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瀬戸内今昔物語  作者: 森村征爾
第二章 高校生編
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第二十六話 秋の国体地区予選メンバー


秋の国体予選に向け北方高校弓道部の練習は日に日に熱を帯びていた。


二年、三年が互いを競わせるように矢を放つ中、一人だけ異質な時間を持つ者がいた。

湊は誰よりも早く道場に入り、起座のまま静かに射の形を反芻していた。


最初は誰もがそれを無駄な時間だと笑っていた。

だが…笑いはいつの間にか消えていた。


皆が休憩に入ると湊は一人だけ弓を取る。

周囲の雑音が薄れていく。

矢を放つ前の一瞬だけ道場の空気が沈黙に沈んだ。

動きは、もう練習ではなかった。

イメージが現実にリンクする。

イメージした未来は後から現実と結び付く。


同じ場所に同じ軌道で的中するために弓は引かれていた。

その結果、矢羽は擦れ幾度も削れた。時には小さな筈を貫きジュラルミンの矢が裂けることさえあった。


「また母さんに頼んで、小遣い前借りだな……」

その呟きは誰にも届かない。


気づけば部員たちも射つ前に短い沈黙を置くようになっていた。

誰かが言い出したわけではない。

ただ、道場の空気がそうなっていた。


夕方、池田主将から秋の国体予選メンバーが発表された。


「勝ちに行く。選ばれた者は励め。メンバーは変更もあり得る。落ち込む暇はない。以上!」

一番手 池田

二番手 宮下

三番手 新古

四番手 菅沢

五番手 佐倉

湊は名前を呼ばれた瞬間、確かにそこに立っていたはずなのに、実感が遅れてやってきた。

喜びとは違う感覚だった。


ここまで来るのに自分ひとりの力ではなかった。昇や山内さんの言葉、母の毎日作ってくれる夕食、仲間たちと過ごした道場の時間。それらが静かに積み重なっていた。


胸の奥が熱を持ち始める。

「あの静かな世界に、また入りたい」弓を見ながら呟く。


鹿島からの潮風が夏の終わりを教えてくれた。

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