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瀬戸内今昔物語  作者: 森村征爾
第二章 高校生編
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第五十四話 最後の弓

桜の蕾が開き始めた3月の北方道場。


道場には宮下、新古、田中、菅原、佐倉が集まっている。

卒業式を迎え、皆で最後の弓を引いていた。


「国体地区予選、最後の1本さえ的中してたらなあ。」とガンちゃん。


「たら話はもう良いんよ。実力不足やったんや。」と新古。


「僕ももっと的中してたらと悔やまれるよ。」と湊。

湊は高3になってからは静かな世界には入った事がなかった。

的しか見えない世界にも。

一時的な高い集中力は雑念の無い、純たる時にしか入れないのかもしれないと今は思っている。

弓道が好きで寝ても覚めても、上手くなる為の日々を過ごしたのが今では懐かしい。


「湊はいつから役場で働くんだ?」と菅原が尋ねた。


「合同入社式が1日にあるから、それまではまた尾道まで旅する予定だよ。」


菅原は県外の大学に進学が決まり、明日には愛媛を離れる。


田中は地元のスーパーに就職が決まっている。


一番びっくりしたのが宮下だ。

「お前ら悪さしたら捕まえるからな。」

春から警察学校に入学が決まっている。


「ガンちゃんが一番怪しいやん。」と田中は笑っている。


普段の練習中なら会話をしながら矢を放つことはないが、今日は皆、好きなだけ喋り大量の矢を射っていた。


走り込みがキツかった日々。

皆がレギュラー入りを目指していた時期。

試合前の緊張した空気。

三年間でこんなに充実した日々を過ごせた道場と仲間に湊は

「ありがとう」と短く伝えた。


道場去る前に、ガンちゃんが一同を集め道場に向かい「礼」と発声した後、全員で一礼し道場を後にした。

部室はすでに掃除され、私物は無くなってガランしとしている。駄菓子や飲みかけジュース、ジャンプやマガジンが散乱していた姿はもうそこには無かった。


弓道に出会わなければ中学と同じ様な日々を過ごしていたのかもしれない。

あんなに夢中になれた三年間、湊はそっと部室にも一礼をした。


皆で最後の写真を撮る、

ファインダーから見る制服姿。

学生服の第一ボタンを皆はずしている、いつからだろう?

入学した時は皆しめていたのに。

いつの間にか制服を着こなしていた。その制服とも今日で最後だ。


グランドにはスランプの時、眺めた照射塔、一人下を向き自転車置き場に歩いた小道。

松沢さんに告白された柔道場。

建物一つ一つに思い出がある。


チャイムが鳴る。卒業式が始まる。


「行こうか。」誰かの声で皆が動き出す。


もう二度と帰れない時間が終わろうとしている。

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