遠い昔の僕と……Ⅱ
シギー ハントは、ごく普通の少年だった。
周りの子供たちと比べて特逸した才能も無ければ、劣っている箇所も無い。性格も、明る過ぎず暗過ぎず、のんびり屋。強いて言えば、人よりも優しい温厚な心と、生まれ付き、右腕に眼を覆いたくなるような特徴的な痣があると言う事くらいだった。
エルゼアル国郊外の片田舎にある小さな村で暮らし、決して裕福とは言えない家庭ではあったが、両親から充分な愛を注がれ幸せな生活を送っていた。
ーーだが。九歳の時、彼の村が魔族に襲撃され、全てが一変する。
シギーは、両親を失い、家を失い、心の拠り所全てを失った。
そしてーー。幼いながらも、数週間もの間、戦場後や焼け落ちた村を歩き回り、飢えを凌ぎながら何とか独りで生き抜いていた。あの日が訪れるまではーーーー。
☆彡
その日も、行く当ても無くひたすらに路頭を彷徨っていたシギーは、突如、目の前に現れた兵士らしい男たちに取り囲まれた。
鋼の甲冑を身に付け、馬に跨った姿から放たれるものは、威圧感でしか無い。
それもその筈。彼等が纏っている外衣にあしらわれた梟の刺繍は、エルゼアル国の象徴であり、外衣の赤色は、彼らが騎士団の精鋭部隊という事を意味していた。
「少年よ。名は何と申す?」
「ーー……。シギー ハント……なっ? 何するんだよ?!」
必死の抵抗も虚しく、馬から降りて来た一人の男に服の袖をたくし上げられてしまう。
「この少年に間違いない。金色の髪。青い瞳。まるで蛇が絡みついたような右腕の痣。王室専属魔術師のお告げ通りだ」
兵士たちは、顔を見合わせ、驚きを隠せない様子だった。
それはシギーも同じ事で、何故、彼らが右腕の痣の事を知っているのかと狼狽えてしまった。生まれてからずっと隠し続けてきた、気味の悪い痣だったからだ。
暫しの沈黙の後、兵士の中で一番階級の高そうな男が口を開いた。
「君は、戦争孤児かな?」
「だったら何なんですか?」
「悪いようにはしないよ。我々と一緒に来て貰いたい。エルゼアル城にーー」
「?!」
「スカウトだ。我々の騎士団に入らないか?」
「……ーー??!!」
それは、突拍子も無さ過ぎる申し出だった。
子供とはいえ、疑念や不可解を通り越し、最早疑心暗鬼を生じていた。
ーーしかし。幾ら自分自身に問い掛けてみても、断る理由は何処にも存在しなかった。
所詮、断った所で強引に連れて行かれる事くらい目に見えていたし、とにかく、当面の間は安定した衣食住と身の安全が保障されるのだ。
それにーー。両親を失った日から根付いた深い孤独。夜が訪れる度に自分を呑み込こもうとする孤独から、逃げられるかも知れないと思った。
ーー良く分からないけど、もしかして、こんなチャンス二度と来ないかも……。
両親を失った悲しみも、やり場のない憎しみも、決して消える事は無い。
でも、僅かな時間忘れたり、和らげたりする事なら出来る。
その方法は色々あるだろうが、これも一つの道かも知れない。
ーー父さん、母さん……。天国から僕を身守ってて……。
何処にも居場所の無かったシギー ハントは、この時、新たな道を切り開くため、二つ返事で入団を承諾したのだった。
エルゼアル城で待っていたのは、安定した生活と厳しい訓練の日々で、それは、深い孤独を掻き消すには、充分な暮らしと言えた。
背丈程もある長剣が与えられ、騎士団員の中に混ざって剣術や武術を仕込まれる日々が数年続いた。辛い訓練を耐え抜き、思春期を迎えていたシギーは、圧倒的な剣術を身に付けており、一度剣を握った彼の右腕は、まるで水を得た魚のように生き生きと躍動した。次第に、向かう所敵なしとなっていた彼の剣技は止まる事を知らず、シギー自身も、時折不安や恐れを感じる程だった。
一度暴走を始めた彼の右腕は、相手を傷付けるまで攻撃を止めなかったのだ。
そしてーー、とうとう事件が起こる。
何時ものように、訓練の一環として行われた団員同士の手合わせ。
シギーの相手は、彼が以前から好意を寄せていた美しい女騎士。
シギーよりほんの少し若い彼女も、周囲より遥かに才能に秀でており、二人は互角の戦いを繰り広げていた。彼の右腕が暴走するまではーーーー。
シギーの剣が、女騎士の胸をつんざいた。
倒れ込み真っ赤に染まっていく愛しい彼女の姿に、なす術無く、呆然と立ち尽くす。
救護のかいあり、幸い大事には至らなかったが、シギーが剣を握る事は、その日から一度も無くなった。
どんなに厳しい訓練に耐えてきた男でも、耐え難いものがあったのだーー。
二度と誰も傷付けたく無いと、彼は、再び進むべき道を変える事にした。
ーーそう、唯傷付けたく無いだけなんだ……。
ーーだって……俺の腕は、人を殺める為に生えてるんじゃない。
ーー愛おしい人を抱き締める為に生えているんだからーーーーーー。
彼にとっては、それだけの理由ーー。
シギーは、あっさりと騎士団を退団し、唯の従者となった。
ーーだが。皮肉にも、女騎士はめきめきと頭角を現し、副団長と言う階級にまで上り詰めて行った。
二人の身分の差は開く一方となり、シギーは、騎士を辞めた事で再発してしまった深い孤独感から、逃げる事さえしなくなった。
ーー俺は、一体何処から道を誤ったのだろう……。
愛おしい人と交わる所か、思いを伝える事さえ許されない運命に、シギー ハントは、初めて思った。
自分の人生に、生きる意味などあるのか……とーーーー。




