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瀬戸内今昔物語  作者: 森村征爾
第二章 高校生編
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第二十五話 きっかけ

家に帰ると、玄関に封筒が置いてあった。

台所から夕飯の支度をしながら、

「おかえり、山内さんが試合の写真持ってきてくれたんよ。お礼言いよ。」


靴を脱いで封筒持ったまま自室へ入る湊。

今は封筒を開けたくなかった。

少し前の写真だが、今とは真逆の自分がそこにはある。見る勇気がなかった。


ただ、お礼だけは…と電話する。

「あ、佐倉です。」

「湊君!、こんばんは~。」

山内さんのお母さんだ。

「ちょっとちょっと…。」電話の向こうでまた取り合いの声が聴こえる。

「もしもし!写真見た?」

山内さんが元気そうに話す。

「ありがとう、まだ見てないんよ」

少し声が小さかった。


「…。」

「金曜日の夜、会える?」

唐突に聴かれ戸惑ったが、金曜日は男子が道場を先に使うので、


「19時なら会えるけど」


「わかった、じゃあ渡し船の釣具屋前で待ち合わせね」

何か会う理由があったのかわからないが、深く考えなかった。


金曜日の夜、部活帰りに釣具屋に向かうと長椅子に制服姿の山内さんが手を振って待っていた。

「今、塾終わったんよ」と山内さん。


「なんかあったん?」

湊が自転車を止めながら質問する。


「何かあったんは湊君やろ?」


「…。」

「弓道、うまくいかんのよ。」

下向きながら呟いた。


「好きなん?弓道」


「好きやけん、今もやりよる。」

拗ねた子供みたいに下を向いたまま答える。


「なら続けたらええんよ。」

湊の答えにではなく、自分自身を振り返る様に話し始める。

「周りの事、気にしたら私みたいにしんどなる。今までもこれからも好きなら弓道やったら良いけん。」

辺りは暗くなり山内さんの座ったシルエットだけが暗闇に浮かぶ。


「周りと比べ始めたら、楽しかった事が苦しなるんは湊君だけやないんやけんね。」


ベンチから立ち上がり、湊の前に立つ山内さん。

「大事なんで、もう一度言います!好きなら続けなさい!」

笑いを誘う様な言い方だが、いつか聞いた様な懐かしくもあった。


その後も、練習試合からメンバー落ちた事、当たらない理由がわからないこと、全部話終えた時には21時になっていた。


「送るよ。」と伝えたが、子供やないからと笑って別れた。


港の漁船に波がぶつかる小さな音がしていた。

小さな小さな音が少しずつ理解する様に。


日曜日、堀之内道場に到着。

朝から一般の弓士が道着に着替え矢を射っている。

一般の方と学生たちが矢を回収していた、北方高校とは違う風景に驚いた。

池田主将が練士の方々へ挨拶し、媛工主将と今日の予定を話し合う。


練習試合に出るものは着替えを始め、湊たちは道場横から見学していた。


しばらく見ていると一般の方が学生に教えているが、皆厳しい指導ではなく

「離れは止めて離さず伸びながら離すと良くなるよ。」

「的を見ているより弓の中に的を入れてみたら?」など練士が優しく教えている。

学生や一般の方らものびのびしながら射っている。

媛工の学生たちは誰一人、的中結果を気にしていない、記録もつけていなかった。


…好きなんやな…。

そこには年齢も段位も過去の実績も関係無くて、


ただ弓道が好きなんや…。


北方高校では周りの上達を気にしながら、的中結果を気にしながら毎日弓を引いていた。

いつの間にか結果を求めていたのか…。

的中数、池田主将の顔色、レギュラー獲得、新古らへのライバル意識。


いつからだろう…。


新古たちを妬み、主将の言葉が耳に入らず、いつの間にか入賞した自分の在り方が特別と思ってしまっていたのは…。


堀之内道場で見失っていたことが見えた気がした。


「好きなら続けなさい!」

頭の中で声が響く。


早く弓が引きたい。

まだ…。もっと弓道が好きになれる気がした。


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