第四十、五話 机の上の二人(サイドストーリー)
時は少しだけ未来へ進む。
夏の新人トーナメントが開催された夜、沙織は自室で一人過ごしている。
湊に電話で
「勉強に集中したい」
と伝えた夜から、私はどこか落ち着かない日々を過ごしている。
あの時、自分で決めた事だった。
このまま毎日電話をして、会える日は会って、好きという気持ちばかり優先していたらお互いに駄目になると思った。
湊は県予選を控えている、弓道が大好きな男の子は悔しい時も苦しい時もずっと弓を引き続けてきた。
だから今は私の事で集中を乱させたくなかった。
それに、私自身も受験があった。
教員になる夢は昔から変わらない。 地元国立大学へ進学したい。
そのために頑張ってきたはずなのに、参考書を開いても気付けば湊の事ばかり考えていた。
だから距離を置こうと思ったはずだった…。
お互いのために。
そう思ったのに。
受話器を置いた直後から、胸の奥にぽっかり穴が開いたような感覚だけが残っていた。
クリスマスも年末年始も、湊から連絡は来なかった。
当然だった。 「控えよう」
と言ったのは私だ。
だから連絡を待つ資格なんて無い。
それでも夜になると無意識に家の電話を見てしまう。
食事中も勉強中もテレビを見ている時も。
もしかしたら。
そんな期待だけが消えてくれなかった。
机の上には一枚の写真が立て掛けられている。
袴姿の湊と制服姿の私。
試合の日に撮った写真だ。
二人とも無邪気に笑っている。
見るたびに、文化祭の日や鹿島へ歩いた夕暮れを思い出した。
「好き。」
真っ赤な顔で言ってくれた湊。
照れながら名前を呼んだ声。
毎晩の電話、どうでもいい話で笑い合った時間。
全部、まだ昨日の事みたいなのに。
写真の中の二人は、もう随分昔の人みたいにも見えた。
今日の試合、写真と同じ試合が西方高校で開催されると聴いて、黙って会いに行った。
でも…。湊だけ居なかった。
新古君が言った言葉が胸を締め付けた。
「あいつずっとしんどそうだったよ。」
私が意地になってた。でももう遅いのかもしれない。
避けられてるのかな…。
嫌われたのかな…。
湊が今何を考えているかわからない。
自分の言ってしまった言葉を後悔している。
待ち合わせの時と同じだ…素直になれない。
ただ電話で確かめるだけなのに、出来ない。
「……変なの。」
小さく呟き、私は写真へ指先を伸ばす。
好きだから距離を置いたはずた。
好きだから気持ちを我慢しようと思った。
なのに今は会いたい気持ちばかり大きくなっていく。
突然電話が鳴らないかな。
「今から会えん?」って、 湊が言ってくれないかな。
そんな都合の良い事ばかり考えてしまう。
湊も今頃、弓を引いているのだろうか。
ちゃんと眠れているのかな。
自分みたいに夜を長く感じていないだろうか。
参考書を閉じ、部屋の灯りを消す。
布団へ入りながら私は息を吐いた。
明日、湊に会いに行こう。
そして素直に謝ろう…。今までごめん。と。
「せめて夢くらい…会えたら良いのに。」
静かな部屋には時計の音だけが響いている。
暗闇の中、机の上の写真だけが薄く月明かりに照らされていた。
そこに写る二人だけは、今も時間が止まったまま幸せそうに笑っていた。




