第五十話 失恋
尾道の宿は安いビジネスホテルを予約していた。
ロビーにはバックパッカーや学生たちが我先に受付している。
混雑が終わるまでロビーの公衆電話から母さんに連絡をした。
「母さん?」
「湊かい?今はどこ?」
話し方が昨日と違う気がした。
「何かあったの?」
「昨日、湊と話をしてた時にチャイム鳴ったから切ったけど、あれ沙織ちゃんだったのよ。」
「え?」
「湊は旅行で居ないって伝えたんだけど…。様子が気になってね。」
「湊、連絡してるの?」
「あ…うん。」
「今日はこれで切るね、おやすみなさい。」
電話を切った後、何故沙織が家に来たのかわからない。
連絡してみたい、でも、もしかしたら、別れを伝えに来たのか…。
ロビーは騒がしく、公衆電話も聞き取りずらい。
夜の街に出て公衆電話を探そうとホテルを飛び出した。
この旅の最後に振られる結果だとしても仕方ない。
まだ残りの日数がキツイ旅になる覚悟をして沙織に連絡をする。
…が…。小銭が無い。
手元には二百円と十円が数枚。
久しぶりの電話番号を押す手は震えている。
数回のコールの後、
「山内ですが…。」
お母さんの声だった。
「あの、お久しぶりです。佐倉です…。」
「えーっ!湊ちゃん!元気なの?」
「沙織さんは居ますか?」
受話器の奥から階段を走り降りてくる足音が聴こえる。
「お母さん、それ湊?!」久しぶりの声が聴こえた。
「も、もしもし…。」
返事より先に泣き始める沙織。
沙織は泣きながら謝っている。
「湊、ごめん、ごめんなさい、ごめんなさい」
何度も、何度も…。
けれど湊には、それが別れを切り出す前の涙に思えてしまった。
もしそうなら仕方ない。
自分は約束を破って電話を掛けたのだから。
「ごめん約束破ってしまって…電話してしもて…。」
「もう電話もしないから…。」
振られるのは仕方ないが、泣く声を聴くのは耐え難い。
「湊、違う…」
ガチャリ…。
追加の小銭はポケットには無い。
ホテルに帰り、両替して二回目振られるのはキツイ…。
今夜はもう寝て明日からの旅をしなくちゃな…。
防波堤の先には闇に沈んだ島々が浮かんでいる。
波の音だけが静かに繰り返していた。
湊は受話器越しに聞いた沙織の泣き声を思い出していた。
あの涙の意味を知らないまま。
夜の海風だけが、湊の背中を吹き抜けていった。




