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瀬戸内今昔物語  作者: 森村征爾
第二章 高校生編
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第六話 通学中の音楽


弓道部へ入ってから半年が過ぎた頃、湊は通学方法を変えた。

それまでは毎朝、渡し船へ乗り港山駅から電車へ乗り換えて通っていた。

けれど弓道を始めてから下半身をもっと鍛えたいと思うようになった。


「足腰が弱いと離れがぶれるぞ」

池田先輩に言われた言葉が頭に残っていた。

それから湊は自転車で通うようになった。


港山駅から北条市にある高校まで自転車だと、およそ90分。 朝はまだ日が高くなる前に家を出る。

夏の港町は朝から蒸し暑かった。 海から吹く風は涼しいどころか、自転車を押し返してくる。 向かい風の日は少し坂になるだけで足が止まりそうになった。

最初はきつかった。


堀江海岸へ出ると視界が一気に開ける、 朝の瀬戸内海は静かだった。

波の色はまだ薄暗く遠くの島影だけがぼんやり浮かんでいる。

湊はイヤホンを耳へ押し込み音楽を流した。

好きなバンドの曲。 ラジオで流れていた歌詞の意味も分からない洋楽。

堀江海岸沿いを走りながら音楽を聴く時間が好きになっていた。


信号待ちで止まると 汗が首筋を流れていく。

その間も頭の中には弓道のことばかり浮かんでいた。

どうすればもっと綺麗にに引けるのか。

どうすれば、あの静かな世界へ近づけるのか。


ふと信号の向こうに貼られていた花火大会のチラシが目に入った。


堀江海岸花火大会。


風に揺れるその文字を見た瞬間、梅津寺公園の海が浮かぶ。

ラムネ瓶の冷たさや波の音。 暗い海へ映っていた花火。

気がつけば花火大会へ最後に行ったのは、小学六年の時だった。

中学へ入ってからは昇も野球ばかりになった。

自分も水泳を辞めてから祭りへ行かなくなっていた。


信号が青へ変わる。

湊はペダルを踏み込んだ。

頭の中はすぐ弓道へ切り替わっていく。


もうすぐ秋の大会が始まる。

三年生にとっては最後の大会。

けれど湊にとっては初めて他校の弓道を見ることが出来る場所だった。


強い学校、 知らない学校の道場、 知らない部員。

楽しみだった。


風を切りながら走る、イヤホンから流れる音楽よりも今は弦の震える音の方が頭へ残っていた。

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