第ニ十三話 スランプ
当たらない…。
夜の堀江海岸沿いを、湊は自転車で走っていた。
潮風が頬を撫でる、 磯の匂いが肌へまとわりつきシャツが少し湿っていた。
試合が終わってから、完全に調子を崩していた。
いくら射っても当たらない。
鏡の前で何度も射形を確認し 肘の位置、 離れ、 足踏みまで細かく修正した。
けれど、あの日の感覚には戻れなかった。
宮下は絶好調だった。
新古も当たり始めている。
田中や菅沢も池田主将の指導で、完全に主力になりつつあった。
なのに自分だけが置いていかれている…。
堀江海岸の沖で花火が上がった。
夜空に光が広がり、 少し遅れて低い音が届く。
「今日、花火大会か……」
湊はペダルを止めた。
道路では車が途切れることなく走っている。
遠くで鳴る花火の音だけが夏の夜へ響いていた。
ぼんやり眺めながら思う。
あの静かな世界に入れなくなっていた。
一年の頃、 初めて感じた感覚。
新人戦で入った、あの時間。
周囲の音が消え、身体だけが自然に動く世界。
今はもう、どれだけ集中しても届かない。
「はぁ……」
ため息は夜風へすぐ溶けた。
北方高校の誰にもこの感覚はなかった。
好きなだけじゃ駄目だと思って 毎日努力してきた。
今も続けている。
なのに結果が出ない。
「当て気になっとる訳でもないのに……。」
小さく呟き、再びペダルを踏む。
今夜、昇に相談してみるか。
帰宅した頃には、もう二十二時を過ぎていた。
湊は部屋から昇へ電話をかける。
数回のコール音のあと、
「おう!どした!」 いつもの大きな声が返ってきた。
「……スランプなんよ」
素直に話せる相手は昇くらいだった。
「試合みたいに集中出来んなった」 「最近、全然当たらん」
少し黙ったあと、 昇は笑った。
「当たり前やろ」
「……は?」
「俺らが水泳しよった時と同じやけん」
意味が分からず、湊は眉をひそめる。
「どういうこと?」
昇は少し考えるように言った。
「楽しかった」 「頑張った」 「結果出た」
そこまでは分かる。
二人とも、ずっとそうやってきた。
「でもな」 昇の声が少し真面目になる。
「水泳も野球も弓道も、壁を越えたやつしか先見えんのよ」
「壁?」
「今のお前やろな」
電話越しに昇が笑った気配がした。
「同じことだけやりよったら、そのうち止まる」
「上手くもならん」
湊は少し黙る。
「……じゃあ何したらええん?」
「あはは」 昇が吹き出した。
「弓道なんか知らんわ!」
ガチャ。
電話が切れた。
「……またかよ」
昔から、最後だけ適当だった。
けれど、 同じことばかり繰り返していたのは確かだった。
湊は部屋の鏡を見る。
射形を直して当てようとして、また崩れる。
その繰り返しだった。
「ふぅ……」
それでも何を変えれば良いのか分からない。
庭先から、 鈴虫とキリギリスの鳴き声が聞こえていた。
いつの間にか夏は終わり始めていた。




