第十三話 年明け
年が明けると、すぐに日常が戻ってきた。
昇は野球部の練習、 湊は弓道、山内さんも、
「明日から勉強漬けや」と笑っていた。
「また集まろうや」 別れ際にそう約束し新学期が始まった。
二日目の朝。 北方高校弓道場には、張り詰めた空気が流れていた。
「っざす!」
部員たちの声が響く。
今日は打ち始め。
新年最初の一本を新主将が射る。
北方高校弓道部には昔から変なジンクスがある。
最初の矢が当たればその年は勝ちが多い。 外せば負けが続く。
ただの迷信。 けれど皆、妙に信じていた。
射位へ入ったのは池田先輩だった。
秋の大会の時とは違う、緊張より静けさがあった。
弓を構える。
その姿を見た瞬間、湊は思う。
綺麗だ。
弓と人が一つになっているようだった。
打起し、引分け、 会。
静かな時間が流れる。
そして離れ。
放たれた矢は真っ直ぐ的へ吸い込まれた。
「射っ!!」
部員たちの声が道場へ響く。
池田先輩は形を崩さない、残心のまま静かに立ち続けていた。
やがてゆっくり弓を下ろす。
見事な的中だった。
湊は小さく息を吐く。
すごいな……。
今年の夏頃には自分たちも二年生になる。
レギュラー入りも見えてくる。
負けたくなかった。
昇にも、他校の連中にも、誰にも。
「湊、ちょっとええか?」
振り返ると新古が困った顔で立っていた。
「どした?」
新古は周囲を気にしながら小声になる。
「実は……好きな子おるんよ」
「あっ、そ」
湊の返事は素っ気なかった。
「女子弓道部の……」
「へぇ」
正直、あまり興味がない。
けれど新古は本気だった。
「頼むよ……相談乗ってくれや」 「湊、中学一緒やろ? 間入ってくれん?」
涙目で頼み込まれる。
好きなら好きって言えばいいのに。
湊には、その感覚がよく分からなかった。
けれど、新古の顔は大会前みたいに真剣だった。
「……話だけなら聞く」
「ほんま!?」
新古は露骨に安心した顔をする。
放課後。 男子の練習時間が終わる頃、女子部員たちが道場へ集まり始めた。
道着姿の女子部員たちは、男子とは違う空気がある。
胸当てを付け、髪を結い、静かに歩く姿はどこか凛として見えた。
「あ、松沢さん」
湊が声を掛けた瞬間。
女子部員たちが一斉にこちらを見る。
……なんか嫌な空気やな…。
「松沢ちゃん、行きなよー」
「先輩には言っとくけん!」
全部聞こえてる…。
柔道場横の廊下で、二人きりになる。
遠くから、 「一本っ!」 と柔道部の声が響いてくる。
湊は新古に頼まれていた「好きな人居るのか?」それを確認しようとした。
「あのさ……」
何故か松沢さんは顔を真っ赤にしていた。
まずい。
これ、完全に違う流れになっとる。
早く好きな人がおるか聞いて終わらせよう。
そう思った瞬間。
「私も佐倉君が好きなんよ」
「……。」
「…。…。…。」
湊の思考が止まる。
待て待て待て。
なんでそうなる。
頭の中が真っ白だった。
松沢さんも真っ赤になったまま俯いている。
冬の風だけが吹き抜ける。
何か言わないと。
でも何を言えばいいのか分からない。
「あ……ありがとう……」
やっと出た言葉は、それだった。
松沢さんは小さく笑った。
「今日は練習あるけん、またね」
そのまま走るように去っていく。
柔道場から再び、
「一本っ!」
一人残された湊は、その場で立ち尽くしていた。
腰折れ山から吹き下ろす冬の風が、容赦なく頬へ当たる。
けれど今は、 寒いのかどうかすら分からなかった。




