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黄金の鏡像  作者: かる
2/5

② 青い盟友

 エクラート公爵がジークトリグに「頼み事」をしてはや数週間。結論から言えば、ビジオールの言動にはほぼ改善が見られなかった。

 頭を抱える公爵。胃薬を供える執事。彼らが嫡男の態度改善を今更ながら言い出したのには理由があった。

「なんとしてもあと二ヶ月で、あの気性を治さねば……!」




 「おいジーク、今日の予定は」

「午前中は授業、午後からは仕立て屋が訪れることになっています」

「仕立て屋?」

「はい、二ヶ月後に催される国王主催のパーティのためのご衣装をしつらえます。ビジー様は十二歳になられましたから」

 この国では男女ともに十二歳で社交界デビューするのが一般的で、毎年この時期に催されるパーティはそのような貴族の子どもたちのデビューを目的として開かれるものが多い。公爵家の跡取り息子であるビジオールは、最も格式高い国王主催の舞踏会でそのデビューを飾ることになっていた。

「そうか……もうそんな時期か」

「ビジー様?」

 いつものように支度を整えてやりながら、鏡像の主の笑みを見てジークトリグは息を呑んだ。

「おいジーク、私にもお友達とやらができると思うか?」

「はい。王宮で行われるパーティであれば、きっとビジー様に相応しいご友人と出会えることでしょう」

「私に相応しい、か……くく」

 一瞬逆鱗に触れてしまったかと思ったが、笑い出したビジオールを見てジークトリグはわずかに怪訝そうな顔をした。しかし彼の主君がそれに気づくはずもない。

「実に楽しみだ。仕立て屋には精を出してもらわんとな」



◯◯◯



 「ビジー様、王宮に到着いたしました」

 ジークトリグに付き添われて馬車を降りたビジオールに、周囲の視線が一斉に集まった。噂に聞く公爵の息子を前に人々は好奇、期待、野心、中には疑惑など様々な感情を込めて見つめてくる。しかし本人はそれすら心地良いようで、堂々と足を踏み出した。頼もしい息子の様子に公爵と執事がこっそり息をつく。とうとう今日こそが、待ちに待った社交界入りの日だった。



 会場内でもビジオールは注目の的だった。それもそのはず、今回デビューを迎える貴族の子息たちの中でビジオールは飛び抜けて高貴であり、本日の主役と言ってよかった。競うように声をかけてくる貴族たちを適当にあしらう主をジークトリグは半ば感心して見守っていた。

「本日の社交界デビュー、誠におめでとうございます。ビジオール様」

 少し落ち着いてきたところでそう声をかけてきた男の言葉に、ビジオールがぴくりと反応したのがわかった。その身分の高さゆえ、ビジオールをそう呼ぶ者は滅多にいなかった。

 声をかけてきた男は鮮やかな青の髪を真ん中で分けてさらりと垂らした好青年だった。彼は作法通りの美しい所作で一礼してから名乗ってみせた。

「私はフローター公爵の息子、レングラット・ヘルグラン・フローターと申します。以後お見知りおきを」

「フローターの嫡男か。ではここに公爵家の跡取りが全員揃ったということになるな」

 ビジオールの言葉にレングラットはにこやかに頷くと、その背後に立つジークトリグに声をかけた。

「ジークトリグ殿、ご無沙汰しております。お元気そうでなにより」

「そちらこそ、レングラット殿」

 ジークトリグが簡素な挨拶を返す。ビジオールは少し驚いたようだった。

「面識があったのか?」

「ええ、ジークトリグ殿のご令弟と私とは同い年でしてね。同じように社交界デビューの際にお目にかかったのですよ。しかし、二年前にこの舞踏会でお会いして以来ですね。ジークトリグ殿はあまり公の場に出てこられないものですから」

「護衛任務があるもので」

「では、これからは頻繁にお会いできますね」

 そう言ってレングラットは意味ありげにビジオールに視線を向けた。ビジオールも口元に笑みを浮かべて頷き返す。どうやらフローターの息子はこちらと関わり合いになりたいらしい、と察したのだ。

(お友達とは……こういうことか)

 早くも気が合ったように目で会話する二人を見て、ジークトリグは納得した。彼はこういった社交の場はあまり得意ではない。余計な話をするのも言葉の裏を読むのも面倒と感じるたちだった。



 「国王陛下、王妃陛下のご入場です!」

 会場の入り口から高らかな声が聞こえて、この国の国王と王妃が姿を現した。王族たる圧倒的な気品、神の化身とも呼ばれるに足るその威厳ある姿に会場の中からため息や賞賛の声が聞こえてくる。

「ビジオール様は両陛下と既に面識がおありで?」

 レングラットが小声で尋ねた。

「ああ。幼少の頃から、父に連れられて時々お会いしている」

「ご立派な方々ですよね。私などは自分がデビューしたパーティで初めてお会いいたしまして、お二人の纏う圧倒されたものです。お二人を前にしても動じないとは、さすがはエクラート公爵家のご令息ですね」

 レングラットの、文字通りの賞賛というよりはどこか皮肉めいた口調にビジオールはじっと彼を見上げた。すると、国王と王妃を見ていたレングラットは視線をビジオールに移し、そっと微笑んでみせた。それは噂で聞くような貴公子らしい威厳と人当たりの良さを兼ね備えたものではなく、これから悪戯を仕掛ける子どものような笑みだった。

「……お前もフローター公爵家の息子だろうに」

 レングラットの口角が一段と上がった。

(やはり、このフローターの息子は__)

 ビジオールは内心ほくそ笑むと、入場を終えた国王夫妻のもとへ挨拶に向かった。



◯◯◯



 「ビジオール! 今夜は素晴らしかった! 見直したぞ! ああ、一時はどうなることかと……」

 邸宅に着くなり父親にかけられた言葉に、ビジオールは驚きつつも冷静に返した。

「私とて公の場での振る舞いは弁えているつもりです。父上のご希望に沿えたのならなにより」

 息子の言葉に公爵は目を潤ませた。

「うむ、そのような少々棘のある言葉も場面に応じてうまくしまうことができるのだな。国王陛下にもお褒めいただいたんだ。私も隣で見ていたが、お前の挨拶は見事だった。他の貴族たちからも噂以上だと好評だ。よくやってくれた」

 ここ数ヶ月の心配事から解放され、興奮気味にそう捲し立てる主人の心情を思って、執事はひっそりと涙した。さすがのビジオールもここまで喜ばれると思っていなかったのか、自分への期待値の低さに傷ついたのか、引き攣った笑みを浮かべ早くこの場を去りたいといった表情をした。唯一それに気づいたジークトリグはしかしどうすることもできず、結局彼らが自室に戻ったのは夜更けだった。



 「ビジー様、就寝のご準備が整いました」

 湯浴みを終えて寝台へと歩いてくるビジオールにジークトリグはそう声をかけた。本来なら執事やメイドが行うはずのこのような身辺の雑用も、ビジオールの強い要望もとい我儘によってジークトリグに一任されていた。

「有意義な一日だったな。そう思わないか、ジーク?」

「フローターの令息のことですか?」

 寝台に腰掛けたビジオールは満足げに頷いてみせた。

「彼は私の良き友人となるだろう」

「なぜそう思われるのです?」

 ジークトリグからしてみれば、数えるほどしか言葉を交わさぬうちにアイコンタクトで意味深にわかり合っていた風な二人というのは謎でしかなかった。

 普段なら機嫌を損ねかねないので問い返したりはしないのだが、今は機嫌が良いらしいビジオールは笑みを浮かべたまま説明を始めた。

「お前、フローターという家について考えたことはあるか? あれは確かに公爵という身分ではあるが、三公爵家の中で最も弱く脆い。私のエクラート家は王族であるし、お前のアルトニヤ家は由緒ある王家直属の騎士家なのに対して、フローターは功績が認められ爵位を授けられた新興の公爵家にすぎん。似たような功績があれば他の家にすぐに肩を並べられてもおかしくない、そういう立ち位置だ。それゆえに発言権もない。フローター公爵家は、三公爵家の中で自分たちが最も蔑ろにされていると、そういった不満を王家に抱いているんだ」

「そういうことでしたか……」

 ジークトリグは国王入場時の二人の会話を思い出して納得した。確かに、公爵家の中で社交界デビューまで国王に謁見していないのはフローター家だけだった。それに対する不満を暗に仄めかしたレングラットに対して、ビジオールは「お前もフローター“公爵家”の息子だろうに」と返した。それはつまり___

「彼の問いかけに対して、私はフローターの現状に対する不満は妥当なものであると……もっと優遇されるべきだと示してやった。恐らくそれで、彼は私の目的に気がつき___協力の意向を示した。それはもう嬉しそうにな」

「目的……ですか?」

 ビジオールは手振りでジークトリグを足元に跪かせると、ようやく目線のあった瞳を見つめて不敵な笑みを浮かべた。

「私は王になる」

 ジークトリグの目が僅かに見開かれた。しかしビジオールが思っていたほど、驚いた様子はなかった。

「気付いていたのか」

「薄々は。しかし、本当にそうとは……。ビジー様、わかっておられるのですか? 国王陛下の血を引く王子が二人おられ、陛下の実弟もいらっしゃる今、貴方が王になるには……」

「わかっている」

 ビジオールの瞳に、十二歳とは思えない、遠い未来までを見据えたような光が宿った。

「わかっているからお前に話したのだ。お前の主は私、お前は私に忠誠を誓った私の臣下だ。この意味がわかるな?」

「……はい」

 神妙な面持ちでジークトリグは頷いた。

「楽な道ではないでしょうが……貴方を支え、守り抜くと誓います」

 するとビジオールは、どこか安堵したように力を抜いて微笑んだ。

「それでいい。ジーク、今後私が取る行動は私が王になるためのものなのだと、ゆめゆめ忘れるんじゃないぞ」

「……は」

 ジークトリグは主君の年相応に華奢な手を両手で包み込むと、頭の上へ掲げた。臣下が主へと捧げる、忠義の証だった。

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