第十四話 鹿島
一夜明けると、道場の空気が少し変わっていた。
男子と女子が入れ替わる時間。
すれ違う女子部員たちが、ちらちらと湊を見る。
ひそひそ声、誰かが笑う声。
完全に広まっとる……。
湊は小さくため息を吐いた。
昼の休憩時間には小さく折られた手紙を松沢さんから渡される。
開くと放課後の待ち合わせ場所が書かれている。
このままは駄目だ。
新古にも悪い。 松沢さんにも悪い。
ちゃんと誤解を解かないと。
そう思っているのに、その日の湊は全く集中できなかった。
離れが早い。 狙いも定まらない。
「佐倉っ!」
池田先輩の声が飛ぶ。
「はい…。」
「弓がうるさいぞ」
湊は言葉の意味が分からなかった。
「当てようとしすぎや、周り気にしすぎとる」
図星だった…。
返事が詰まる。
池田先輩は矢を取りへ向かいながら続ける。
「弓は正直やけんな」
「迷っとる時は、そのまま射に出る」
湊は何も言えなかった。
放課後、道場の片付けが終わる頃にはもう二十時を回っていた。
「しごかれたな!」
新古が笑いながらスポーツドリンクを投げてくる。
「これ飲めや」
「……ありがと」
新古はまだ何も知らない。
それが逆に苦しかった。
北方駅前へ着くと、夜のロータリーにはタクシーが数台並んでいた。 冬の駅前は静かだった。
辺りを見回す。
するとパン屋の前で小さく手を振る姿が見えた。
松沢さんだった。
「あ、ごめんね。遅くなった」
湊は慌てて駆け寄る。
「あのね、今日はちゃんと……」
言いかけた時だった。
「お腹空いたやろ?」 松沢さんが笑いながら紙袋を差し出す。
「クリームパン買っといたんよ」
「……え?」
「部活後やけん、お腹空くかなって」
どうにも調子が狂う。
話そうとすると、先に言葉が返ってくる。
「ありがとう……」
湊はクリームパンを受け取った。
松沢さんは嬉しそうに笑っている。
いかん!
このままやと余計誤解される。
周囲にはまだ部活帰りの北方高校生たちがいた。
ここじゃ話しづらい。
「あのさ」 湊は少し迷ってから言う。
「場所変えて話したいんよ」
「場所?」
「鹿島行きの港、今の時間は船出てないけん静かやし」
駅から歩いて十五分ほどにある。
夜の港なら静かに話せると思った。
だがしかし…。
松沢さんは少し照れたように笑った。
「……そこ、二人きりになれるね」
「え?」
湊は一瞬きょとんとする。
けれど、その意味を深く考えないまま歩き出した。
冬の港町は静かだった。
湊はまだ、 事態がさらにややこしくなっていることへ気づいていなかった。




