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黄金の鏡像  作者: かる
6/7

⑥ 町外れの森の誓い

 少しすると、あたりはすっかり人の山と化した。

「ビジオール様、制圧が完了いたしました。いかがなさいますか?」

「待ちくたびれたぞ。すっかり身体が冷えたじゃないか」

「申し訳ありません」

「殺してはいないだろうな?」

「ええ。急所は外し、多くのものは打撲による失神で済ませてあります。ただ、これだけの人数ですから拘束には人手が要るでしょう」

「その必要はない。全員叩き起こせ。男爵が来る前に話をつける」

「は……」

 相変わらずビジオールの命令の意図は汲めなかったが、ジークトリグは賊を一箇所にまとめるついでに軽く叩いて起こしてやった。賊とはいえどその大半が傭兵崩れという噂はどうやら本当らしく、皆程なくして意識を取り戻した。

「お、お前、は……」

 呻きながらジークトリグを見上げたのは、あの顔に傷を負ったリーダーらしき男だった。

「お前、アルトニヤの騎士だな? その髪……直系か?」

「……」

 ジークトリグがちらりとビジオールを見た。主が頷いたのを見てゆっくりと口を開く。

「そうだ。俺たちを見たことがあるのか」

「その昔、戦場でな。指揮官がアルトニヤの当主だった。お前の父親だろう」

「お前は傭兵か?」

「元傭兵だ。へっ、これでも昔は傭兵隊長だったんだぜ?」

 ざり、と地面を踏み締める音がして振り向けば、いつの間にかジークトリグの隣にビジオールが立っていた。

「ビジオール様。あまり近付かれては危険です」

「その為の護衛だろう、お前は黙っていろ」

 ビジオールは平生の傲慢な態度を変えることなく元傭兵隊長の眼前に立ち塞がった。

「お前がこの賊の頭目だな?」

「フン、これはこれは随分とちっちゃな王子様が出てきたな」

「無学を理由としてその無礼は大目に見てやろう」

 ビジオールは男の前に屈み込むと、自信と余裕に満ちた瞳でじっと目を合わせた。

「随分と大きな集団になったものだな。王国全土からかき集めているのだから当然か」

「……」

「無駄なことを。王都から離れているとはいえ、エクラート公爵領で叛逆因子を育てるなど愚策にも程がある」

(叛逆?)

 思わぬ言葉にジークトリグは嫌な予感がした。ようやく、主の意図が掴めてしまったような気がする。

 頭目の男は目を見開いた。

「お前……なぜそれを」

「賊の多くは傭兵崩れ。原因は現国王の平和ボケ。他の貴族領の治安改善と同時に悪化する公爵領の被害状況。少し考えればわかることだ。あまりにわかりやすく単純で、読まれやすい上に無謀だ。普通ならばな」

「……どういう意味だ?」

 ビジオールは笑みをさらに深くして男を見下ろした。

「単純だが、お前は慎重にやった。だから私だけが気がついた。お前は私と同じにおいを持っているからだ」

「同じ、だと……? まさか……」

(この男、頭の回転は悪くないようだな)

 ビジオールは身を起こして立ち上がると、いつも貴族たちに挨拶を返すときのように尊大な、しかし優美な所作で名乗ってみせた。

「紹介が遅れたな。私はビジオール・アトレウス・エクラート。この国の王位継承権を持つエクラート公爵家の嫡男だ」

 頭目の男やその背後でビジオールを睨んでいた賊たちがはっと息を呑んだ。しばしの沈黙ののち、男がしゃがれた声で呟いた。

「エクラート……そういや一昔前は、公爵家の息子が次期国王になんて噂もあったが……本気か?」

「でなければ私がわざわざこんな辺境に足を運ぶわけもなかろう」

 ビジオールは右手を高く掲げると、そのまま真っ正面に差し伸べた。しなやかな指先が弧を描いて、木から飛び立とうとする小鳥の翼のように優雅に宙を舞った。

「私はこの国の頂点となり、この国を世界の頂点とする。そのためにお前たちの力を使う。理解したか?」

「…………ばかな」

 頭目の男は、目の前の少年の指先を食い入るように見つめながら、半ば呆然としてそう呟いた。

「自分の上に、何人の王位継承者が立っているのかわからんのか……無謀だ。できるはずがない」

「公爵家の騎士一人に拘束されるような老いぼれの盗賊が王家に楯突くよりはよほど現実的だと思わんか? まさか、一矢報いればそれでよしとでも考えていたのではあるまいな」

「っ……」

 男は目を伏せてギリ、と歯軋りした。その歯の隙間から呻き声にも似た言葉が漏れる。

「……貴族どもは、信用できない」

 睨むようにしてこちらを見上げる男を一瞥して、ビジオールは不遜に首を傾げた。

「断るのならばそれもよかろう。賢い選択とは思えんがな」

 傍らに立つジークトリグにちらりと目をやる。その意図を理解したジークトリグが、剣の柄に手をかけて見せた。

「ここで死ぬか、私とともに栄光の先へ行くか……選ぶがいい」

「お前っさっきから偉そうに!」

 男の後ろで、元傭兵たちが声を上げた。

「公爵家だかなんだか知らんが、まだガキじゃねぇか!」

「剣の一つも持ったことねぇおぼっちゃまがよ!」

 一度上がったその声は次第に大きくなる。彼らの抑圧された鬱憤が、ついに撒き散らかされようとした時だった。

「静かにせんかお前らッ」

 頭目の男の大声が周囲の木々を揺らさんばかりに響いた。途端に、辺りはぴしゃりと水を打ったように静まり返った。まだその一声の余韻すら感じる静寂の中で、男はゆっくりと立ち上がるとビジオールを真っ直ぐに見据えた。

「いいだろう。その誘いに乗り、協力を申し出よう」

 その背後で兵たちが息を呑む音がした。しかし男は一語一語はっきりと、ビジオールを見据えながら彼らにも言い聞かせるかのように話を続けた。

「だが誤解するな。俺は脅しに屈したわけではない。我々の動向、目的すらもいち早く見抜くその洞察力、すぐさま我々と接触する迅速な判断と大胆さ、そしてその尊大な態度の割に、戦争が終われば農民以下の我々に志を明かし助力を求める気取った誠実さ……それらを持つお前が可能性を見出して賭けたという栄光だから、そこには勝算があると判断したのだ。この俺、メルセル・ゼフェは……我々は、ビジオール、貴方の光にこの運命を賭けよう」

 ゼフェはそう言って跪くと、ビジオールの手をとった。そしてそれを冠のように頭上に掲げる。忠誠を誓うその所作は深くなりつつある闇の中である種の完成された厳粛さを生み出し、未だ衰えぬ風格を纏う兵士の銀の甲冑と新たな主君の細い金の髪とが煌めいていた。誰も喋らなかった。身動きさえしなかった。ただ、夜風が木々の葉を鳴らす音だけが辺りを満たして通り過ぎていった。

(この男は……本気だ)

 かつて自分がそうして跪いた記憶と重ねて、ジークトリグは一歩離れたところから二人を見つめていた。



◯◯◯



 「ご無事で何よりですぅ、ビジオール公子」

 屋敷の窓から警備隊が引き上げていくのを見守りながら、ヒューベ男爵は両手を揉みしだいた。

「賊どもを逃したのは口惜しいですが……お二人がご無事で何よりです。あの大軍から逃れるとは、さすがはアルトニヤ公爵家の次期当主ですな」

「ああ。警備隊が来るまでもなかったな」

 しつこく話しかけてくる男爵をあしらって、ビジオールは窓の方に視線を逃した。

(警備隊が来る前に話が済んだのは幸いだったな。奴らなら警備隊ごときには見つからんだろう)

「それでビジオール公子、せっかくですし晩酌でも」

「疲れているのだ。ご自慢のワインはまたの機会の楽しみにしよう」

 男爵の誘いを遮って、ビジオールは部屋へと向かった。ジークトリグも男爵に無言で会釈すると、主君に続いた。

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