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瀬戸内今昔物語  作者: 森村征爾
第二章 高校生編
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第一話 通学


湊の中学三年間、あまり良い思い出がなかった。


授業中に机を蹴る音、廊下で響く怒鳴り声、 教師に灰皿を投げたという噂まであった。

窓ガラスが割れるたびに誰かが笑っていた。

最初は驚いていた湊もいつしか何も感じなくなっていた。

問題を起こす連中もいたが大半の生徒は面倒事に巻き込まれないよう静かに過ごしていた。


湊もその一人だった。

誰かに逆らうわけでもなく、ただ三年間をやり過ごした。


昇は違った。

野球部へ入り毎日泥だらけになっていた。

坊主頭のまま真っ黒に日焼けし練習試合だらけの日々を送っていた。

そして三年の夏。

県内でも有名な強豪校から推薦をもらった。


「甲子園行ったるけんな!」

そう笑っていた昇は、本当にどこか遠くへ行ってしまうように見えた。


僕は…。


湊は渡し船乗り場で海を見つめる。

山内さんに言われた言葉を時々思い出す。


……好きなら続けたらええやん。


けれど中学へ入った頃にはもう差は決定的だった。

中三の先輩たちの身体は、子どもではなかった。

広い肩。 長い腕。 水を掴む大きな手。

自分だけが置いていかれている気がした。

そして湊は、水泳をやめた。


不思議なことにそれからだった。

身長は急に伸び始め 高校へ入る頃には178センチになっていた。

けれど体重は60キロほどしかない。

細長い身体は、どこかまだ未完成だ。


「部活……やろうかな」

小さく呟く。

高校から始めても遅いかもしれない。

今さら夢中になれるものなんてあるんだろうか。

そんなことを考えながら湊は渡し船を呼ぶボタンを押した。

しばらくすると、対岸から小さな船が近づいてくる。


湊が選んだ高校は三津浜のある松山市から隣の北条市にある県立北方高等学校だった。中学校から離れた場所に行きたかった為だ。


朝の港には通勤する大人たち、 高校へ向かう学生たちが並んでいた。

冷たい潮風が制服の隙間から入り込む。

船が岸へ着き、皆が無言で乗り込んでいく。

エンジン音を響かせながら渡し船はゆっくり海を渡り始めた。

湊は船の端に立ち港町をぼんやり眺める。


小さな漁船、 朝日に光る海。

見慣れた景色だった。

けれど今日からは高校生になる。

港山駅へ着くと学生たちは足早に駅へ向かっていく。

湊もその流れに混ざり電車へ乗り込んだ。

揺れる車内。

窓の外には春の瀬戸内海が流れていく。


中学みたいな三年間は嫌だった。

ただ時間を耐えるだけの日々にはしたくない。

水泳をしていた頃みたいに何かに夢中になりたかった。

電車の窓へ映る自分の顔を見ながら、湊は小さく息を吐いた。


「今度は、ちゃんとやろう」

誰にも聞こえない声だった。

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