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瀬戸内今昔物語  作者: 森村征爾
第二章 高校生編
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第四十二話 テレビの中のヒーロー


昇はいつの間にやら有名人になっていた。

夕食時、

「昇ちゃん、今日テレビに出とるよ。」

母さんが食卓から居間を指差した。

テレビでは高校野球の地区予選が中継されている。アナウンサーが興奮気味に伝えた。


「ピッチャーで四番。」

思わず箸が止まった。


画面には見慣れた顔が映っている。

マウンドの上で投球練習をしているのは昇だった。

小さい頃から知っている昇だ。

勉強も運動も出来る奴だったが強豪校でレギュラーを取ったと聞いた時も驚いた。

それが今ではエースで四番。


気付けばテレビに映る存在になっていた。


「すごいなあ。」

母さんは感心したように呟く。


試合は昼間の内容をアナウンサーが説明していた。

次々と打者を打ち取っていく!

バッター清水、ホームラン!

実況は何度も名前を呼んでいる。


その姿は昔一緒に遊んでいた昇とは少し違って見えた。

テレビの向こう側の人間になったような気がした。

そういえば最近は電話も無い。

以前なら試合の話や学校の話をしていた。

けれど今は野球で忙しいのだろう。

甲子園が見えている選手と普通の高校生活を送る自分では時間の流れ方も違う。

試合が終わる頃にはテレビを消していた。


自室へ戻りボンヤリと机の上の進路希望調査票を眺めていた。


まだ何も書いていない。

新古は実家の水道店を継ぐつもりだと言っていた。

松沢さんは進学を決めている。

沙織も教員になるため勉強している。

昇は甲子園を目指している。

皆それぞれの道を歩いていた。

自分だけが決まっていない。

そんな気持ちになった。


翌日の放課後。


県予選敗退以降、以前にも増して弓へ向き合う時間が増えていた。

余計な事を考えなくて済むからだ。

弓を起こす。


矢は真っ直ぐ飛び、的中した。

それでも心は晴れなかった。


「最近よう当たるな。」

後ろから新古が声を掛ける。

「でも顔は暗いぞ。」


湊は苦笑した。

図星だった。


「ジュースおごるわ、裏店行こうや。」

裏店に向かいベンチへ腰掛ける二人。

春の風が少しだけ暖かい。


「進路か?」

新古が突然聞いてきた。


「なんで分かった?」


「分かるよ。」

そう言って笑う。

湊は缶を見つめた。

「みんな決まっとるやん。」

「お前も家継ぐんやろ。」

新古は少し考えた後、肩を竦めた。

「まあな。」

「でも最初から決まっとった訳やないぞ。」

「親父に言われてな…。」

意外だった。

新古は迷わず決めていると思っていた。


「そうなん?」


「ああ。」

少し笑う。

「皆、迷っとるよ。」

「お前だけやない。」

その言葉に湊は黙った。

外周では一年生たちが走り込みをしている。


時間だけが勝手に進んでいく。

「俺らも三年やぞ。」

新古が言う。

「早いな。」

「池田主将らがおった頃が一番良かったわい。好きなことしてたら良かったんやもんな。」

二人はしばらく黙っていた。


遠くから弓の弦音が聞こえる。

乾いた音が春空へ消えていった。


帰宅後、湊は机に向かった。

進路希望調査票。

白い紙のままだ、ペンを持つ。

だが何も浮かばない。


ふとテレビの中の昇を思い出した。

あいつは前へ進んでいる。

沙織も、新古も、皆それぞれの未来へ向かっている。

自分だけ何も決まっていない。

その事実が胸に重くのしかかった。

けれど、いつまでも立ち止まっている訳にはいかない。


湊はもう一度進路希望調査票へ目を向けた。

白紙のままの未来が、そこにあった。

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