第三十一話 文化祭前夜
秋風が吹き始め、北方高校も夏服から長袖へ衣替えとなった。
朝の海沿いを走る自転車通学の生徒たちも、どこか夏の頃とは空気が違う。
堀江海岸から吹く風は涼しく潮の匂いにも少しだけ乾いた秋が混ざり始めていた。
校門には文化祭のチラシが貼られている。
北方高校文化祭開催
午後より映画上映、軽音部ライブあり。
毎年文化祭は盛り上がる。
模擬店やお化け屋敷、軽音部のライブに写真部の展示。
だが男子生徒たちにとって本当の意味での一大イベントは別だった。
午後から上映される恋愛映画。
映画の内容など誰も気にしていない。
誰と見るか?
それが北方高校文化祭最大の勝負だった。
いつもの練習中に 新古が矢を布で磨きながら話しかけてくる。
「なあ湊、文化祭の映画、誰か誘わんの?」
「行かない行かない。そんな相手もおらんし。」
湊は弦を張りながら適当に返した。
本当は一人だけ顔が浮かんでいた。 けれどその相手は西方高校の人だ。
北方高校の文化祭へ呼ぶなんて、さすがに勇気がいる。
新古は妙に真面目な顔をしていた。
「松沢さんから聞かれたんよ。」
「何を?」
「湊が誰誘うんか気になるって。」
「なんでそんな情報回るんよ…。」
「知らん。」
新古は本当に知らなさそうだった。
女子同士の情報網は恐ろしい。
男子弓道部の動きなど、いつの間にか把握されている。
湊はため息をつきながら空を見上げた。
秋空は高く雲がゆっくり流れている。
隣で新古も同じように空を見上げていた。
「はぁ…。」
二人同時にため息が漏れる。
「なんなんやろな。」
「恋愛やない?」
「疲れるな。」
「疲れる。」
弓道より難しいかもしれない…。
その日の練習後、 道場では文化祭の話題で持ちきりだった。
「宮下、お前マジで誘うんか?」
「いや、まだ分からん。」
「絶対断られるって!」
「うるさい!」
そんな声が飛び交う。
池田主将だけは一人で巻藁へ向かっていた。
だが時折、何かを考え込むように動きが止まっている。
帰宅し夕飯を食べ終える頃、電話が鳴る。
「もしもし?」
「あ、湊君?」
山内さんだった。
「写真できたけん渡したいんやけど。」
好きだと伝えた後なのに、 驚くほど普段通りの声だった。
湊だけが変に意識してしまう。
「土曜は文化祭あるけん、日曜な…」
「文化祭!? 行く!」
言葉を遮る勢いだった。
「へっ?」
「いつ? 何時から?」
矢継ぎ早に聞いてくる。
この勢いは母親そっくりだった。
「土曜日やけど…。」
「わかった! 北方駅で待ち合わせしよ! 十時ね!」
「あ、写真その時渡すけん!」
ガチャ。
電話は一方的に切れた。
「……。」
なんか昇にも似てきたな。
受話器を置きながら苦笑する。
けれど胸の奥は少しだけ浮ついていた。
山内さんが文化祭へ来る。
それだけで今年の文化祭は特別な一日になりそうだった。
もっとも湊はまだ知らない…。
西方高校の女子生徒を連れて歩くことが…、
新古に探りを入れた松沢さんら女子弓道部が…、
一途なある女子生徒が…。




