④ 訓練場
王宮のすぐそばには騎士団のための広大な訓練場がある。日々騎士たちが倒れる寸前まで自身を追い込んでいるそこには今、戦場と見紛うほどの張り詰めた空気が満ちていた。ただ重い金属同士が重なり合う音だけが響き、何十人といる騎士たちは身じろぎ一つ物音一つ立てずに目の前を凝視していた。と、一際高い音が鳴って一つの剣が空を舞った。
「____参りました、兄上」
眼前に剣を突きつけられたワールイズがそう言って息を漏らすと、あたりの空気が一気に緩んだ。
「動きは悪くなかったがやはり隙が多いな。予備動作は最小限にしろ」
勝利の喜びや周りの歓声に浸る様子もなく、ジークトリグは端的にそうコメントして剣を納めた。ワールイズが困ったように頭を掻く。
「ですが兄上、どうしたらそんなにすぐさま強い振りを出せるのですか? 身体を鍛えてはいますけど、どうしてもちゃんと踏み込まないと力が込められないんですよ」
「それはお前が勢いに任せて威力を高めようとするからだ。身体全体を使いつつ動きは短く、素早く」
そう言ってジークトリグはしなやかに身体を動かしてみせたが、ワールイズやその指導に耳を傾けていた騎士たちは釈然としない様子で唸った。騎士の一人がうめく。
「その説明からなぜその動きが生まれるのかわからないんですよぉ……」
素直なワールイズはすぐさま立ち上がって見よう見まねで身体を動かした。
「こ、こうですか?」
「もう少し腰を落として、それから肩の力を抜け」
「こ、こう?」
「力を抜けとは言ったが動かさないわけじゃない、もっと肩から動かせ」
「こ、これでどうです?」
「……まぁ、悪くはない」
ジークトリグは寡黙な上に、軍人貴族アルトニヤ公爵家の直系の特徴を強く滲ませた容貌の通りに抜きん出た身体能力を備えており、それゆえに他人にその技を伝授するということと壊滅的に相性が悪かった。とはいえ忍耐強い彼は頼めば頼むだけ付き合ってくれるので、騎士だけでなく弟ワールイズもこうして手合わせや指導を受けにやって来るのだった。
「兄上、さすがですね。正直全然、兄上に勝てるビジョンが見えません……」
「ワールイズ様も素晴らしかったですよ!」
「お二人のせいで俺たちは剣術大会の決勝に行くビジョンすら見えないっすよ……」
「せっかく総督が降りてくれたと思ったのに」
ジークトリグたちの父親は騎士団の総督を務める騎士であるが、最近は後継育成のためにジークトリグに実践的な仕事を与えていた。ワールイズが苦笑する。
「父上ともいつか手合わせを、と思っているんですけどね。剣術大会で兄上に敗れてからはもう引き際だとかなんとか言って勝負させてくれないんですよ。おかげで私はまだ、父上の中では一捻りできる赤子のままです」
「あはは、総督はプライド高いですからねぇ〜」
いつの間にか周りを取り囲んできていた騎士たちがどっと笑う。気さくなワールイズがやって来るとどことなく騎士団の空気も解れる。生真面目と称されるジークトリグも、そんな空気は嫌いではなかった。
「ちょっと待った、私を忘れられては困るぞ」
「__ユリラノス殿下! これはこれは失礼しました」
騎士たちは姿勢を正し、とはいえ緩んだ空気はそのままにやや大げさなくらいのお辞儀をした。どこからか訓練場の様子を見ていたらしい第一王子ユリラノスは、悪戯っぽく笑った。
「ラノ様も三年後には剣術大会出場の資格を得ますからね。我々のライバルになりますよ、私が保証します」
「お前にそう言われると誇らしいな、ワールイズ師匠?」
満更でもなさそうにする年下の王子を騎士たちは微笑ましい気持ちで見守った。ユリラノスは幼い頃から剣術体術馬術と無類の運動好きで、特に自身の護衛騎士ワールイズに憧れてか剣術にかなりの熱を注いでいた。国王やその側近たちから勉学に励むよう口酸っぱく言われているらしい彼は、しかしワールイズによる剣術の授業だけでは飽き足らず座学の授業の合間を縫って(たまにすっぽかしながら)こうして訓練場まで足を運び、騎士たちに混じって剣を握るのだった。
第一王子という地位を鼻にかけるでもなくワールイズやジークトリグ、さらに他の騎士たちにも素直に尊敬と親愛の眼差しを向けるユリラノスは、同じく座学嫌いな騎士たちの共感も相まって快く迎え入れられていた。元より騎士団は礼とは縁遠い連中なのだが、この王子にはかえってそれが幸いしたのもあるだろう。
「そういえば、今日はレングラット公子はいらっしゃらないんですね」
騎士の一人がきょろきょろとあたりを見回して言った。
「ワールイズ様がいらっしゃる時にはよくお見えになっているのに。お呼びにならなかったんですか?」
「いえ、別に私がお呼びしてるわけじゃないですよ。レングラット殿も剣術にご興味があるようで、たまに立ち寄っているみたいです。多分、顔見知りの私がいる時の方がレングラット殿も顔を出しやすいんでしょうけどね」
「なんだ、そうだったんですか」
「ならしょうがないかぁ」
少々がっかりした様子の騎士たちにワールイズが首を傾げると、騎士たちは少し声をひそめつつも互いを小突き合った。
「こいつ、レングラット公子をお呼びするのを控えてもらえるようワールイズ様にお願いしようなんて言ってたんですよ」
「ちょ、言うなよ! てかお前だって……あ、こいつだって言ってたんですよ!」
「どういうことだ? お前たち、レングラットが嫌いなのか?」
単刀直入なユリラノスの質問に騎士たちは一瞬返答に窮した様子だったが、すぐに口々に言い始めた。
「嫌いっていうか……ご一緒してると緊張するんですよ」
「そうそう。だって何考えてんのかわかんないじゃないですか」
「そりゃお前と比べれば誰だってそうだろうさ」
「なにをっ」
「あははっ」
騎士たちのやり取りにワールイズは声を上げて笑ってから、心を込めて友人のために弁明を始めた。
「確かにレングラット殿は聡明な方ですし、武人ではない分そのお考えを全て読み取るのは難しいでしょうが……きちんとお話ししてみれば気さくで熱意のある人だとわかるでしょう。そう邪険にしてしまうのは早いですよ」
「ワールイズの言う通りだ。彼は私の弟の教師でもあるが、良い教師だと聞いているぞ」
「そんなもんですかねぇ」
「ワールイズ様もユリラノス殿下もお人好……お優しいですから……」
いまいち騎士たちから芳しい反応が得られなかったワールイズは、隣に立つ兄に助けを求めた。
「兄上もレングラット殿とは親交がおありでしょう? どんな印象をお持ちですか?」
「……あまり危険視する必要はないだろう」
内心騎士たちの方に賛同していたジークトリグは、しかし弟の期待を裏切るわけにもいかず曖昧にそう答えた。
(決して性質の良い男ではないが、積極的に人を害するわけではないしな)
主へ危害を加える可能性は今のところ極めて低い、という理由も後押ししてジークトリグはそう結論付けた。騎士たちがほうっと息をつく。
「まあ、ジークトリグ様がそう仰るのなら……」
やや不満そうなワールイズとユリラノスの目線には気付かない様子で騎士たちはうんうんと頷き合った。
「ところで殿下、そろそろお戻りになられた方がよろしいのでは」
ジークトリグが懐中時計で時刻を示してやると、ユリラノスは慌てた。
「まずい、次の授業が始まってしまう」
「次のは受けるんですか」
「今日はテストの日なんだ、行かねば父上に叱られる」
「自信のほどは?」
「こいつに聞いてくれ」
騎士たちの問いにユリラノスは笑って自身の剣を指差すと軽やかに走り出した。と、途中でふと振り返る。
「そうだ、ワールイズ! お前も来てくれ」
「えっ私もですか?」
「日程調整を申し出る! 剣術の授業を増やしてもらいたいんだ。いざとなればお前の剣でどうにかしてくれ!」
「ラノ様っ! そりゃないですよ!」
そう言いつつもワールイズはユリラノスに付いていくことにしたらしく、騎士たちや兄に手短に挨拶をした。
「そういえば兄上、近々サンドールの方へ行かれるんでしたね。賊が多いと聞きます、兄上なら心配ないでしょうがお気をつけて」
「ああ」
「帰ってきたらまた手合わせお願いしますね!」
言い終わる頃にはすっかり遠くなった後ろ姿を見送ってから、ジークトリグは騎士たちに訓練再開の旨を告げた。




