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瀬戸内今昔物語  作者: 森村征爾
第二章 高校生編
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第三十八話 進路


今年も終わりに近付き、北方高校弓道場には張り詰めた空気が流れていた。

国体県予選まで、もう時間は無い。

冬の道場は冷える。

白い息が漂う中、乾いた弦音だけが響いていた。


「射形崩れよる!」

池田主将の怒声が飛ぶ。

「前屈みを怠るな!接戦で身体が浮いたら終わりや!」


「はいっ!」

道場中に返事が響く。


文化祭以降、どこか人間味が見えていた池田主将だったが、今は完全に「主将」へ戻っていた。

容赦がない。


「もう無理っす……。」

宮下が床に倒れ込む。

「足が棒なんやけど……。」

菅原も壁にもたれながら呻いていた。

新古は肩で息をしながら苦笑する。

「冬の練習量ちゃうぞこれ……。」


だが池田主将は一切表情を変えない。

「佐倉が最後に放った矢を思い出せ!」


その言葉に空気が変わる。

西方高校との決勝、最後の一本。

あの静まり返った武道館。

「接戦になれば精神力も身体も地区予選とは別物になる!」

「勝ちたかったら今やれ!」


「……はいっ!」

苦しそうだった部員たちの返事が少し変わる。


湊は黙ったまま弓を握っていた。

あの一本、確かに今でも思い出せる。

震える指、重くなる呼吸、外せば終わる状況。


なんとか勝てた…。

でも池田主将の言葉は間違っていない。

今のままでは足りない。


巻藁の前に立ちながら、ふと空を見上げた。 冬空は灰色の雲に覆われていた。


……沙織は何してるかな。



その頃、西方高校では三者面談が行われていた。

教室には暖房が入っているはずなのに沙織の手は冷たかった。


「山内さんは、このまま地元国立大学の教養学部志望で良いですね?」

担任教師が資料を見ながら確認する。


「はい。」

隣で母親が少し前のめりになる。

「先生、推薦は可能なラインでしょうか?」


「今の成績を維持出来れば十分狙えます。」

「ただ、三年生からの伸び次第とも言えますね。」


その言葉に沙織は小さく頷いた。

地元国立大学、教員免許、小さい頃から考えていた将来。

ずっと目指して勉強してきた。


けれど最近、自分でも分かるくらい集中出来ていなかった。

理由は分かっている。

湊への気持ちだ。

電話を待ってしまう、会いたくなる。

勉強中でも、ふと顔を思い出してしまう。


もちろん湊が悪いわけじゃない。

浮かれて切り替え出来ていない、自分の甘さだった。


「山内さんなら大丈夫ですよ。」

教師の言葉に「ありがとうございます」と返しながらも、沙織の胸は少し苦しかった。


面談が終わり、母親と並んで廊下を歩く。

窓の外は曇り空だった。

「頑張らんとね。」

母親が優しく言う。


「うん。」

返事をしながらも、沙織は両手を強く握っていた。


……ちゃんと言わないと。

今のままじゃ駄目だ。

好きだからこそ、ちゃんとしないといけない。


その夜、いつものように他愛ない話をして、笑って…。

でも、沙織は受話器を握りながら小さく息を吸った。


「あのね、湊。」

少しだけ声が真剣になる。

「私、勉強頑張ろうと思うんよ。」


電話の向こうが静かになる。

冬の夜の沈黙は少しだけ長く感じた。

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