第二十四話 照明塔
昇と話した翌日、湊は一人で道場の隅に立っていた。
射法八節を何度も何度も繰り返す。
足踏み、胴造り、弓構え…。
入部した頃に何度も繰り返した基本を最初からやり直していた。
ゴム弓を引き肩の位置を確認し巻藁へ向かって矢を放つ。
乾いた音だけが静かな道場に響いた。
以前なら一本引くだけで楽しかった。
少しでも上手くなりたくて、家に帰っても弓道の本を見ていた。
どうすれば綺麗な射形になるのか、そればかり考えていた。
なのに今は違う。
頭の中にあるのは、
「外したらどうしよう」
という焦りばかりだった。
隣では新古が的中を重ねている。
二年生たちも試合後から安定してきた。
一本当たるたび、 「射っ!」 と声が飛び道場の空気が明るくなる。
その輪の中に自分だけ入れていない気がした。
秋の国体予選が近づいていた。
池田主将は毎日部員一人一人の的中数を細かく記録している。
誰が安定しているか? 誰を試合で使うか?
三年生だからという理由だけではもう選ばれない。
そんな空気が最近の道場にはあった。
練習が終わり、池田主将が巻藁の前に立った。
「今から名前を貼り出す」
道場の空気が少し張り詰める。
「来週の日曜、堀之内の道場で練習試合をやる。 選ばれた奴は道着持参。 名前が無くても現地では射てるから全員来るように。以上」
それだけ言うと、池田主将は一枚の紙を壁に貼った。
一瞬で人が集まる。
「お、入ってる!」
「マジか、俺レギュラー候補や!」
新古たち二年生の声が弾んでいた。
湊は少し遅れてその紙の前に立つ。
上から順番に名前を追った。
池田。 宮下。 新古。 田中。 菅沢。
……。
もう一度見る。
視線を端から端まで動かす。
けれど、
佐倉湊
その名前はどこにも無かった。
胸の奥が静かに冷えていく。
三年生たちの顔も青ざめている。
最後の思い出として出してもらえる。
どこかで、そんな甘い期待をしていたのかもしれない。
でも池田主将は違った。
勝つ為のメンバーを選んだ。
それだけだ…。
湊は何も言えず道場を出た。
外はもう夜だった。
道場横のグラウンドでは、野球部がまだ練習している。
白い照明塔の下、掛け声と金属バットの音が夜空へ響いていた。
その光景を見ながら自転車置き場へ向かう。
ライトに照らされたグラウンドが妙に遠く感じた。
まるで、自分だけ別の場所に取り残されているみたいだった。
水泳を辞めた時もこんな気持ちだった。
周りだけが前へ進んでいく。
努力しても届かない奴は静かに置いていかれる。
あの時の冷たい感覚が胸の奥から少しずつ蘇ってくる。
北条発松山行き線の踏切が鳴り始めた。
遮断機の向こうをワンマン電車がゆっくり通り過ぎていく。
帰宅する乗客たちは皆、疲れた顔をして窓にもたれていた。
湊は踏切の前で自転車を止めたまま、ぼんやりその光を眺める。
……ぼくは、また諦めるのかな…。
遮断機が上がっても、すぐにはペダルを踏み出せなかった。




