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瀬戸内今昔物語  作者: 森村征爾
第二章 高校生編
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第三十五話 用事の無い電話

文化祭が終わってから数日が過ぎた。

北方高校ではいつも通り授業が始まり、いつも通り部活がある。

朝の海沿いは風が冷たくなり始め、自転車を漕ぐ足元に冬が近付いていた。


なのに湊だけは、どこか落ち着かない。

授業中もふとした瞬間に文化祭を思い出す。

鹿島へ向かう夕暮れの道。

あの言葉。

思い出すたび顔が熱くなる。


「佐倉、聞いとんか?」

教師の声に慌てて立ち上がる。


「すみません。」

教室が笑う、最近こんなのばかりだ。


道場へ向かう途中も頭の中は沙織の事ばかりだった。

今までの日常が無くなった。

これが恋なんだと思う。


毎日会える訳でもなく文化祭みたいに長く一緒に居られる日なんて無い。


道場では池田主将の声が響いていた。

「佐倉!弓がうるさい!」

弓を引いても集中出来なかった。


隣で新古が苦笑する。

「重症やな。」


「助けてくれ…。」


「電話したらええやん。」

その言葉に湊の手が止まった。


電話?


たしかに文化祭以降、一度も話していない。

だが今まで二人の電話は、

「写真渡したい」 「試合の連絡」

みたいに理由があった。

用も無いのに電話するなんて考えた事もない。


家に電話すればお母さんが出るだろう。どう思われるのか…。


「無理やろ…。」


「なんで?」


「用事ない。」

新古は呆れた顔をしている。


「好きな相手の声聴きたいは立派な用事や。」


「……。」

その発想は無かった。

帰宅後、夕飯を食べながらも落ち着かない。

昇に相談してみるか?いや何を話したら良い?


部屋へ戻ると机の上には沙織のお母さんが撮影してくれ二人の写真が置かれていた。

袴姿の湊、制服姿の沙織。

並んで笑う二人。

見るだけで胸が苦しくなる。


電話、してみようか…。


いや、何話すんだ。


「今日寒かったね?」 違う。

「勉強どう?」 違う。

そもそも急に電話したら迷惑ではないか。

受話器を持っては置き、 持っては置きを繰り返す。


情けない…。

試合より緊張している気がする。


時計を見ると夜九時。

もう遅いかもしれない、やっぱりやめよう。 そう思った瞬間だった。

電話が鳴る、心臓が跳ね上がる。

「うわっ!」


慌てて受話器を取る。

「も、もしもし!」

「あ、湊?」全身の力が抜けた。


「……なんだ、昇か。」


「なんだとは何や。」 電話越しに笑っている。


「どしたん?今の声。」


「いや…別に。」


「怪しいな。」

「山内さんに電話しようとしたか?」

図星だった。


「……。」


「図星やん。」


「うるさい。」

昇は大声で笑う。


「まさか用事無いけん電話出来んとか考えてた?」


「……なんで分かるん。」


「経験値の差やな。」

ぐうの音も出なかった。


「中学になってからは連絡してなかったから…。」

湊が呟く。

「なんか急に電話するの変やろ。」


すると昇は笑いながら答える。

「好きな相手に電話するのに理由いるか?」


新古と同じ事を言われた。

「それに、向こうも待っとるかもしれんやん。」


「……。」

その発想は無かった。


「じゃあな、頑張れ。」 一方的に電話が切れる。

静かになった部屋で湊は受話器を見つめていた。

電話してみるか…。

深呼吸して番号を押そうとした瞬間電話が鳴る。


「うわっ!」

慌てて受話器を取る。


「も、もしもし!」


「あ、湊?」

今度こそ、その声だった。

「……沙織ちゃん?」


「なんその声?幽霊でも見たん?」

電話の向こうで笑っている。


「いや、ちょっとビックリして…。」


「ふーん。」

受話器の向こうからテレビの音が微かに聞こえた。


沈黙は続く。

けれど嫌な沈黙じゃない。

何を話せば良いか分からないのは湊だけではない、沙織もまた困っている。

先に吹き出したのは沙織だった。

「なにこの空気、ぎこちないやん。」


「…。」


「私も電話するの迷ったんよ。」

「用事ないのに…ね。」

胸の奥が熱くなる。


「でもなんか…声聴きたなったけん。」

沙織が呟く。


「……僕もや。」

湊は受話器を握りながら笑う。

その一言だけで二人は十分だった。

特別な理由なんて無い。

ただ、 声を聴きたくなる。


でも付き合い始めると我儘になるのかもしれない。もっと話したい。

なにより会いたくなった…。

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