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瀬戸内今昔物語  作者: 森村征爾
第二章 高校生編
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第四十七話 ハプニング


無い、無い。

どこにも無い…。


財布がどこにも無い。

テントの中、リュックサックの中、昨夜の公衆電話付近どこにも財布が見当たらない…。


「落ち着け、落ち着け」

自分に言い聞かせる様にキャンプ場を探す湊。

日は昇り始め、島中の蝉が叫び始める。

砂浜の海はリズムを変えずに押し寄せている。


汗だくになりながら昨夜からの行動を思い返していたが、トイレや公衆電話以外は覚えがない。どこかで落としたのだろう、出発時間は過ぎていた。


「兄ちゃん、どうした?」

砂浜を清掃していた高齢者が声をかけてくる。


「財布が…落としたのかも…。」

汗だくの青年が下を向いたままウロウロしているのだから切羽詰まった状況は推測出来た。


「心配すな、こっちこい。」

軽トラに乗れと首を振る高齢者。


「あの…。」と言おうとした湊に、


「島の人間は拾ったら交番届けるけんの。大丈夫や。」

強面の髭面だが声は優しい。


交番に案内され、手続きを行う。警察官から説明を受ける間、おじさんは側に居てくれた。


「ありがとうございました。」親切にしてもらったがお礼の言葉しか出来ない。


「今日、うちで待ったら良え。必ず戻るけぇの。」

所持金もなく、自宅に戻るにも暑さで水分は必須。

八方塞がりな今、甘えるしかなかった。


「かまんなら…お邪魔させて下さい。」自転車を軽トラに乗せ、交番にはおじさんの自宅を連絡先に変更してもらった。


おじさんの名前は吉田さん。

島で産まれ今は一人で暮らしている。

子供は県外に出たまま帰省する機会は正月位だと笑って話す。


吉田さんの家はキャンプ場から近くの一戸建てだった。

ボランティアで砂浜の清掃していると話していた。


「島の人口は減るし橋が出来てからはチャリンコ集団が押し寄せるんじゃ。」と嬉しいのか迷惑なのかわからない言い方で話す。


「暑かったやろ、飲め。」白く濁ったジュースを差し出してくれた。

匂いは柑橘だろう。

口に含むと口の中に爽やかなレモンが拡がる。酸味はあるが甘さが後からやってくる。

汗が引いていく、それどころか身体がこの飲み物を欲しがる。

乾きもあったせいか一気に飲んだ。


「うまいか?」懐かしさを覚える言葉だが思い出せない。

それより、このジュースが美味しかったと伝えると冷蔵庫から冷やしたジュースを運んでくれた。


「島のレモンで作ったレモネードや。好きなだけ飲め。」

扇風機が回っている。

窓中から熱気と海風が入る。

レモネードを二杯飲んだ頃、吉田さんから尋ねられた。


「どこに向かうんだ?」


「尾道っす。」


「観光か?」

吉田さんの家や雰囲気、先程の「うまいか?」

ずっと記憶にある懐かしさがあった。匂いや色まで記憶にある。

ずっと懐かしい…。

風鈴が鳴った瞬間、記憶が繋がった。


祖父の家に遊びに行った時の記憶だと。

警戒を全くしてなかった。

吉田さんと将来の進路、部活の話しをしていた。


「佐倉くんは真面目やの。」


「若い時は失敗したらまたやり直せたら良いだけや。」


「最初から決めた通りなんかの人生歩めるんは一部じゃ。」


吉田さんは笑いながら、若いもんはもっとゆっくり生きたらかまん。と話す。


「僕は…。」弓道のスランプの時と同じだ。


また周りと比較して自分を追い込んでいたのかもしれない。

冷たいレモネードを入れたグラスは水気を帯び、ゆっくり水滴ぐ落ちていく。


「リリリリン」

「ほらの、なんとかなるけぇの。」


吉田さんの予想さた通り、財布が届いた連絡内容だった。

軽トラに自転車を乗せ交番へ向かう。


「あの、吉田さん。」

「帰りまた来て良いですか?」


「いつでも来い。島は変わらんけぇの。」

目尻のシワがたくさん並んで笑っている。


帰りに尾道土産を吉田さんと食べよう。美味しかったレモネードを飲みながら。

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