第三十四話 「な」「ま」「え」
お汁粉会場を後にジュースを買い運動場のベンチに座る二人。
「あれで松沢さんは良い子なんよ。」
湊がそう伝えると、
眼鏡が光り始めていた。
「誰にでも優しくしちゃ駄目。」
「わかった?」
「はい…ごめんなさい。」素直に謝るのが良さそうだ。
「佐倉君。」
ふいに後ろから声がする。
振り向くと以前、練習中に声を掛けてた二人だった。
ひとりが囁く、
「香、行きな。頑張れ」
「優勝おめでとう。良かったらこれ使って下さい。」
丁寧に包装されリボンがついている。柔らかな感触がタオルだとわかった。
「ありがとう」と受け取るなり、
すかさず山内さんが間に入る。
「いつも「湊」「湊」がお世話になってます!」
二回言った…。名前、二回言った!
「これ、良かったらどうぞ。」と、ナイロン袋からクリームパンを手渡す。
「これからも湊の応援「だけ」…」
少し間をおき、
「お願いします。」
顔が笑っているのが逆に怖い。
二人が立ち去る姿を見届ける山内さん。
深いため息と冷たい視線で睨まれる。
「次から次に…。」
松沢さん並みの早い被せで謝る。
「すみませんでした…。」何に謝っているか…わからない。
冷や汗が止まらない文化祭は終わろうとしていた。
北方駅に送り届けた際、ふいに
「鹿島見てみたい。」と言うので歩いて鹿島に向かう二人。
今日の行動や発言に手応えを感じていたが、まだ山内さんから答えを聞いていない。
「あのさ、前に…。」
「ん?」
歩きながらふいに目が合ってしまう。
肩辺りで切り揃った黒髪が潮風に揺れる。
「その、す、好きと伝えたものの…。」
「返事…は?…。」
夕暮れの時間は国道196号線に車が往来していた。
「ん?」車の音がうるさかったのか、湊は再度、
「…へ、返事は…?」
顔がどんどん紅くなる湊。
「ん?」聴こえてないフリだった。
「鈍感な湊には何回も言わせないとね。」
笑っていたが、
「小さい頃にね、ガチャガチャで外れ引いてる私にキティちゃんのキーホルダーを渡してくれた男の子が居てね…。名前わからなくて。」
懐かしそうに話し始める。
「小学校が一緒になった時に私の直ぐ前の席がその男の子だったんよ。」
「優しさが昔と変わってなくて…嬉しくて。」
「やっと名前がわかった。」
「佐倉湊君。」
下を向き爪先を見ながら記憶を話し始める。
「足を怪我した私を汗だくで自転車に乗せ、
特等席で花火を見せてくれた、佐倉君。」
「弓道が好きで苦しんでも頑張る、湊君。」
「好きだと言ってくれた、湊。」
湊に向かってゆっくりと話す。
「私は…」
「子供の時も今も、佐倉湊が大好きだよ。」
交差点は青に変わる。
名前呼びが距離感だったとわかり始める湊。
「やられた…。」
二人は小さく笑いながら歩道を渡る。
二人にしかわからない時間を噛み締める様に。
そういえばと湊が切り出す。
「なんで試合の後、一人で帰ったん?」
「恥ずかしかったもん…。」
下を向いている。
「それより今日は楽しかった!」
もう笑っていた。
鹿島行きの港に到着すると、
「ふーん、ここかあ。」
と眼鏡が光り始める…。
「ここで松沢さんに私の名前言ったんだ」
「あまり思い出したくない話を…。」
湊が下を向く。
「私とこの場所来たから記憶は上書き出来た?」
ご満悦な顔をしている…。が、さらに追撃は止まらない。
「それと、」
「私の名前覚えてますかー?」
「な」「ま」「え」
「はい、どーぞ?」
「…。」
ボソボソ言う湊。
「なんて?」
耳に手を当てわざとらしく聞こえないフリをする。
「沙織…ちゃん。」
夕日に照らされた沙織の顔は今日で一番の笑顔だった。




