第13話「今年の終わりと、変わってしまった距離」
第13話です。
今回は年末、少し特別な場所での食事回。
いつもとは違う雰囲気の中で、「今年の振り返り」というテーマで会話が進んでいきます。
楽しいはずの時間の中に、少しずつ混ざり始める違和感。
変わっていないようで、確実に変わっている三人の距離を感じてもらえたら嬉しいです。
十二月の街は、少しだけ嘘っぽい。
イルミネーションが増えて、店先には赤とか金とか、そういうわかりやすい色が並ぶ。寒いのに人は多くて、みんな年末の浮ついた空気を少しずつまとっている。
そんな夜、三人は駅前の少し奥まった通りにある店の前にいた。
ガラス張りの入り口に、控えめな照明。いつものファミレスや学食とは明らかに違う雰囲気に、玲が店名を見上げながら言う。
「なんか、ちゃんとしてんな」
「ちゃんとしてる店予約したんだから、そりゃそうでしょ」
美咲が笑う。
「いや、もっとこう……普通に居酒屋っぽい感じかと思ってた」
「たまにはいいだろ」
陸が言う。
「バイト頑張ったし」
「それな」
玲はすぐにうなずく。
「今年の俺ら、意外と働いてるしな」
「“意外と”は余計だけど」
店の中は思ったより静かで、話し声も控えめだった。案内された席は窓際の四人席で、テーブルの上に小さなキャンドルみたいな照明が置いてある。
「うわ、なんか急に大人っぽい」
玲が座りながら言う。
「落ち着かない?」
美咲が聞く。
「ちょっと落ち着かない。でも嫌いじゃない」
「玲にしてはちゃんとした感想だな」
陸が言うと、玲は「俺を何だと思ってんだよ」と笑った。
料理を頼んで、飲み物が来て、ようやく少し空気がほぐれる。
そうなると、やっぱり三人は三人だった。
玲が変に格式ばったメニュー名を読み間違えて、美咲が笑って、陸が「それ絶対違うだろ」と突っこむ。そのやり取りだけで、店の雰囲気に慣れていない感じまで含めて、ちゃんと楽しかった。
「でも、こういうとこ初めてだよな」
玲がグラスを持ちながら言う。
「三人で来るの」
「たしかに」
美咲もまわりを見ながらうなずく。
「いつもよりちょっとだけ背筋伸びる」
「玲はもうちょい伸ばした方がいいけど」
陸が言うと、玲は「失礼すぎる」と笑った。
前菜が来て、パスタが来て、肉料理が来る。
どれも少しずつ取り分けながら食べる感じも、なんだか新鮮だった。
「こういうの、年末っぽくていいな」
玲が言う。
「忘年会っぽい?」
美咲が聞く。
「そう。俺らの」
「三人で忘年会ってのも変だけどね」
「いいじゃん。なんかちゃんと“一年おつかれ”って感じするし」
その言い方に、美咲は少しだけ笑った。
「たしかに、今年はいろいろあったしね」
「いろいろ、で済ませるにはそこそこ濃かった気がする」
陸も静かに言う。
その言葉に、三人とも少しだけ黙った。
今年。
春の花見から始まって、カラオケに行って、学食で笑って、ドライブして、花火を見て、紅葉を見に行った。
ひとつひとつは何でもない出来事なのに、並べると意外とたくさんある。
その全部に三人がいて、その全部の中で少しずつ何かが変わってきた。
でも、それをはっきり口にする人はまだいない。
「じゃあさ」
玲が、空気を少し軽くするみたいに言った。
「今年一番印象残ってるの、何?」
「急にそれ聞く?」
美咲が笑う。
「いや、忘年会っぽいだろ」
「まあ、ぽいけど」
「俺、花火」
玲はすぐに答えた。
「早いな」
「いや、でも花火は強かっただろ。なんか“今年のイベント”って感じしたし」
「それはわかる」
陸が言う。
「あの日、人すごかったけど」
「でも楽しかった」
玲はそう言って、少しだけ嬉しそうに笑う。
あの日の玲は、本当に楽しそうだった。たぶん三人の中で一番、何も考えずにあの夜を楽しんでいた。
「美咲は?」
「うーん……」
美咲は少し考え込む。
「ドライブもよかったし、紅葉もよかったし……」
「優柔不断出てるな」
玲が言う。
「だってほんとに迷うんだよ」
「陸は?」
「俺も……難しいな」
陸はグラスの水を少し飲んでから言った。
「でも、花火かも」
「お、かぶった」
玲が言う。
「珍しく気が合うじゃん」
「珍しくは余計だろ」
そう返しながらも、陸は少しだけ視線を落とした。
花火が印象に残っているのは、きれいだったからだけじゃない。
あの夜、自分の中で何かがはっきりしたからだ。
楽しいままでいたいのに、このままじゃいられないと初めて思った夜だった。
「美咲、まだ決まんない?」
玲が聞く。
美咲は少し黙ったあとで、小さく笑った。
「……三人でいた時間、かな」
その言葉に、テーブルの上の空気が少しだけ変わる。
玲はたぶん、純粋に嬉しい意味として受け取った。
「お、いいこと言うじゃん」
そう言ってすぐに笑う。
でも陸は、その言葉を別の重さで受け取ってしまう。
三人でいた時間。
過去形ではないけれど、どこかもう振り返っているみたいな言い方だった。
美咲自身も、それを口にしてから少しだけ黙った。
「なんか、まとめに入ってない?」
玲が冗談っぽく言う。
「まだ年末だけど終わってないぞ、俺ら」
「そういう意味じゃないよ」
美咲は笑う。
「でも、今年って結構ずっと三人でいた気がするから」
「まあ、それはそうか」
玲はうなずく。
「なんだかんだ一番遊んだしな」
「うん」
美咲はそう答えたきり、少しだけ視線をテーブルに落とした。
陸はその横顔を見て、何も言えなくなる。
たぶん美咲の中では、もう何かが決まりかけている。
答えそのものじゃなくても、少なくとも“このままではいられない”という感覚くらいは、もうはっきりしている。
それがわかるからこそ、陸にはその沈黙が苦しかった。
「じゃあ来年もさ」
玲が、何気ない調子で言った。
「こんな感じでいられたらいいよな」
その一言は、たぶん玲にとってただの自然な願望だった。
楽しくて、気楽で、今みたいな時間が続けばいい。
本当にそれだけの意味だったはずだ。
でも、その言葉は残酷なくらいまっすぐだった。
美咲はすぐには返事をしなかった。
陸も同じだった。
「……そうだね」
少し遅れて、美咲が言う。
声はやわらかかったけれど、玲の言葉と同じ軽さではなかった。
陸は「うん」とも「そうだな」とも言えなくて、曖昧に笑うことしかできなかった。
玲はそんな二人の反応に少しだけ首を傾げる。
「何その空気」
「別に」
美咲がすぐに笑う。
「玲がちょっと珍しく真面目なこと言うから」
「いや、俺だって言うだろ」
「年に数回くらい?」
「少なすぎる」
それでまた少し空気が戻る。
料理の話になって、この店の肉が思ったよりちゃんとしてるとか、デザートまで頼むかどうかとか、そういうどうでもいい方向へ会話が流れていく。
ちゃんと笑える。
ちゃんと楽しい。
それなのに、さっきの「来年も」が、三人のどこかに残ったまま消えない。
美咲は料理を取り分けながら、自分の中の答えがほとんど形を持ち始めていることを感じていた。
陸のことを考えない日はない。
あの日の告白も、紅葉のときの言葉も、ずっと残っている。
玲のことも好きだ。
その気持ちに嘘はない。
でも最近、それが“好き”という言葉の中のどこにあるのか、少しずつ見えてきてしまっている気がした。
見えてきているのに、まだ誰にも言えない。
玲は何も知らずに笑っている。
陸は知っているからこそ、何も言わない。
その間にいる自分だけが、少しずつ答えに近づいている。
それが、嬉しいことなのか苦しいことなのかも、まだよくわからなかった。
店を出ると、外の空気は思ったより冷たかった。
駅前のイルミネーションがさっきより強く見える。年末の光はやっぱり少しだけ作り物っぽくて、そのくせ妙にきれいだった。
「なんか、ちゃんと忘年会だったな」
玲が息を吐きながら言う。
「そうだね」
美咲が答える。
「たまにはこういうのもいいかも」
「また来たいな」
玲はそう言って、少しだけ前を歩く。
陸と美咲は、その少し後ろを並んで歩いた。
話そうと思えば話せる距離だった。
でも、二人ともすぐには何も言わなかった。
店の中のあの一言が、まだそれぞれの中に残っていたからだ。
今年の振り返りをしただけなのに、
そこにはもう来年の話が混ざっていた。
来年もこんなふうにいられたらいい。
その願いはたぶん、誰にとってもやさしいはずだった。
なのに今は、
やさしい言葉ほど少しだけ苦しい。
十二月の夜は静かで、
三人の足音だけが小さく並んでいた。
今この瞬間だけ見れば、まだ何も変わっていない。
でも、本当はもう、
変わってしまった距離の上を歩いているのだと、
美咲はちゃんとわかっていた。
第13話を読んでいただきありがとうございます。
この回では、「振り返り」という形を借りて、三人の関係そのものを見つめ直しています。
・玲はこれまで通りの関係を望んでいる
・陸は変化を受け入れざるを得ない位置にいる
・美咲は答えに近づきながらも、まだ言葉にできない
そして「来年もこんな感じでいられたらいいな」という玲の言葉。
それはとても自然で、優しい願いのはずなのに、今の三人にとっては少しだけ重く響きます。
このズレが、いよいよはっきりと形になり始めました。
次回は、そのズレがさらに表面に出てくる回。
“選ぶ”ということと、“失う”ということが、少しずつ現実になっていきます。
引き続き読んでいただけると嬉しいです。




