第十話 進路
年が明け、港町の風はさらに冷たくなっていた。
学校帰り湊は商店街へ向かう細い道を歩いていた。
空は灰色で、海から吹く風が頬に刺さる。
「さぶっ…。」
前の方を小さな背中が歩いていた。
黄色い通学帽。 そこから少しだけ飛び出した癖毛。
「あ……」
自然と口が動いていた。
「山内さん」
「あ、佐倉君」
吐く息が白い。
湊は少しだけ早足になり、隣へ並んだ。
「一緒に帰ろや」
言ってから、自分でも少し不思議だった。
今までなら、こんなふうに自分から声をかけたりしなかった気がする。
「うん」
山内さんは笑った。
二人は並んで歩き始める。
商店街からは魚を焼く匂いが流れてきていた。
電気屋の前では夕方のニュースが流れている。
どこにでもある冬の帰り道だった。
「佐倉君は中学どこ行くん?」
「どこって、松ヶ浜中やろ」
湊は笑いながら答える。
「山内さんもやん」
すると少しだけ視線を落とした。
「……私は県立の西方中なんよ」
「え?」
思わず足が止まる。
「県立の西方中、受かったけん」
風の音だけが聞こえた。
湊には、意味がすぐには入ってこなかった。
中学なんて、みんな同じ場所へ行くものだと思っていた。
ずっとそうだった。
小学校も。 通学路も。 商店街も。
当たり前みたいに、みんな同じ場所にいると思っていた。
「お母さんがね」
山内さんが少し笑う。
「高校までそのまま行けるけん、受けときって」
西方中は進学校だった。
頭の良い子が受ける学校。
山内さんは昔から成績が良かった。
先生にも期待されていた。
「……ほうなんや」
湊はそれだけしか言えなかった。
胸の奥が少し重い。
それは、水泳で勝てなくなった頃の感覚に似ていた。
周りだけが先へ進んでいく感じ。
自分だけ置いていかれる感じ。
「ほうか」
湊は帽子を深く被り直す。
「ほな、会えんなるな」
本当は家も遠くない。
会おうと思えばいつでも会える。
けれど、なぜかそう言ってしまった。
山内さんも頷く。
「……うん」
それ以上、言葉が続かなかった。
二人はしばらく無言で歩く。
港の方から、カモメの鳴き声が聞こえた。
ふと湊の視線が、山内さんの鞄についたキーホルダーへ止まる。
色が剥げ何の形か分からないゴム製のキーホルダー。
「それ、祭りの日の巾着についてたやつやろ?」
「うん」
少し嬉しそうに笑う。
「宝物なんよ」
「へぇ」
湊は近くで見つめる。
「でもこれ、何かのキャラクターなん?」
「もうゴムの塊やん」
次の瞬間。
山内さんがじとっとした目で湊を見た。
「……キティ」
「へ?」
「キティちゃん!」
少し不機嫌そうに言う。
その顔がおかしくて、湊は思わず吹き出した。
「わからんわ、こんなん!」
「ひどい!」
山内さんは鞄を抱えるようにして歩き出す。
けれど、その顔は笑っていた。
冬の夕暮れが、港町をゆっくり包んでいく。




