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あのとき、3人で笑ってた理由をまだ知らない  作者: れいじ


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第4話「食堂と、当たり前じゃない距離」

第4話です。


今回は大学の食堂。


特別な場所ではないけれど、だからこそ“普段の関係”がそのまま見える場所です。


3人でいるのが当たり前のようで、実は少しだけ違う。


そんな感覚を、何気ない会話の中で描いています。


食堂あるあるも含めて、ゆるく楽しんでもらえたら嬉しいです。

四月も半ばを過ぎると、大学の空気は少しだけ落ち着いてくる。


新入生のぎこちなさも、構内に貼られたサークル勧誘の熱っぽさも、最初のころほど目につかなくなる。授業と授業の間に人が流れて、昼になれば食堂が混み始めて、夕方になればそれぞれの予定に散っていく。


その当たり前の流れの中で、三人そろって大学の食堂にいるのは、意外なくらい珍しかった。


「なんか新鮮だな」


トレーを持ったまま、玲がきょろきょろと辺りを見渡す。


「何が?」


美咲が隣で聞く。


「食堂に三人いるの」


陸が少し笑った。


「まあ、たしかに珍しいかも」


「二人はあるんだけどね」


美咲がそう言って、水の入ったコップをテーブルに置く。


玲はその言葉に反応して眉を上げた。


「え、そうなの?」


「あ、いや」


美咲は一瞬だけ言葉を止めて、それから軽く笑う。


「たまに、だよ」


「講義の時間が近いときとか」


陸が自然に付け足す。


玲はへえ、と声を漏らしたあとで、どこか面白がるような顔になった。


「俺抜きで食堂来てんの?」


その言い方は軽かった。冗談半分、いつもの調子だ。


けれど陸は、一瞬だけ返事に迷った。


美咲はその空気を先に受け取ったみたいに、「たまたまだよ」と笑ってみせる。


「そんな深い意味ないから」


「いや、別に責めてないけど」


玲は笑いながら席に着く。


「なんかちょっと裏切られた感あるなと思って」


「その発想が大げさなんだって」


美咲が呆れたように言うと、玲は「でもあるだろ、ちょっと」と譲らない。


陸はカレーのスプーンを持ちながら、小さく息をついた。


本当に大したことじゃない。


たまたま時間が合った日、講義の合間に二人で食堂に寄ることが何度かあっただけだ。約束していたわけでもないし、そこに特別な意味があったわけでもない。


なのに、玲の「俺抜きで」という一言で、それが妙に輪郭を持って見えてしまう。


「ていうか、玲が食堂あんまり来ないじゃん」


美咲がそう言う。


「だって混むし」


「大学の食堂に対して一番言っちゃいけない感想だろ」


陸が言うと、玲は不満そうに口を尖らせた。


「いやでもさ、混んでる食堂ってなんか落ち着かないんだよ。席探す時間が一番きらい」


「あー、それはわかるかも」


美咲がうなずく。


「食券持ってるのに席ないとちょっと焦るよね」


「そうそう。しかも空いてると思ったら、カバンだけ置いてある席とかあるし」


「あるある」


陸が笑う。


「あと、やっと座れたと思ったら水が遠い」


「あれ地味にいや」


美咲も笑い出す。


そこから会話はするすると軽くなった。


食堂のカレーは結局安定だとか、日替わり定食には当たり外れがあるとか、うどんコーナーは並んでるわりに回転が速いとか、券売機の前で迷ってる人の後ろに並ぶと妙に気まずいとか。


大学に通う人間なら誰でも一度は感じたことがありそうなことばかりで、だからこそ三人とも遠慮なく話せた。


「あとさ、食堂の水って妙にうまくない?」


玲が突然言った。


「出たよ」


陸が笑う。


「なんだよ、“出たよ”って」


「玲のそういう誰にも共感されるかわからないやつ」


「いや、でもちょっとわかるかも」


美咲が言うと、玲がすぐに食いつく。


「だろ?」


「なんか、めちゃくちゃ普通の水なのに、食堂で飲むとおいしい気がする」


「ほら見ろ」


玲が得意げに陸を見る。


「いや、わからなくはないけど」


陸も笑いながら認めた。


「食堂って、なんか全部ちょっと補正かかるよな」


「どういう意味?」


「いや、別にめちゃくちゃおしゃれな場所でもないのに、たまに変に落ち着くっていうか」


美咲は少し考えてから言う。


「わかる。高校の教室とは違うけど、大学の中では一番“みんないる場所”って感じする」


「それかも」


玲がうなずく。


「授業はバラバラでも、昼はわりと全員ここに集まるもんな」


その言葉に、陸は少しだけ周囲を見た。


確かに食堂にはいろんな人がいた。友達同士でわいわいしているグループもいれば、一人でスマホを見ながら食べている人もいる。サークルの話をしているらしい大人数の席もあって、新歓の延長みたいな明るい空気も残っていた。


その中で、自分たち三人は、たぶん少しだけ目立つ。


男二人と女の子一人。


しかも、美咲はぱっと見てわかるくらい可愛い。


だからたまに、通りすがりの誰かが一瞬こちらを見る。


それが気になる日もあるし、まったく気にならない日もある。


今日は少しだけ気になった。


「てかさ」


玲が唐揚げをひとつ口に入れながら言う。


「二人で食堂来てるときって、どんな話してんの?」


「急に詰めてくるじゃん」


美咲が笑う。


「いや、純粋に気になる」


「別に普通だよ」


陸が答える。


「授業の話とか」


「課題の話とか」


美咲も続ける。


「あと、今日何食べるか迷う話とか」


「つまんな」


玲が即座に言った。


「いやお前が聞いたんだろ」


陸がつっこむ。


「もっとこう、俺の悪口とか言ってるのかと」


「なんでそうなるの」


「いや、二人になった瞬間に“玲ってほんと適当だよね”とか言われてるのかなって」


「その発言がもう自覚ありすぎる」


美咲が笑って、スプーンでオムライスをすくう。


玲は「でも言われてそう」とまだ言っている。


「そんなに言わないよ」


美咲が軽く否定する。


“そんなに”という言い方に、玲が目を細めた。


「え、ちょっとは言ってんの?」


「そこ拾う?」


「拾うだろ」


「言ってもいいけど、本人の前でも言ってることばっかだよ」


「たとえば?」


「話が飛ぶ」


「それは長所だろ」


「あと、思いつきで人を振り回す」


「それも長所」


「ポジティブすぎる」


玲は満足そうに笑っていた。


たぶんこういうやり取りを、玲は会話の延長でしか見ていない。楽しいかどうかが先にあって、その奥にある細かい温度差までは気にしていない。


その鈍さに救われることもある。


けれど、その鈍さのせいで見えなくなるものもある。


「でもほんと、三人で食堂って珍しいよね」


美咲がふと、少しだけ落ち着いた声で言った。


「たしかに」


陸もうなずく。


「なんか、学外で会うことの方が多いし」


「そうなんだよ」


玲が身を乗り出す。


「だから今ちょっと大学生っぽい」


「今まで大学生じゃなかったみたいな言い方するじゃん」


「いや、してたけど。なんか大学の外で会う三人と、大学で会う三人って別物な感じしない?」


その言葉に、美咲が「わかるかも」と笑う。


「大学だとちょっと現実感ある」


「現実感?」


「だって、いつもは“わざわざ会ってる”感じだけど、ここだと“たまたま同じ場所にいる”感じするから」


「あー」


玲が妙に納得した顔になる。


「それいいな。わざわざ会う三人と、たまたま同じ場所にいる三人」


「何それ、ちょっとかっこつけてる?」


美咲がからかうように言うと、玲は「今ちょっといいこと言っただろ」と返した。


陸は黙って二人の会話を聞いていた。


たしかに、大学の外で会うのと、大学の中で会うのは少し違う。


外で会う三人は、ちゃんと予定を合わせて、時間を作って集まる三人だ。


でも大学の中では、それぞれ別の生活があって、その途中で重なるだけの三人でもある。


だからこそ、玲の知らないタイミングで美咲と食堂に来たことが、少しだけ変な意味を持ってしまう。


本当はそんなもの、ないはずなのに。


「そういえば」


玲が急に言う。


「今度また三人で昼食べようぜ」


「急だな」


陸が言う。


「いや、今日いいじゃん。こういうのも」


「まあ、たしかに」


美咲はそう答えたあと、ほんの一瞬だけ目を伏せた。


「でも三人そろうの、地味に難しいんだよね」


「あー、それはある」


玲もすぐにうなずく。


「三年になってから余計バラけたし」


「前より時間合わないよね」


美咲が言う。


「だから、こういうのはちょっと貴重かも」


その言い方が、陸の中に小さく残った。


貴重。


悪い意味じゃない。むしろ大事にしている言い方だ。


それでも、ずっと続くものに対してはあまり使わない言葉な気がした。


食堂のざわめきは相変わらずで、隣のテーブルでは誰かが大きな声で笑っていた。食器が触れる音や、椅子を引く音も混ざっていて、この場にいる誰も、自分たち三人の会話なんて気にしていない。


そんな当たり前の中で、自分だけが少しだけ言葉に敏感になっているのが、陸は嫌だった。


「てか、玲ちゃんと食べてる?」


美咲がふと玲のトレーを見て言う。


「何が?」


「野菜」


「食べてるよ」


「キャベツ千切りちょっとじゃん」


「揚げ物の横にあるから実質いっぱい食べてる」


「その理論初めて聞いた」


美咲があきれたように笑う。


玲は悪びれもせず、「だってドレッシングかかってれば十分うまいし」と言う。


「そういうとこだよ」


「どういうとこ?」


「適当なとこ」


「また言われた」


そのやり取りに、陸も笑った。


何でもない会話のはずなのに、こういうときの三人はやっぱりしっくりくる。


玲が空気を動かして、美咲がそれに乗って、陸が横から少し整える。


形にすれば単純なのに、そのバランスは意外と崩れやすいのかもしれないと、最近は思う。


食べ終わって、三人でトレーを返却口に持っていく。


戻る学生たちの流れに混ざりながら歩くその距離が、近いようで少しだけ不安定だった。


「また三人で来ような」


玲が、返却口の前で何気なく言った。


振り向きもしないまま、自然に出た言葉だった。


美咲は一拍だけ置いて、「うん」と答える。


陸も少し遅れて、「そうだな」と言った。


それだけのことだった。


本当に、それだけのこと。


けれど、その短い返事の間に、それぞれ違うものを考えていた気がする。


食堂を出ると、春の風が少しだけ強くなっていた。


昼の熱気が残る構内を、学生たちがそれぞれの次の授業へ向かっていく。


「じゃあ俺、次あっち」


玲が手を上げる。


「俺も次、別棟」


陸が言う。


美咲は「あ、私も逆方向だ」と笑った。


いつものように、その場で三方向に分かれる。


当たり前のことなのに、今日は少しだけ、その散り方が印象に残った。


大学の中では、三人はいつでも一緒にいるわけじゃない。


それぞれの時間があって、別々の場所に向かっていく。


だからたまに重なる時間が、やけに大事に見えるのかもしれない。


たまたま食堂で揃っただけ。


食堂あるあるで笑って、どうでもいいことを話して、また別れただけ。


それなのに、その何でもなさの中に、ちゃんと今の三人があった。


当たり前みたいに笑えていることも、

実は少しずつ形が変わっていることも、

たぶんまだ、誰もはっきりとは知らなかった。

第4話を読んでいただきありがとうございます。


この回では、「3人の関係の形」を少しだけはっきりさせています。


・美咲と陸の“2人の時間”

・玲が知らない部分があるという事実

・それでも崩れない3人の空気


このバランスが、今の3人の状態です。


そしてここから、その“当たり前”が少しずつ変わっていきます。


次回は、小さなきっかけが入る回になります。


日常の中で、誰かが少しだけ踏み込む。


そんな展開を予定していますので、引き続き読んでいただけると嬉しいです。

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