す為に、裸足のまま目的の場所へ向かう。

 季節的に寒くも無いのに、下半身の震えが止まらなかった。


 ーー知らなかった。私がこんなに臆病だったなんて……。


 シギーの住まいは、城外にある裏庭の更にずっと奥にある。

 彼がエルゼアル城にやって来た当初は、城内に質素な作りの小部屋が用意されていたが、何時の頃かシギー本人が寄り付かなくなってしまい、今は、仕事場でもある厩舎が彼の寝床になっていた。

 何とか巡回中の騎士にも見付からず、裏庭に辿り着いたアリシアは、直ぐに山積みにされた藁の上でもたれ掛かっている人影に気付いた。


「これは、これは。誰かと思えば副団長さんじゃありませんか? こんな遅くに、私眼に一体何の御用でしょうか?」

 

 人影は、煙草の煙を吐き出すと、仰々しく口を開いた。

 独特の包み込むような声質で、暗闇でも、彼が誰なのか認識出来た。


「ーー……。貴方に逢いに来たの……。シギー」

 

 唯でさえ緊張と不安に押し潰されそうなアリシアだったが、シギーが煙草を吸っている事を初めて知った為、その緊張は、一層の事強くなってしまった。


「今日言ったばかりじゃなかったっけ? もう二度と近付かないでくれってさ」


 まるで子供の相手をしているかの様に、柔和な口調で問い掛けられる。


「……」


 アリシアが返答し兼ねていると、「実は、俺も……」ーーと、煙草の火を消し、藁山から降りて来た。「ついさっきまで、君の事を考えてた」ーーと、意外な言葉を口にして。

 ーーだが。その直後に彼から浴びせられた一言が、容赦なくアリシアの心を突き刺す。



「ーー大嫌いなんだよ」



「ーーっ?!!!」

 

 

 言葉は、時と場合により、鋭い凶器になる。

 もし、心とゆうものに生身の血が通っていたのなら、アリシアは、この時に死んでいたかも知れない。


「……ねぇ、アリシア」

 

 既に、血で染まり切った彼女の心には、ぼんやりとしか入って来ないが、シギーは、淡々と言葉を続けた。


「どうして俺なの? 君は全てを持っている。地位も名誉も富も権力も……。それなのに、どうして何一つ持っていない俺の事なんか……」


「……」

 

 その時だった。

 アリシアの瞳は、シギーの顔が今にも泣き出しそうに強張ったのを、けして見逃さなかったーー。


「俺は、俺が大嫌いだ。君が持っている物の内の、たった一つすら持っていない自分の事が……。恐れ多くて、目の前に居る好きな人に、指一本も触れられない自分の事が……。そんな自分を、情けないと唯嘆いているだけの自分の事が……。だから、これ以上辛くならない様に、ずっと君を遠ざけていたのに……。どうして……どうしてそんなに可愛い事を言うの? 俺に逢いに来ただなんて、そんな事……」

 

 血まみれで気を失い掛けていたアリシアは、彼の本心を耳にし、少しずつ意識を取り戻す。そしてーーやっと気が付く。本当に血を流していたのは、自分では無く、シギーの方だったと……。彼の心は、ずっと以前から血の雨を降らせていたのに、人として欠陥のある自分は、鈍感過ぎて彼の気持ちに気付く事すら出来なかった。


「……ねぇ、シギー。私は、色んな物を得る代わりに、人として【大切なもの】を無くしてしまったの。でも貴方は、地位や名誉を捨て、どんなに蔑まれても、その【大切なもの】守り抜いてきた。貴方は、誰よりも気高くて、綺麗な心の持ち主だわ」


「良く分からないよ。君には無くて、俺が持っている【大切なもの】って、一体何?」


「上手く言えないけど……。多分【愛】とか……そうゆうもの」


「……」


「私は、貴方の事を愛してる。ずっとずっと前から……」


「……」


「【光と影は合入れない】って言ってたわね? でもね。どちらかが存在しなければ、もう片方も存在する事なんて出来ない。貴方と私。二人でお互いに足りないものを補い合えば、きっと上手くやっていけっ……?!?!」 


 余りに唐突な出来事によって、アリシアは、それ以上言葉を発する事が不可能となった。

 シギーの唇が、彼女の唇を塞いだのだ。

 突然の事に、最初は全身が硬直して動けなくなってしまったが、直に感じる彼の香りと体温が、次第に彼女の肉体を心から解きほぐしていた。


「んん……」


 生まれて初めての口付け。

 相手は、ーーーーずっと想い続けて来た最愛の人。

 甘くて。優しくて。このまま、彼の中に溶けてしまっても構わない……ーーと、そう思った。



 

 数十秒後ーー。


「……??」


 シギーは、アリシアの頬を一筋の涙が伝っている事に気が付いた。


『俺も君を愛している』


 そう伝えようと思ったが、今は止めておく事にした。

 だって、彼女が、もっと泣いてしまいそうだったから……。



 その後。シギーとアリシアは、夜が訪れる度に、人知れず愛を確かめ合った。

 社会的身分の異なる若い二人の夜は、時に激しく、時に優しかった。

 ーーしかし。惜しくもその関係は、長くは続かなかった。

 誰もが【影】だと思い込んできた男は、十数年前のお告げ通り、世界戦争を終結に導く【勇者】だったのだ。

 魔族に勝利する為、人類が英知の全てを集めて完成させた【最終兵器】は、生れ付きとある能力を右腕に宿した【勇者】のみ発動させる事が可能であった。魔族との最終決戦を目前に控え、国内外の人々は、手の平を返した様に彼を崇めたが、当の【勇者】は、それが理由で最愛の恋人を失う事になった。

 何故なら、アリシア ティモールには、人として【大切なもの】が欠落していたのだからーー……。


【光と影は合入れない】


その言葉は、残酷にも現実のものと成ってしまっていた。




大変お待たせ致しました。

ストーリーが中盤に入って来て、書いていても??と、なる時があります。笑

これからも、なるべくごちゃごちゃしない様に心掛けていきますので、よろしくお願いします。

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