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瀬戸内今昔物語  作者: 森村征爾
第二章 高校生編
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第四十九話 進むべき道


千光寺へ到着すると尾道の街並みが一望できた。

眼下には港が広がり、その向こうには大小の島々が浮かんでいる。

海風は山の上まで届き、汗ばんだ頬を心地よく撫でていった。


湊は展望台の手すりに寄りかかり、大きく息を吸う。

旅に出てから色々な景色を見てきた。

しまなみ街道の橋、大三島の大楠、吉田さんとの出会い。

そして今、尾道の街を見下ろしている。

自分は何をするために旅へ出たのか?

その答えを最後まで考えなくてはいけない。

ふと、吉田さんの言葉を思い出した。


「ゆっくりでかまん。」

「失敗してもやり直せる。」 

その言葉は不思議と胸に残っていた。

進路が決まらない焦り。

周りに置いていかれるような不安。

ずっと抱えていた重たい荷物を少しだけ下ろせた気がする。


境内にはたくさんの風鈴が並んでいた。

テレビで見た通りだ。

色とりどりの短冊が風に揺れ涼しげな音色を響かせている。


 カラン。

 カラン。

ガラスの風鈴が独特な乾いた音をたくさん奏でている。

耳を澄ませば無数の音が重なり合い、まるで夏の風そのものが歌っているようだった。


…だが周囲を見れば、ほとんどがカップルや家族連れだった。


「場違いやなあ……。」

 思わず苦笑いする。

 一人旅だから仕方ない。

それでも、もし沙織がここにいたらどうだろう。

きっと風鈴の前を走り回って写真を撮るだろう。


 綺麗だね!


何度も言うかもしれない。

そんな姿を想像すると自然と笑みが浮かんだ。

会えていなくても、好きな気持ちは消えていないらしい。


帰り際、湊はお守りを一つ買った。

吉田さんとはたった一日の出会いだったが、あの人の言葉に救われた。


帰りはロープウェイを使わず参道を歩いて下る。

細い路地が迷路のように続いている。

古い民家、小さな雑貨屋、どこへ続くか分からない石段。

まるで秘密基地を探検しているようだった。

湊は夢中になって歩いていたが、途中で現実に引き戻される。


「暑い……。」

頭がくらくらした。

照り返しも強い。


「帰りもロープウェイが良かった……。」

少し後悔しながら海沿いへ下り、水分補給のため市役所へ向かった。

海のすぐ横に建つ市役所。

港町らしい光景だった、冷房の効いたロビーへ入り、自販機でスポーツドリンクを買う。

一息つきながら休んでいると、壁一面のチラシが目に入った。


移住者歓迎、空き家紹介、観光マップ、起業支援、イベント案内。


行政が積極的に街を売り込んでいた。

湊は少し驚く。

三津浜商店街も北方商店街も年々店が減っていた。

高齢化も進んでいる、だが尾道は違った。

若い人を呼び込もうとしている。

若い人に住んでもらおうとしている。

だから商店街にも若い店主が多かったのか。


街が生きている理由が少し分かった気がした。

チラシを見ていると声を掛けられる。


「学生さんですか?」

振り返ると女性職員が立っていた。


「あ、はい。」


「どちらから?」


「松山です。」

 すると女性は笑顔になった。


「松山いい所ですよね。」


「特に食べ物が好きです。」

南予、中予、東予の話まで出てきて驚く。


「私、三津浜焼き大好きなんです。」

「尾道焼きと似てるけど、牛脂のコクが全然違うんですよね。」

その言葉に思わず胸を張った。


「肉そばが一番美味いです。」

力強く答えると女性は笑った。

地元の話を褒められるのは嬉しい。


その時、一枚の紙が目に入る。

求人票だった、何気なく手に取る。


「尾道市役所 臨時職員募集」


進路に悩んでいる今だからこそ気になった。

女性職員は紙を見て笑う。


「学生さんはまだ受けられませんけどね。」


そして少しだけ冗談っぽく続けた。

「いつか一緒に働けたらいいですね。」

その言葉に湊は思わず笑った。


市役所を出て海沿いのベンチへ腰掛けた。

港には船が行き交い、橋の上には車の列が続いている。


夕暮れが少しずつ街を染め始めていた。進路はまだ決まっていない。

それでも旅へ出る前とは違う。

人の役に立つ仕事、街を支える仕事。

そんな生き方もあるのだと知った。

風鈴の音はもう聞こえない。

けれど胸の中には、あの涼やかな音がまだ残っていた。


湊は夕暮れの尾道を眺めながら、自分の進むべき道を少しずつ見つけ始めていた。

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