第二十七話 国体地区予選前半
朝の日差しが和らぎ、窓の外からは港に入る船の汽笛が鳴っていた。
湊は布団の上で手を見ている。
今日の試合は三年の池田主将と最後の試合になるかもしれない。
予選に勝てば来年までまた過ごせる。
団体戦で予選通過が今日の目標となる。
「やるしかないな。」
布団から起き支度を始める。
「湊、今日試合やろ?はい。」
太山寺のお守りを手渡される。
「これは…?」
「母さん試合はよくわかんないけど、自転車事故だけは怖いから交通安全のお守り。」
「ありがとう。」お守りを見る湊。
「……。」ゆっくり顔を上げる。
そして、
「母さん、いつもありがとう。」
母親は笑いながら、
「大人になったわい。」と。
そんな朝が高ぶる気持ちを解かす。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい。」
西方高校に到着し、武道館で道着に着替え始める。
新古は松沢さんからお弁当の差し入れを受け取り写真撮影したりとリラックスしていた。
ただ一人、池田主将はいつもと違う…。
「負けたら引退、負けたら引退…。」
心の声が漏れまくり、誰も近寄らない…。
いつものイメージを行っていると、
「湊君!」
山内さんが制服姿で武道館に入っていた。
首を少しかしげながら
「おはよ、調子は?」
「負ける気はしないよ。」軽口を言っていたが、あのスランプから壁を乗り越えた自信が今はある。
「帰りは一緒に帰らない?」
「わかった。またね。」
「ほなね。」
いつも良いタイミングで調整してくれる。いつも…。
「開会の挨拶始まりまーす。」
「選手は集まって下さい。」
係員の声で全員の顔が変わる。
午前の予選が始まり、団体戦では媛工や媛商、西方は的中率がズバ抜けていた。
外した数が1、2本のみ。
北方道場での練習でもこんな高い的中率は出ない。
射形も昨年見た選手たちとは違い、美しく綺麗な姿だった。
「北方高校お願いします。」
「はいっ!」
池田主将を先頭に礼をしながら射位に立つ。
一番手、ゆっくり弓を上げ引き始める。
続けて二番手が動作に入る。
湊の中で騒音が消え始める。
…入った…。
四番手が引き始め湊が起座から立位へ入りゆっくり的を見る。
……違う…。、
的しか見えない世界だ…。
周りが見えない、的しか見えない。
射法八節の時の世界だ。
周囲は消えていた。
的だけは、そこにある。
ゆっくり弓を上げ引き始める。
時が止まる。
会。
離れ。離した右手がどこにあるかわからない。
矢は的を射貫いた。
まだ、もっと…
もっと集中力を高めなくては…。
一番手が的中する、 二番手が弓を起こす。
焦れば射形は崩れる。
スランプの日々で嫌というほど知った。
四番手が動作を開始する。
イメージの世界から戻る湊。
再び音が消え始める…。
的は…。近い。
周りは…。山内さんが祈る姿が見えた。
会。
時の流れは湊のみ。
矢が頬の側にある感覚。
離れ。右手は…いつもの場所にある。
矢は音を立てず的に吸い込まれた。
静かな世界は続く。
紙の的に矢が的中する乾いた音が。
足踏みをする足袋が床を擦る。
弦が弓が伸びきった音が。
周りの音がゆっくり流れ、集中が最高潮に感じれた。
二本目、三本目湊は外さず的中。
残す矢は最後となり、池田主将が弓を起こし始める。
三番手まで的中。
四番手が弓を起こす、湊が立位から的を見始める。
女子弓道部も松沢さんも、男子部員も、そして山内さんも見守っている。
弓が軋む、弦が張り続ける。
会…。
そして
離れ…。矢は的を射貫く。
佐倉湊は皆中。
「ふぅ…。」息をゆっくり吐き残心。
道場に礼をし、控え室へ向かう途中
「佐倉君!」
振り返ると松沢さんだった。
「凄かったよ、湊君の矢は的中央に集まってた!」
わざわざ教えてくれる、本当に良い子だと思った。
「ありがとう、午後からも頑張るよ。」
控え室は盛り上がっていた。
池田主将と菅沢は三本的中、宮下、新古、佐倉は皆中。
団体戦、個人戦の上位に居る。
池田主将から、
「気を抜くな、昼飯食ったら集合!」
「はいっ!」
それぞれが昼食に向かう。
「湊君!」
山内さんが立っていた?いや…。二人立っている…。
「お久しぶりねぇ、湊ちゃん。」
山内さんのお母さんまで来ていた。
「湊ちゃん!カッコ良かったぁ~。」
「あんなに遠い的に当てるんやもん、╳○△…。」
「お母さん、うるさい!」
「はい、これ。」
三津浜焼きの差し入れだった、ありがたい。
「今、集中解けてる?」
心配そうに顔色を伺う山内さん。
「うん、これがあるから。」と三津浜焼きを持ち上げる。
外のベンチに移動し、山内さんとお母さん、湊で昼食を食べた後。
「写真撮ってあげるね。」
お母さんがバックからカメラを取り出した。
「はい、もっと横引っ付いて。」
「もっと、もっとよ!」
段々と声が荒くなる…。
山内さんの髪から良い匂いが鼻をくすぐった。
「まだよー、まだ、まだ。そのままー。」
恥ずかしい…。他校の選手たちがクスクス笑いながら通り過ぎる。
「はい、良いわよ。」
「じゃあ、湊ちゃん頑張ってね。おばちゃん先に帰るから。」
慌ただしく帰るお母さんを見送り、午後からの試合が始まる。




