③ 花の17歳
「ビジオール様、お聞きになりました?」
怪しげに目を光らせるレングラットに、ビジオールは不敵な笑みで応えた。
「第二王子の家庭教師に就任したらしいな、レングラット。王立学園首席卒業とはそんなに偉いのか」
「ただの首席じゃない、歴代最高成績ですよ」
王国一の名門校たる王立学園で上記のような成績を納め華々しく卒業したレングラットは現在十九歳であり、十七歳で成人となるこの国において、卒業後の職を探していたのだった。むろんフローター公爵家の嫡男であるからゆくゆくは公爵となるのだが、まだ代替わりには早く、かと言って父親の手伝いをしているだけでは手持ち無沙汰という理由から程よい副業を探していたのである。というのは建前で、仮にも公爵家の跡取りが職を探すとなれば自ずとそれは王宮に関わるものとなる。レングラットの狙いはそこにあり、実際それは思った以上に的中した。
彼に持ち上がった話は、十歳になる第二王子ユリアルスの家庭教師だった。王家との繋がりを持てるとなれば公爵も反対するはずなく、レングラットの着任はすんなりと決まった。
「栄誉ある職をいただきました。誠心誠意お仕えいたします所存です」
胸に手を当て、大げさにそう言ってのけるレングラットにビジオールは目を細めた。
「誠心誠意、か……」
レングラットは意味ありげな微笑みを浮かべると、ところで、と口を開いた。
「ビジオール様は学園には行かれないのですか?現在既に十七歳、学園でいえば二学年。身分も年齢も能力も、十分入学条件を満たしていらっしゃいますのに」
「知らないのか? レングラット」
ビジオールは得意げに笑った。
「王位継承者は学園には通わないのだ」
「……これは失礼を」
傍系とはいえ、王族の血を引くビジオールは第一王子、第二王子、王弟の次に王位継承権を有していた。元々、直系王族に仕えるはずのアルトニヤ公爵家の一員であるジークトリグがビジオールに仕えているのも、なかなか子宝に恵まれなかった国王夫妻が跡継ぎを憂いた際にビジオールが有力な王位継承者となったためである。尤も、ジークトリグがビジオールの護衛騎士となった直後に第一王子が生まれたため、すぐに継承権は彼へと移ったのだが。
含み笑いをする二人を見守りつつ、ずっと黙っていたジークトリグがふと口を開いた。
「レングラット殿、襟がずれていますよ」
「おや? これは失敬」
レングラットは歪んでいた襟元を素早く直した。常に礼儀を弁え身なりに気を使う彼にしては珍しいミスである。
「レングラット、やけに浮かれているじゃないか。第二王子付きの家庭教師がそんなに嬉しいのか?」
「そりゃそうですよ!」
レングラットは細い目をかっと見開いて前のめりになった。
「家庭教師になれば王宮に毎日のように通うことができます。そして王宮には第二王子だけでなく第一王子もいらっしゃいます。それはつまり、その護衛騎士を務めるワールイズく……殿と親交を深める絶好の機会というわけです」
「ワールイズだと?」
「弟とご親交が?」
ワールイズ・カシェト・アルトニヤは第一王子の護衛騎士で、ジークトリグの弟である。
「そういえばワールイズもお前と同じ十九だったか。社交界初入りの舞踏会で知り合ったと言っていたな」
「ええ! 彼は私と歳が同じで実質的な地位も近く、さらに輝かしい剣の才能を持っています。まさに私の親友に相応しい」
「弟に親友がいたとは……」
ジークトリグがやや驚きの声を上げると、レングラットはふるふると首を振った。
「いえ、まだ親友の段階ではありません。なんといっても彼は護衛任務で忙しく、親睦を深める時間もなかなか取れなかったのですから……。ですが、私が王宮に行くとなれば話は別。授業時間以外は全て彼との交流の時間となりますから、会話は増え互いの趣味や人となりを知りやがては連れ立って出かけるようになり友情が育まれ信頼が生まれ、そうして私たちは親友となるのです」
恋する乙女の如くうっとりと、しかし一息にそう語るレングラットは正直少々気持ち悪く、平生の品のある貴公子といった雰囲気からはかけ離れていた。彼の思わぬ一面にビジオールは戸惑いの色を微かに浮かべ、ジークトリグの瞳にも冷ややかな、というよりむしろ警戒するような光が宿った。しかし本人はそれに気付いた様子もなく、不意に目線を戻したかと思うといつもの好青年らしい笑みを浮かべた。
「それではそろそろ、私は失礼します」
奇妙な気持ちのままビジオールは彼を見送った。と、彼は振り向きざまにビジオールに話しかけた。
「ああ、ビジオール様、第二王子とお会いしたくなりましたらお早めに。でないとすぐに叶わなくなりますからね」
彼の出て行った扉と、それを満足げに見つめる主とを見やって、ジークトリグは痛感した。
着々と進んでいる。王家抹消の道へと。
社交界デビューをして以来、ビジオールは随分と積極的に人脈を広げていた。内では傲慢主君でも外に出せばなかなかのもので、やや偉そうなところはあるがそれもまた威厳と映るような、公爵家の跡取りらしい振る舞いをしていた。公爵が目頭を押さえたのは言うまでもない。
同じく公爵家嫡男であるレングラットと親交を深めていることも、エクラート公爵にとっては喜ばしいことだった。というのも、公爵家の中でフローター家が浮きがちなのをエクラート公爵はかねてより問題視していたのだが、傲慢な息子がそんなフローター家を突っぱねるかと思いきや友人付き合いを始めたものだから、どこかの国の言葉を借りるなら棚から牡丹餅、瓢箪から駒といった類の奇跡だったのだ。
その「親交」の裏を知るジークトリグとしては複雑な気持ちではあったが、それでも彼は進んで干渉することはなく、いつも一歩引いたところで二人とその周囲を眺めていた。
(それにしても、レングラット殿がワールイズにあれほど好意的だとは)
直系王族の抹殺を試みるビジオールとその肩を持つレングラットにとって、第一王子の護衛騎士であるワールイズは真っ先に浮かぶ障害であるはずだ。敵意こそあれ誠意など生まれ得ないと思っていたが、なかなかどうしてレングラットは貴族社会において珍しいほどの友愛をワールイズに向けているようだった。
(厄介なことにならねばいいのだが)
先程のレングラットの様子を思い出して、ジークトリグはそんなことを思った。
◯◯◯
レングラットが王宮での家庭教師に勤しみ始めた頃、エクラート公爵は常時消えることのない皺をさらに深く刻み込みながら手元の書類を睨んでいた。それはエクラート公爵家の所有する広大な領地のうち王都から最も離れた地区、サンドールに関する報告書であった。
「何かお悩みですか? 父上」
次期公爵として父親の仕事を手伝い始めたビジオールは、ため息をつく公爵の手にある書類を見やって尋ねた。
「実は、サンドールの方でまたも賊が出たようなのだ」
「賊が? しかしサンドールなら別に珍しい話ではないでしょう」
何を今更、といった様子で聞き返すと、公爵はゆっくりと首を振った。
「これまでのとは規模が違う。警備隊が駆けつけた時には既に街の半分が被害を受けていたそうだ」
「……父上。確か先月の上院会で、荒れていた南部の貴族領の治安が向上したとの報告があったと、そう仰っていましたね?」
「え? あ、ああ、そうだったな。それが何か?」
「……」
(賊の多くは、戦を好まぬ今の国王の治世下で行く当てを失った傭兵たちの成れの果てだ。もし奴らが、王都に最も近いエクラート公爵領で兵力を集めているのだとしたら……)
ビジオールは自分の机の上の書類を軽く整えながら立ち上がった。
「父上。この件、私にお任せくださいませんか」
「何?」
「常々、自分の家の領地を実際にこの目で見ておきたいと思っていたのです。王都の外にはあまり出たことがないものですから。サンドールはそういった意味でもちょうど良い土地ですし、この機会に領地経営についても見聞を広めておきたいのです」
「ビジオール……! お前、そんなことまで考えていたのか! 確かにお前の言うことは尤もだ。王都に縛り付けていてすまなかったな。ただ、この機会に行かせてやりたいのは山々だが如何せん今のサンドールは危険すぎてな……」
「問題はありません」
渋る公爵にビジオールはきっぱりと言った。
「ジークトリグを連れて行きますから。あれはそこらの警備隊丸々一つより余程頼りになりますよ。先日の剣術大会での結果は父上もご存知でしょう?」
「……それはそうだが」
毎年国王が開催する剣術大会は王国の伝統ある一大イベントである。ジークトリグは出場資格を得る十七歳で初出場して以降、父親をも凌ぐ無敗の勝者であった。
「わかった。サンドールへの視察を許可しよう。だが、くれぐれも注意するように」
「お心遣いに感謝します、父上」
ビジオールはにっこり笑って執務室を後にした。




