第6話「ドライブと、まだ決まっていない未来」
第6話です。
今回はゴールデンウィークのドライブ回。
少し遠くへ行くだけのはずなのに、いつもと違う距離感が見えてきます。
テーマは「旅行に行くならどこか」。
軽い会話のはずが、いつの間にか「誰と行きたいか」という話に近づいていきます。
そしてこの回では、初めて玲の中に違和感が生まれます。
ほんの小さなズレが、少しずつ形になり始める回です。
ゴールデンウィークの朝は、いつもより少し軽い。
講義がないだけで、こんなに気分が違うのかと思うくらい、空気がゆるい。駅前にはスーツケースを引いた人たちがいて、どこかへ向かう感じが街全体に広がっていた。
その中で一番浮かれているのは、間違いなく玲だった。
「いや、ドライブってだけでテンション上がるだろ普通」
レンタカーの鍵を受け取った玲が、やけに得意げに言う。
「まだ何も始まってないけど」
美咲が笑う。
「玲が一番楽しみにしてたよね」
「そりゃそうだろ。免許取ってからちゃんと運転するの初めてだし」
「“ちゃんと”が不安なんだけど」
陸が言うと、玲はすぐ振り返る。
「大丈夫だって。安全運転の男だから」
「それ自分で言うやつは信用できない」
「ひど」
軽く言い合いながら車に乗り込む。
白いコンパクトカー。
特別でも何でもないはずなのに、三人で乗るだけで少し特別に見えるから不思議だった。
助手席には美咲、後部座席に陸。
玲がエンジンをかけると、小さな振動と一緒に“出かける感じ”が一気に現実になる。
「もうこれで旅行感あるわ」
玲がハンドルを握りながら言う。
「まだ全然近場だけどね」
美咲がナビを確認しながら返す。
「距離じゃないんだよ、気持ちなんだよ」
「便利な言葉だな」
陸が後ろから言うと、玲は「それ前も言われた気がする」と笑った。
車は街を抜けて、少し広い道へ出る。
窓の外には初夏の光。桜の季節とは違う、少しだけ強い日差しが道路を照らしていた。
「音楽かけていい?」
美咲が聞く。
「むしろお願い」
玲が即答する。
「無音だと逆に緊張する」
「運転に集中してよ」
「してるって」
流れたのは、カラオケのときにも話題に出た曲だった。
明るすぎず、でも重すぎない。ドライブにはちょうどいいテンポ。
「いい選曲」
玲が言う。
「でしょ?」
美咲が少し嬉しそうにする。
「玲だともっとテンション高いやつ選びそう」
「それも候補だった」
「絶対そう」
陸が後ろから言うと、三人で笑う。
その空気が、いつも通りで、少しだけ安心する。
「なあ」
玲が前を見たまま言う。
「旅行行くなら、どこ行きたい?」
「急だな」
陸が言う。
「いやでも、こういうときの話題だろ」
「それはわかる」
美咲が笑う。
「じゃあ玲から」
「俺? 沖縄」
「即答」
「いいじゃん。海きれいだし、何も考えなくてよさそうだし」
「玲っぽい」
美咲が言う。
「なんも考えずに楽しめるとこ好きそう」
「褒めてる?」
「たぶん」
「たぶんって何だよ」
笑いながら、美咲が続ける。
「私は温泉とかいいな」
「お、落ち着いてる」
「意外?」
「ちょっと」
「旅行ならゆっくりしたいし」
「わかる」
玲は素直にうなずく。
「陸は?」
後ろから少し間があって、陸が答える。
「俺も、ゆっくりできるとこがいいかな」
「やっぱそっちか」
玲が笑う。
「陸、絶対旅館の朝ごはん好きそう」
「朝ごはんで判断するなよ」
「でもわかる」
美咲がすぐ言う。
「ちゃんと起きて食べてそう」
「それ褒めてる?」
「褒めてる」
また三人で笑う。
少しだけ会話が途切れて、曲のサビが流れる。
信号待ちで車が止まる。
その流れのまま、玲が何気なく言った。
「じゃあさ、三人で旅行とかもありじゃね?」
軽いノリだった。
ただ思いついただけ。
でも言った瞬間、ほんの一瞬だけ空気が止まった気がした。
「……いいね」
美咲が少しだけ間を置いて答える。
「楽しそう」
陸も「まあ、いいな」と言う。
普通の返事。
変じゃない。
それなのに、なぜか引っかかる。
「なんだよ、その間」
玲が笑う。
「もっとテンション上がるかと思った」
「いや、行きたくないわけじゃないよ」
美咲が言う。
「ただちょっと想像しただけ」
「何を?」
「三人で旅行って、なんか不思議だなって」
「なんで?」
「ずっと一緒って感じするじゃん」
その言葉に、玲は「まあな」と返す。
後ろから陸が言う。
「人数少ない方が、ゆっくりはできるけどな」
玲はバックミラー越しに陸を見る。
「少ないって?」
「いや、別に深い意味じゃなくて」
陸は続ける。
「大人数より楽ってだけ」
「まあ、それはそうだけど」
玲はそう言いながら、なぜかその言葉が残る。
少ない人数。
二人でもいい、ってことか。
そこまで考えて、自分で少し変だと思う。
「じゃあ俺いらないじゃん」
気づけば言っていた。
笑いながら。
冗談みたいに。
でも少しだけ、本気が混ざっていた。
「そんなことないよ」
美咲が答える。
ほんの一瞬、間があった。
それだけなのに、妙に気になる。
「いや、冗談だけど」
玲はすぐに笑う。
「俺いないと運転できないし」
「そこ?」
美咲が吹き出す。
「役割の話になるのやめて」
「大事だろ」
「玲らしい」
そのやり取りで空気は戻る。
話題もまた軽くなる。
サービスエリアで何食べるかとか、旅行先で買う変なお土産の話とか。
いつも通り。
それなのに、玲の中には何かが残っていた。
うまく言えない違和感。
嫌なわけじゃない。
でも、少しだけ引っかかる。
車は海沿いの道に出る。
一気に視界が開ける。
「うわ、海」
美咲が声を上げる。
「いいなこれ」
玲も笑う。
車を停めて外に出る。
風が強い。
でも気持ちいい。
「ちゃんと遠く来た感じするね」
美咲が言う。
「だろ?」
玲が笑う。
三人で並んで海を見る。
静かな時間。
玲はふと、前に美咲が言っていたことを思い出す。
同じごはんでも、誰と食べるかで全然違う、って。
そのときは軽く聞き流していたのに、
今は少しだけ意味がわかる気がした。
「まあ結局さ」
玲が言う。
「どこ行くかより、誰と行くかだよな」
美咲が「うん」と答える。
陸も「たぶんな」と言う。
玲は笑った。
ちゃんと笑えた。
でも心のどこかで、
自分が今その言葉を言った意味を考えていた。
ゴールデンウィークの風は気持ちよくて、
三人でいるには十分すぎる日だった。
それでいいはずなのに、
玲の中にはまだ名前のない何かが残っていた。
旅行の話をしていただけ。
ただそれだけなのに、
未来の話は、今の関係を少しだけはっきりさせることがある。
第6話を読んでいただきありがとうございます。
この回では、これまでと違い「玲の視点」での変化を入れています。
・美咲と陸の会話のテンポ
・三人でいるはずなのに感じる小さな違和感
・冗談の中に混ざる本音
玲自身もまだはっきりとは気づいていませんが、確実に何かを感じ始めています。
そして「どこに行くかより誰と行くか」という言葉が、これまでとは違う意味を持ち始めています。
次回は、その違和感がさらに広がる回になります。
日常の中で、少しだけ踏み込んでしまう瞬間。
そのとき、3人の関係がどう動くのかを描いていきます。
引き続き読んでいただけると嬉しいです。




