【運命の恋人】~決別~
「お断りします。例え標的が魔族であろうとも、尊い命に変わりはありません。それを一瞬にして大勢の命を奪うなんて……この私には到底出来かねます。それよりも、何とか戦争を平和的に終結させる術は無いんでしょうか? そういった作戦であれば、私は、幾らでもこの右腕をお貸しします」
シギー ハントは、一点の曇りの無い眼差しで毅然と答えた。
その相手が騎士団長と副団長、そして数人の国務大臣からの要望だったとは言え、彼の堅い意志が微塵も揺らぐ事は無かった。
魔族との戦乱が長きに亘り続いている中、人間の科学と叡智が造り出した大砲型の【最終兵器】は、【勇者】だけが持つ特殊能力が発砲の原動力として必要不可欠であり、一発でも正確にその兵器を打ち放つ事が出来れば、魔族の陣地はおろか、極小さな星をも破壊する事が可能であった。
その【勇者】がシギー ハントだと確信を得たエルゼアル国の武力部隊は、数年前に突如騎士団から姿を消してしまった彼を、もう一度騎士団に引き入れようと試みていた。
ーーしかし……、
「私は、たった一人の人さえ傷付けるのを恐れ、騎士団から逃げ出した男です。その時に気が付きました。私のこの右腕は、人を傷付ける為に生えているんじゃない。愛する人を抱き締める為に生えているんだと」
「貴様は人類を見捨てるのかっ?! 魔族を殺せないと言う、そんな短絡的な理由でっ!! 焼け落ちた村から貴様を連れ帰り、ここまで育ててやった恩を仇で返すと言うのかっ?!!」
数年ぶりに逢った騎士団長の怒号も、彼の耳……嫌、心を動かす事は出来なかった。
「何とでも言えば良い……」
「……何だと?」
次の瞬間だった。シギーの心の箍が外れたのはーー。
「何の罪も無い命を犠牲にする【勇者】なんて、俺は、糞っくらえですよっ!!!」
机上を一撃すると、シギーは、脚早に団長室から消え去った。
☆彡
「待って!! 待ちなさい、シギー ハントっ!!」
副団長のアリシアは、彼を追い掛け廊下に飛び出す。
こんなにも感情を露わにしたシギーを見たのは、恋人である彼女にとっても初めての事だった。
「……っ」
彼女の必死の静止に、シギーは、ようやく脚を止めた。
「シギー、落ち着いて良く考えて。皆、戦争孤児の貴方の気持ちは充分に分かっているわ。でも……貴方の力が必要なの……。どうか協力して……世界の平和と安定の為に……」
何度も抱かれ、何度も抱き締めた最愛の人の背中に、今思い付く精一杯の言葉を投げ掛けた。
(彼なら分かってくれる)ーーそう、信じていたから。ーーが、しかし……
「……アリシア。燃えるような君の赤髪が、今の俺には、血の色に見えるよ……」
振り返ったシギーの眼差しは、嘗てない程アリシアに対して軽蔑の色を浮かべていた。
「ーーっ……」
「君こそ、俺を理解してくれていると思ってた……」
背を向けたまま、シギーが口を開いた。
「俺が、厳しい修行に耐えた時間と家族同然だった仲間を投げ打ってでも今の道を選んだのには、それ相応の覚悟と決意があったからだ……。もし、ここで『はい』と答えられる俺だったら、今でも君と騎士団に居られたに決まってる」
「……」
「君と身分の差がどんどん開いていく苦しみにも、ずっと耐えて来た。遠くから見ている事しか出来なくて、本当に地獄だった。……でも。それでも、守りたい大切なものが有ったんだ! ーーそう。きっとあの時君が言ってくれた、【大切なもの】だよ!」
「ーー」
首だけこちらを振り返ったシギー ハントは、アリシアの瞳を射抜くように真っ直ぐに見つめた。
「ーーーー譲れない」
「ーー」
「アリシア……。例え君でも……この考えだけは……」
「ーー……」
「それでも引かないって言うんで有れば、どうぞこの腕を切り落として行ってくれっ!!」
「ーーっ??!! ……シギー……」
彼女の胸の奥深くに、亀裂が走って行く。
大国の騎士団を率いている副団長のアリシアであったが、最愛の人の前では、唯の臆病な一人の女だった。
初めて逢った時から彼に感じていた、特別な想い。
シギーもまた同じ……嫌、それ以上の想いを自分に寄せてくれていたと分かってから、人生が180度ひっくり返ったように満たされていた。愛する人の温もりを肌で感じ、女として本当の幸せを知った。
ーーそう。アリシア ティモールにとっても、シギーは、【運命の恋人】だったのだ。
なのに今は、自分たちの【愛】とは関係の無い事で、お互いを傷付け合っている。
ーーどうしよう。これ以上、何て言えば良いのか、今の私には分からない……。
ーー相手は、お互いの全てを知り尽くしているシギーの筈なのに……。いえ、シギーだからだわ。
ーー彼を失うのが、余りに怖過ぎて……。
ーーどうしたら……良いの……?
☆彡
ーー数日後。
城内で職務中だったアリシアは、あの一件以来初めてシギーと顔を合わせた。
彼も仕事の用で城内を往還していた為、偶然の接触であった。
「?!」
「?!」
視線と視線がぶつかり合うーー。
無言で見つめ合うーー。
二人共、駆け引きのつもりでも、悪意があった訳でも無かったーー。
「……」
「……」
恐かった。
ーーーー唯、それだけ。
振り返ることすら躊躇せざるを得ない程ーー……。
この日を境に、シギーとアリシアは、お互い眼を合わせる事さえも無くなった。
決して、どちらか一方が別れを望んでいた訳でも無いのに……。
☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡
夕刻時。別塔で黙々と仕事をしていたライムとティファニーに、突如、意外な来訪者があった。
慌てた様子で飛込んで来た訪問者を気遣い、声を掛けるライム。
「トッピー様?! どうしたんです? 貴方がこんな所に……」
金髪を振り乱したトッピーは、呼吸が整うのも待たないまま話し始める。
「兄さんがっ……。ロージック兄さんが、眼を覚ましたんだよ……っ」
「ーー?!」
「本当ですか?!」
「うん! それで、兄さんがティファニーを呼んでるんだ。何でだか分からないけど、とにかく逢いたいみたいなんだよ」
「……」
ティファニーがこちらを見上げたので、ライムは、(とにかく行こう)ーーと、無言で頷いて合図を送った。
トッピー、ティファニー、ライムの順に、小走りでロージックの部屋へ向かう。
その間。走りながら前掛けや三角巾を外しているティファニーの後ろ姿に、ライムは、無意識に心を奪われていた。
「兄さん!!」
トッピーとティファニーが脚を止めた。
彼等の前方には、ロージックが眼帯と寝着姿で立っていた。
「ロージック様……もう、よろしいんですか……? 私をお呼びだと伺いましたので……急いで参りました……」
ティファニーの姿を見付けたロージックは、まだ覚束ない足取りで歩き出すと、トッピーの横を通り過ぎ、ティファニーの目の前までやって来たのだがーー。
ーーおかしい……距離が近過ぎる。
そう思った時だった。
「?!!!」
ロージックは、ティファニーの身体を両腕で力強く抱き締めた。
家族や友達にするようなハグでは無い。
愛おしい恋人の身も心も奪い去るような抱き締め方だった。
「……」
「……」
ライムもトッピーも、言葉無くその場に立ち尽くす。
その光景は、色々な意味で、二人にとって残酷な見世物と言えた。
「ろ、ロージック様……??」
ティファニーから少し身体を離したロージックは、彼女の瞳を見つめて言った。
「毎晩仕事が終わった後、俺の部屋に来てくれてたの君だろう?」
「……」
「額と頬を撫でる手で分かったんだ。冷たくて、ガサガサに荒れてて……」
ロージックは、ティファニーの手を慈しむように握った。
「でも気持良かった。ーーーー有難う」
次回もお楽しみに♪




