第12話「秋の色と、まだ言えない答え」
第12話です。
今回は秋の回。
紅葉を見に行くという、少しだけ特別で、でも穏やかな時間を描いています。
「食欲の秋」「読書の秋」「スポーツの秋」――そんな何気ない会話の中に、それぞれの性格や距離感が自然に表れています。
そしてこの回では、美咲の気持ちが少しだけはっきり見えてきます。
楽しい時間の中でこそ浮かび上がる、本音の揺れを感じてもらえたら嬉しいです。
十月の終わりになると、大学の景色も少しずつ色を変え始める。
夏の名残はもうほとんどなくて、朝の空気ははっきり冷たい。キャンパスの木々も少しずつ赤や黄色を混ぜ始めていて、歩いているだけで季節が変わったことを感じる。
そんなある日の昼休み、三人は学食の奥の席にいた。
窓の外には、まだ色づききっていない木が並んでいる。
「秋ってさ」
玲がうどんをすすったあとで言った。
「結局、何が一番強いんだろうな」
「何がって?」
美咲が首を傾げる。
「秋といえば、みたいなやつ」
「急だな」
陸が言う。
「いや、でもあるだろ。食欲の秋とか、読書の秋とか、スポーツの秋とか」
「ああ」
美咲は少し笑った。
「それなら私は読書かな」
「意外とちゃんとしてる答えきた」
玲が言う。
「何その言い方」
「もっと“スイーツの秋”とか言うかと思った」
「それはそれで間違ってないけど」
美咲が笑う。
「でも秋って、なんか本読みたくならない?」
「わかるかも」
陸が言う。
「少し静かな感じするし」
「お、陸は?」
玲が聞く。
「スポーツ……かな」
「え、そっち?」
「最近走ってる人多いし」
「理由が現実的すぎるだろ」
玲が笑う。
「もっとこう、“体を動かしたくなる季節だから”とかあるだろ」
「別に間違ってないだろ」
「まあな」
玲は満足そうに頷いて、それから自分を指さす。
「俺はもちろん食欲」
「でしょうね」
美咲が即答する。
「そこは迷いないんだ」
「秋の食べ物って全部強くない?」
玲が本気っぽく言う。
「さつまいも、栗、さんま、鍋。強すぎるだろ」
「鍋はちょっと早くない?」
「もういけるって」
「玲は年中いけそうだけど」
「それはそう」
三人で笑う。
それだけの会話なのに、少しだけ空気がやわらかくなる。
最近は、こういう何でもない時間が前より少しだけ貴重に感じる。
会えばちゃんと楽しい。
でもその楽しさの奥に、それぞれが別のことを抱えているのもわかってしまう。
「じゃあさ」
玲が急に言った。
「食欲と読書とスポーツ、全部まとめて紅葉狩り行くか」
「どういう理屈?」
美咲が笑う。
「秋っぽいから」
「雑だなあ」
「でも紅葉はちょっといいかも」
陸が珍しくすぐに言った。
玲が「お、乗った」と嬉しそうにする。
「いいじゃん。近場でそういうとこない?」
「少し電車乗ればあるんじゃない?」
美咲がスマホを取り出しながら言う。
「前に見たことある気がする」
「じゃあ決まり」
玲は勝手に話を進める。
「秋を感じに行こうぜ」
「言い方が雑なんだよ」
それでも、その雑さに流されるように予定は決まった。
数日後の日曜日、三人は少しだけ郊外の公園に来ていた。
大きな池と遊歩道があって、まわりの木々がちょうど見頃に近い色になっている。真っ赤というよりは、赤と黄色とまだ緑が混ざっていて、その途中の感じがかえってきれいだった。
「うわ、ちゃんと秋だな」
玲が言う。
「それ以外の感想ないの?」
美咲が笑う。
「いや、でも本当にそんな感じだろ」
「まあ、わかるけど」
人は多すぎず、少なすぎず、ちょうどよかった。
家族連れもいれば、写真を撮っている人もいる。川沿いの花火大会みたいな熱はなくて、その代わりに落ち着いた空気があった。
「花火のときと全然違うね」
美咲が歩きながら言う。
その言葉に、陸は少しだけ反応してしまう。
たぶん玲も同じだったのか、「まあ、あれは人多すぎたしな」と少し笑った。
「今日は静かでいい」
「玲、珍しく落ち着いてる」
「失礼だな。俺だって紅葉の前では静かになるわ」
「何そのルール」
美咲が笑って、スマホで木を撮る。
風が吹くたびに葉が揺れて、光の当たり方も少しずつ変わる。足元にはもう落ち葉も増えていて、歩くたびにかすかな音がした。
三人の並びは、最初はいつも通りだった。
玲が前を歩いて、何か見つけるたびに振り返る。美咲がそれに反応して、陸が少し後ろから二人を見ながらついていく。
その形が自然すぎて、美咲はたまに苦しくなる。
玲といると、楽しい。
考えなくていい。玲がいるだけで会話が生まれて、少し黙ってもまたすぐに何かが始まる。笑っている時間が多くて、何も重くならない。
陸といると、落ち着く。
ちゃんと話せるし、変なふうに誤魔化さなくてもいい感じがする。言葉を選ぶ間も待ってくれるし、自分がどう思っているかを気づいてくれることもある。
その違いは、美咲の中ではもうはっきりしていた。
でも、はっきりしているのは違いだけで、答えはまだ見えていない。
「見て、あそこ」
玲が少し先を指さす。
小さな橋の向こう側に、赤く色づいた木がまとまって見える場所があった。
「写真映えスポットじゃん」
「言い方が軽いな」
陸が言う。
「でも、きれい」
美咲は素直にそう言った。
橋の方へ歩いていく途中、玲が屋台らしきものを見つけて「ちょっと飲み物見てくる」と先に離れた。
美咲と陸だけが、少しゆっくり歩く形になる。
その瞬間、空気が変わるのが自分でもわかった。
「……この前のこと」
先に口を開いたのは陸だった。
美咲は少しだけ足を止める。
「うん」
「気にしなくていいから」
風が吹いて、木の葉が一枚落ちる。
陸は前を向いたまま続ける。
「返事、急がせたいわけじゃないし」
その言い方は優しかった。
優しすぎるくらいだった。
だからこそ、美咲の胸の奥に重く残る。
「ごめん」
思わずそう言うと、陸はすぐに首を振る。
「謝らなくていい」
「でも……」
「ちゃんと考えてくれてるなら、それでいい」
その言葉を聞いて、美咲はますますわからなくなる。
こういうところだ、と思う。
陸はいつも、自分を追い詰めない。答えを押しつけない。だから安心するし、だから余計に苦しい。
「……ちゃんと考えてる」
美咲は小さく言った。
「うん」
「でも、自分でもまだ、ちゃんとわかってない」
陸はすぐには何も返さなかった。
それから、少しだけ困ったように笑う。
「そっか」
それだけだった。
責めるわけでもなく、期待を見せるわけでもなく、ただ受け取るだけの返事。
その静かさが、やさしさであることも、美咲にはわかっていた。
「おまたせー」
玲の声がして、二人は同時に振り向く。
紙コップを三つ持った玲が、いつもの調子で戻ってくる。
「ホットのカフェオレと、なんかよくわかんない秋っぽいラテ買ってきた」
「なんでそんな曖昧なの」
美咲が笑う。
「名前長すぎて覚えられなかった」
「玲らしいな」
陸も少し笑った。
そうやって玲が戻るだけで、空気はまたいつもの形になる。
それがありがたいような、残酷なような気もした。
三人で橋の上に立つ。
池の水面に色づいた木々が映っていて、少し揺れるたびに色も揺れる。
「こういうのってさ」
玲が言う。
「どこ見てもきれいだな」
「珍しくまともなこと言った」
美咲が言うと、玲は「珍しくは余計だろ」と不満そうにした。
「でも本当にそう」
美咲は改めてあたりを見回す。
赤い葉も、黄色い葉も、まだ青さの残る葉もある。
全部違うのに、それぞれちゃんときれいだった。
ひとつだけ選べと言われても、たぶん困る。
その感覚が、自分の今の気持ちに少し似ている気がして、美咲はそれを考えないようにした。
「美咲はどれが一番好き?」
玲が聞く。
「色」
「うん」
「……選べないかも」
そう答えると、玲は「欲張りだな」と笑う。
陸は何も言わなかった。
その沈黙の意味を、美咲は少しだけ考えてしまう。
歩きながら、三人はまた秋の話に戻った。
読書の秋ならどんな本を読むかとか、食欲の秋で一番強いのは結局何かとか、スポーツの秋って言うけど実際そんなに運動しないよねとか。
会話は軽くて、ちゃんと楽しい。
なのに、美咲の中ではさっきの「気にしなくていい」が何度も残っていた。
あんなふうに言われると、余計に考えてしまう。
陸のことは大事だ。
たぶん、思っている以上に。
玲のことも好きだ。
でもその「好き」が、どこへ向かうものなのかは、まだはっきりしない。
紅葉を見に来ただけなのに、秋はどうしてこんなに考えさせるんだろうと美咲は思う。
少し冷たい風も、静かな景色も、全部が心の中を見やすくしてしまう。
帰る頃には、日が少し傾いていた。
オレンジ色の光が木々の色をさらに濃く見せて、さっきまでとはまた違う景色になる。
「いいタイミングで来たな」
玲が言う。
「たしかに」
陸もうなずく。
美咲はその二人を見て、少しだけ笑った。
どちらも大事だと思ってしまう自分は、ずるいのかもしれない。
でも今は、まだそれをきれいに言い切れるほど、大人じゃなかった。
秋の色はどれもきれいで、
だからこそ、ひとつに決めるのが難しい。
そんなことを思いながら、
美咲は落ち葉を一枚、靴先でそっとよけた。
答えはまだ出ない。
でも、考えないふりだけはもうできなかった。
第12話を読んでいただきありがとうございます。
この回では、「選べない」という感情をテーマにしています。
・玲といると楽しい
・陸といると落ち着く
・どちらも違って、どちらも大切
そのどれもが本当であるからこそ、答えを出すことが難しくなります。
また、陸の「気にしなくていい」という言葉は優しさでありながら、美咲にとっては逆に重く響くものでもあります。
そして玲は、まだ何も知らないまま。
同じ時間を過ごしていても、それぞれが見ているものは少しずつ違っています。
次回は、その違いがよりはっきりと表に出る回。
少しずつ積み重なってきたものが、関係として形を持ち始めます。
引き続き読んでいただけると嬉しいです。




