第十話 雪の降る日
湊は居間で、今年最後の夕食を食べていた。
テレビでは年末特番が流れている。 母は慌ただしく台所を行き来していた。
「夜に年越し蕎麦作るけん、あとで商店街行ってくるわ」
「うん」
湊は一人で味噌汁を飲みながら、この一年をぼんやり振り返っていた。
弓道ばかりの一年だった。
けれど不思議と嫌な記憶は少ない。
ピンポーン。
「誰やろ」
湊は立ち上がり玄関へ向かう。
扉を開ける前に外から声がした。
「湊ーっ!! おれおれ!」
昇だった。
野球部の練習帰りらしく、ジャージ姿のまま立っている。
「今夜暇か? 初詣行こうや」
「初詣?」
「年越しやし」
昔と変わらない笑い方だった。
湊も少し笑う。
「わかった。じゃあ夜11時な」
「おう!」
約束した瞬間、昇は自転車へ飛び乗りそのまま勢いよく走り去っていく。
嵐みたいなやつだな。
でも、久しぶりに話すと少しだけ子供の頃へ戻った気がした。
玄関前の街灯が灯り始める。
灰色の空は重く、海風が冷たかった。
「……雪降るかな」
夜の11時を過ぎても昇は来なかった。
母は「昇君も来るなら」と言いながら、追加の蕎麦を用意してくれている。
遅いな…。
電話しようかと思った、その時だった。
ピンポーン
「遅いぞ!」
勢いよく扉を開けた湊は、そのまま固まった。
昇の隣に、知らない女の子が立っていた。
肩までの髪、白いマフラー、 丸い眼鏡。
色白の顔が、街灯に照らされている。
誰だろう?昇の彼女ではない。
湊はじっと相手を見る。
すると女の子が、小さく笑った。
「こんばんは。久しぶりだね」
その声で、ようやく記憶が繋がった。
「……え?」
後ろでは、昇がニヤニヤしている。
「もしかして……」
「もしかして!」
女の子は口元を隠しながら笑う。
「やっとわかった?」
「山内さん!?」
思わず大声が出た。
昔の癖毛はなくなっていた。 雰囲気も全然違う。
それでも笑い方だけは、少し昔のままだった。
「清水君から連絡もらったんよ。一緒に初詣行こうって」
「ほれ」
昇が得意げに笑う。
「西方高で見つけたのに話してないんやろ? 久々に集まればええやん思ってな」
久しぶりの再会だった。
なのに湊の口から出たのは。
「……蕎麦、食べる?」
一瞬、玄関先が静まり返る。
そして次の瞬間。
三人は同時に笑い出していた。
雪の降り始めた夜だった。




